氷紀
2024-12-31 00:43:33
13064文字
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今はおやすみ、蛇沢くん

『蛇沢ちゃんの話/10000字くらい』というリクのはずだったんだ……
世界観は5期軸想定、CP的には一応高沢……の、つもり……たぶん、そうじゃないかな……



 だからその春から、僕は彼の住む山に通った。
 彼は山の中腹にある横穴をねぐらにしていて、蛙や鼠や鳥の雛や、卵を採って食べるという、だいぶ蛇に近い暮らし方をしていた。ただ半分は人だからか、気が向いたときは木の実や、香りのいい草を食べて楽しんでいることもある。
 天気がいいときは日向ぼっこをして、寒い夜は横穴の濡れ落ち葉に埋もれて眠って、時折通り掛かる妖怪や精霊たちと話したり、木の枝や草の葉で遊んだり――自由気ままに生きていて、そういう暮らしを気に入っているらしかった。だから無理に誘う気はないけど、と前置きして、横丁に来る気はないかと聞いてみたら、それにはきっぱりと首を横に振った。

「ぼくは、ひとりでいた方がいいんです」
 夏の終わり、もう秋雨とよんでいいくらいの雨が降る、ある日のこと。
 ねぐらのすぐ側にある木の下で雨宿りをしながら、並んで座って干し柿をかじりつつ、彼はそう言った。
「どうして?」
「横丁は妖怪の里でしょう。でもぼくは、どうしても半分蛇なんです」
 蛇沢くんは干し柿の最後の一欠片を呑みこんで、ぽつりと呟いた。
「半分は人間みたいなものですから、草や木の実だって、ちゃんとおいしいって感じます。でも、それだけじゃ足りないから。お腹がすきすぎると、……ぼくは、きっとみんなを食べてしまうから」
……え」
「お腹がすきすぎたら、人間も妖怪も動物も、みんな食べ物に見えてくるから……そうなったらもう、お腹がいっぱいになるまで食べつくさないと、話したり笑ったりする心がもどってこないんです」
 どこか悲しそうな声音だった。
 雨音に掻き消される寸前の弱々しい声が、何とか僕の耳に届く。
「妖怪の里でくらしたら、ぼくはいつかきっと、あなたの仲間を食い殺す『悪いもの』になってしまう。そうなったら、……あなたはぼくを追い出すか、封じるか、殺すかでしょう? たとえ僕があなたを食べることはなくても、あなたの仲間たちをぼくが食い殺したら、あなたはぼくを許さないでしょう?」
……
 そこで頷いたら、彼を決定的に傷つける気がした。
 だから僕は微妙にごまかした。
「本当に、……人間や妖怪を食べたことがあるのかい?」
「あります。僕のうろこを狙ってきた妖怪を、なぐり殺して食べたことは何度もあるし……大好きで、いとしくて、ずっといっしょにいたいって思った人間を、気がついたら全部食べちゃったことも。……ばかなことをしました。食べちゃったら、もう二度と話すことも、ふれあうことも、できないのに……
「だから、ずっとひとりでいるんだね。だけど、僕を食べようとしたことはないよね? 何度も会ってるのに」
「あなたが、蛇沢、って名前をくれたから。名づけ親を食べたいなんて、だれも思わないでしょう。だからあれから、お腹がすかないように……あなたが来たとき、あなたを食べてしまわないようにって、必死で山の食べ物を」
 そこではっとしたように、蛇沢くんが口をつぐんだ。
 でも手遅れだ。……今年はやけに山のネズミが少ないとか、カラスの雛が一晩で何羽もいなくなることが続いてるとか、そういう話は僕のところにも聞こえてきてる。
……きみは生きる為に食べてるんだ。それをダメとは、僕には言えないよ」
「でも、あなたの里に行けない理由は、これで分かったでしょう」
「うん。きみが妖怪じゃない、っていうのもね」
 元々、動物たちはそういう世界で生きている。食べて、食べられて、亡骸は自然に還って、死骸を食べる動物や、植物たちの糧になって、その植物たちを食べる動物がいて、またその動物を食べる別の動物がいて。……彼はその環の中にいる存在なんだ。だから『妖怪じゃない』。
「それを言ったら……、あなただって、妖怪じゃない、ですよね」
 いきなり図星を突かれて、息を呑む。どうして、とこぼした言葉に、彼はじっくり言葉を選びながらこたえてくれた。
「上手く言えませんが、どっちかといえば、人間のような……、それも今そのへんで生きてる人間とはちがう、別の種類の人間って匂いがします。……動物や植物や、何かのモノに宿ってできた魂の匂いが、あなたからは全然しないから……妖怪たちに混ざっていても、あなたは本当は妖怪じゃない、ですよね?」
 鋭い。
 いきなり立場を暴かれてしまった、
 僕は軽く両手を掲げて、『降参』のポーズをとってみる。
「蛇沢くん、鋭いね。その通りだよ。……そう、僕は幽霊族。もう僕と、目玉の父さんしか残ってない種族だ。でも、妖怪の兄さんに育てられたものだから、……まあ、妖怪の一員ってことになってる、って感じかな」
「やっぱり。……あの、怒らないでくださいね。僕からすると、あなたはすごくおいしそう、なんです。あのとき名前をくれたんじゃなければ、その場で食べちゃったかもしれないくらいに」
 蛇沢くんは心から済まないと言いたげに、でも嘘はつけないという風の顔で、ためらいがちにそう言った。――父さんを彼に会わせるのは絶対にやめよう、と決意した瞬間だった。
「うーん……だからといって、食べていいよっていう訳にはなあ」
「そう。どんなにおいしそうでも、僕も……あなたを食べちゃったら、きっとあとからまた、ばかなことをしたって……くるしくなる、と思うから」
「そっか。……ん?」

 ここでようやく、僕はことの重大さに気がついた。
 さっき彼は言っていた。『大好きで、いとしくて、ずっといっしょにいたいって思った人間を、気がついたら全部食べちゃった』。それで『ばかなことをした』って後悔した、と。

……あの、蛇沢くん。もしかして、と思うんだけど」
「はい」
「他の動物たちを食べて、必死に我慢してるのは、……僕と会って話すのが嬉しいから、ってこと?」
「そうです。ぼくを蛇沢って呼んでくれるの、あなたしかいないから」
 僕の方に、少しだけ実を乗り出して――その向こうにある栗色と金色の鱗が、雨粒を弾いて濡れている。
「あなたは内心いやなのかもしれない、あなたの里を守るために、僕を監視するくらいの気持ちなのかもしれない、でも、……とてもひさしぶりに、蛇でないぼくを見てくれる誰かに会えて、その上に名前までくれたんです。そのあなたをぼくが好きだと思うのは、そんなにふしぎなことですか?」
「いや、それは、その……
……これから、秋になりますね」
 どう応じたものかはかりかねて、思わず口ごもった僕の言葉を、蛇沢くんは悲しそうに微笑みと共に遮った。
「冬の眠りにつく前に、たくさん食べないといけないから……、食べ物が間に合わなくなったら、ぼくはあなたを食べようとするかもしれません。だから、里の紅葉が色づき始めたら、この山には来ないでくださいね。あなたの仲間にも、近づかないように言っておいてください」
「うん……、」
 僕はあいまいに頷いた
 口の中に残る干し柿の甘味が、妙に重く感じる。