紫輝
2024-10-12 10:49:53
36174文字
Public リオヌヴィ
 

【リオヌヴィ】200年振りのただいまを【原神】

人間としてヌ様と添い遂げて星に還った200年後に記憶を置き忘れて転生したセスリ殿が忘れ物を取り戻してヌ様に逢いに行く話です



顧問審判官が語ることには


「君との想い出が残るこの家を、どうしても引き払えなかった。かと言ってここで過ごすのは辛くて、別の場所に住んでいた」
 手入れ以外の目的で自宅に足を踏み入れるのは久しぶりだ。懐かしいなぁ、なんて言いながら首をめぐらせたリオセスリが僅かに浮かべた疑問の色にそう返答すると、眉間に海溝を刻んだ彼に腕の中に囲い込まれた。目の前の肩に懐きに行ってしまうのは最早習性のようなものだ。何年経とうが変化などしない。耳の横で吐き出されるため息は、後悔やら自責やらがたっぷり含まれている重いものだ。こうして帰ってきてくれたのだからもう気にせずでいのにと言ったところで誠実なリオセスリであるから少なくともしばらくは気にし続けるのだろう。であれば響きの悪い言葉より、対価の ていで二百年分甘え倒す方がどちらにとっても有意義だろうとヌヴィレットはすでに判断していた。
「リオセスリ殿、野菜が萎れてしまう」
 明日以降リオセスリの手によってサラダになるはずの大切な野菜だ。早く冷蔵用マシナリーにしまわなければとぱたぱた、肩を叩けば、ぐりと一度獣がするように首筋に懐かれてから解放される。野菜ではないが萎れてしまった男前の頬に唇を寄せて、ヌヴィレットはその手を引いた。離れ難いのは事実なのでまずは家中連れ回させてもらおう、と。


 夕食は食材の買い出しついでに終えてきた。
 互いに湯浴みを挟んで、リオセスリの淹れてくれた紅茶もいただけばあとはもう眠るだけだ。常のルーティンよりもだいぶ早いけれど。
 彼と寄り添って眠るのは好きだ。温もりと、匂いと、眠りに誘う低く甘い声。傍らで眠るようになってから不眠とは無縁どころか寝過ごすことも増えて、しまったと眉を寄せるヌヴィレットの髪を、リオセスリは良い傾向だと笑って撫でてくれたものだった。
 久しぶり、なのだ。そして、ここからまた始まるのだ。だから焦ることなどなくて、もしかしたら呆れられてしまうかもしれないとも思いはした、けれど。
 今日のヌヴィレットには、穏やかに寄り添って眠るよりその熱を感じたい欲求が勝った。
 君の熱を分けて欲しい。こうしていても尚、都合の良い夢の内にいるのかと不安になるから。
 袖を引いて告げると、「あんたが望んでくれるなら」、そうテノールが応じて広い胸に抱き込まれる。触れ合った部分から伝わる熱は心地の良いものだ。
「俺もあんたに触れたい」
 けれどもしかして意図が正確に伝わらなかったのではなかろうか。考えてそうではなくと紡ぎかけた言葉は、鼓膜を揺らして背筋を撫でた低音にあやされて消える。
……凄い勢いで脈打ってるな」
 ゆるゆると背中を撫でていた大きな手を心臓の上に落ち着けたリオセスリが呟くのに、強いて意識の外にやっていた感覚を無理矢理自覚させられて思わず視線を逸らし。
「二百余年振りなのだから、緊張もする」
 ぽそりと投げた反論に、男は顔を歪めた。人の表情から感情を察することは相変わらず不得手なヌヴィレットだが、愛しいつがいの感情くらいは察せられるようになったと自負している。約六十年を共に過ごし、ずっとずっと、彼だけを見つめてきたのだから。
 嬉しい、悲しい、切ない、に、あとは――愛おしい、が、混ざっていたら嬉しいそんな事を考えながら、指をその頬へ伸ばした。
「なんて顔をしている。男前が形無しだ」
……ごめん」
「それが何に対する謝罪なのかは敢えて問わないが、君に贖いの気持ちがあるのならひとつ我儘を聞いて欲しい」
 傷のない下瞼を親指で撫でて口にすると、リオセスリは息を呑む。今からつがいの「我儘」を聞く姿勢とは思えない真剣な顔に吹き出してしまいそうになりながら、その鼻先に唇を寄せた。
「君がそうでなかった事など一度もないがとびきりやさしくして欲しい」
 なにせ二百余年振りなので。先の台詞を繰り返して微笑んでみせると、真似をしようとして失敗したかのようにくしゃりと笑ったリオセスリが寄せてきた額がこつりと触れ合う。
勿論。俺の出来る全てでそうするよ」
 掠れた声が耳に、熱い唇が頬に落ちたのを皮切りに、二人シーツの海に沈んだ。


