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氷紀
2024-12-31 00:43:33
13064文字
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今はおやすみ、蛇沢くん
『蛇沢ちゃんの話/10000字くらい』というリクのはずだったんだ……
世界観は5期軸想定、CP的には一応高沢……の、つもり……たぶん、そうじゃないかな……
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彼が僕と出会ってしまったのは、事故のようなものだった。
去年の春、いい山菜が採れる場所があるとカラスたちに聞かなかったら、この山に深入りすることはなかっただろう。
目当ての山菜を採り終わって、山盛りになったカゴを持って戻ろうとしたら、帰り道の近くの沢に彼が倒れて
……
というか、転がっているのを見つけたのだ。僕が彼を蛇沢くんと呼んでいるのは、これがきっかけだ。
最初は、この山は彼の縄張りで、侵入者を警戒して出てきたのかもと思ったんだけど
――
地形を見て理解した。沢の上の方に張りだした岩があって、その岩の先端に何か、赤いものが付いていた。どうやら彼はあそこから落ちてしまったらしい。大丈夫だろうか、と思って僕は沢に降りた。
近くで見てみれば、人の形をしている部分は僕の上半身と同じくらいで、蛇の部分は僕の身長よりはだいぶ長いかも
……
くらい。白い肌とうろこの境目あたりに、岩にあたってついたらしき傷があって、更にその下、蛇の鱗の部分は、白く浮いた何かに包まれていた。
それでだいたい理解した。きっと、脱皮しようとしたけど上手く脱げなくて、地面やまわりの草木に体を擦り付けてるうちに、あそこから落ちたんだ。といっても、目の前の彼が、どこまで蛇と同じなのかはよく分からないけど
――
でも、傷を放っておいたら良くないのは確かだ。そこまで深手ではないけど、まだ血は止まっていない。
「ねえ、大丈夫?」
声をかける。極力揺すらないよう、肩を上から叩いてみる。小さいうなり声がして、ゆっくりと目を開けて
――
深い栗色に金糸が混ざる髪、その隙間から覗くのは僕と同じ片目の顔で、瞳は黒のように見える。桜色の肌は真珠のような質感で、もしかすると上半身も脱皮したてなのかもしれないと思った。
彼はまばたきをゆっくり二つ、そして僕に向かって顔を上げた。
「
……
だれ?」
その声だけを聞けば、きっと人間の男の子だ、と思うだろう。
ともあれ、彼がそう呟いたことで、僕は少しほっとした。言葉が通じる相手だ。
「僕は鬼太郎。近くを通り掛かったら、きみが倒れているのが見えたから
……
」
「あれ、ぼく
……
そうか、あそこから、」
「動かない方がいい、傷が開いてる。今、手当てするよ」
採った山菜の中にヨモギがあってよかった。
ちゃんちゃんこに含ませた沢の水で傷を洗って、揉んだヨモギを傷に当てて、包帯はないから代わりに僕の髪を伸ばして切って、紐を作って固定して
――
という一連の流れを、彼はただ静かに受け容れてくれた。
僕が敵でないことを分かってくれただけで、充分だ。
「きみは、この山で暮らしてるの?」
「うん。ずっとここにいる
……
どうして、こんな風に」
「こんな風、って」
「いつもなら、うろこの方もきれいに脱げるのに。何だか、かたくて
……
」
ああやっぱり、と思った。
脱皮に失敗する蛇は、たまにいる。理由はいろいろあるけど、脱皮できないと死んでしまうこともあるらしい。彼もそうなんだろうか。
「手伝おうか?」
「
……
」
体のうち、人の部分を持ち上げて、黒い瞳が僕をじっと見る。
僕に害意がないか、と量っている目だ。ただ通り掛かっただけのお人好しだけど、と思いながら笑って見返すと、彼はこくりと頷いた。
「ここ、」
彼はそっと僕の手をとって、人の肌と鱗の境目に導いた。思ったよりかさついた手触りで、これは良くないと直感した僕は、さっき手当てに使ったちゃんちゃんこでもう一回、そのあたりをぬらす。
「乾いちゃったんだね」
「うん、水
……
きもちい、」
安堵したような息が聞こえる。
白い皮とうろこの間に指を滑り込ませて、少しずつ、剥ぎ取っていく。彼の体の動きに合わせて、下のうろこを痛めないよう、そうっと力をかけて。
そうして陽の下に晒された彼のうろこは、髪と同じ栗色と金色だ。栗色のうろこの中に、輝く金色が点在している。栗色のもかすかに金色の砂を浮かべたような色合いで、真昼の木漏れ日に照らされて、きらきらと輝いている。
ねこ娘が見たら、きっと宝石のようだと言うだろう。でも、宝石ほど鋭い光じゃない。どこか濡れたような、触れればしっとりと吸い付きそうな
――
「
……
きれい」
僕は思わず、そう本当に思わずだ、皮の下から出てきたうろこに触れていた。思った以上のしっとりした手触りが伝わってきて、息を呑む。本当は触っちゃいけないような、なのにずっと触れ続けていたいような。
うろこの下の体が、ふるりと震える。
「くすぐったい
……
」
上擦った声にはっとする。彼は怒ってはいないようだったけど、目を閉じて体を微かによじる仕草を見て、何かひどくいけないことをしてしまった気分になる。
「ご、ごめん、」
言い訳のように呟いて、再び皮をはがす方に集中する。
最初はかなり時間がかかったけど、途中からは随分早かった。被せていたちゃんちゃんこの水が効いたんだろう。全てを終えるのに、多分二十分はかかっていない。
「ありがとう、ええと、鬼太郎
……
さん?」
「鬼太郎でいいよ。きみは?」
「ええと、
……
」
困ったように口ごもる。もしかすると名前がないのか。
それで僕は、思いついた呼び名を口にした。
「じゃあ、蛇沢
……
くんって呼んでいい?」
「はい」
木漏れ日の中、嬉しそうに頷く彼を、僕はとてもきれいだと思った。
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