 そうして紳士的に、優しく、丁寧に、たいせつに、拓かれて、愛されたヌヴィレットを翌朝待っていたのはままならない身体だった。痛みも不快感もない。どころか、昨夜から多幸感にひたひたに満たされてふわふわと心地良い。
 ずっとこうしていたい。そう思わずにいられない温もりと、心の底から安心できる匂いと、髪を梳くやさしい指の感覚。忘れたことのない幸福の欠片達に囲まれて目を覚ましたヌヴィレットは、おはようと、夢じゃなかっただろと笑う幸福の造り手 リオセスリにおはようを、キスを返そうとしてそれに気づいた。
身体が」
「ヌヴィレットさん?」
「身体がおかしい」
「おかしい? 痛みは? 違和感のあるところはどこだい? 悪い、もっと自制すべきだった」
 さっと顔色を変えたリオセスリが矢継ぎ早に問いを投げヌヴィレットの身体を見分しようとしてか身を離そうとするのを、その胸元をなんとか掴んで止める。
「違うのだ、痛みも異和も、不快感もない。ただなんと言えばいいのか、その、力が、入らなくて」
 人型の生き物が行動するための『芯』があるとして、それが丸ごと抜けてしまっているような。説明を試みているうちに身の内に覚えたものに思わず笑ってしまった。
「ふふ、なるほど、そうか」
 くすくすと肩を揺らすヌヴィレットを、困惑の色濃い声音が呼ぶ。その音律が身の内の器を満たす感覚にこの言語化の困難な症状への確信を得て、なんとも浮ついた気持ちのまま囁いた。
「君に久しぶりに沢山愛してもらったので甘えてしまったのだと思う。私の身体は」
、あー、それとこの状況との関連が見えないんだが」
 息を呑み、頬を掻き、ちらと明後日の方向を見てから重ねられた問いに、胸元を掴んでいた指をリオセスリの頬に伸ばした。
「今の私は魚と同じなのだろう。君の愛の中でしか泳げなくなっている」
 なのでたくさん構ってほしい。
 もぞりと身じろいだ意図を違わず解してくれたリオセスリが、こつりと額を合わせて笑う。
「喜んで。今現在何かご要望は?」
「今の私は君の後を追えないので、今日は私の視界にいてくれると嬉しい」
 しれっと告げた無茶振りにぱちりと瞬いた氷色 ひいろが融けて、離れていくそれの代わりと言わんばかりにやわらかな温もりが額に触れる。
「了解だ。差し当たって朝食はベッドの上とリビング、どっちがご希望だい?」
「そうだなここからはキッチンが見えないので、リビングがいい」
「おっと、言われてみれば。早速あんたの『お願い』を蔑ろにするところだった」
 身を起こしたリオセスリが髪を梳いてくれながら首を傾げるのにそう返じれば、悪いと笑った彼は羽のような口づけをひとつくれて。
「じゃあ行こうか」
「ん、よろしく頼む」
 背と膝裏に回った腕に抱き寄せられながら、ヌヴィレットは愛しいつがいに両腕を伸ばした。

* * *

「そうだ、結局休暇はどれくらい融通できたんだい?」
「きゅうかああ……セドナに。なんとでもします、と、言われてしまった。今休まずにいつお休みになるのですか、と」
「はは、さすがセドナさんは頼もしいな。週末にかかるから、俺もあと四日くらいは自由がきく」
「ならば私はそれより長めに休暇を設定しよう」
「理由を聞いても?」
「そうすれば君に「行ってらっしゃい」と「お帰り」が言える」
引っ越し、明日一日で終わらせるよ」
「うむ。勿論私も協力しよう。ふたり分 ・・・・だからな」