「これからはしっかり顔をだすようにしておくれよ。」
そう言って疲れたような溜め息をつくギルドマスターのミューヌさんに頭を下げる。
それにしても大変だった。昨夜の酒気がまだ少し残る怠い体を引きずって、冒険者ギルドを後にしながら朝一番からのアレコレを思い返す。
彼と連れ立って冒険者ギルドに顔を出すなり、待っていたのは真っ白な新しい登録用紙だった。それに首を傾げると、ミューヌさんから、一から全部やり直しだ、と告げられ、頭が真っ白になる。
なんだってまた始めからなの、面倒くさい。同じものをもう一回だしてくれればそれでいいのに。
そんな思いが顔にでていたのか、隣に居た彼に笑われてしまった。
そんな彼もメインウエポンを斧から銃に変更するということで、ランクの測定をし直しするらしい。
「終わったら一緒に飯でも食おうぜ。」
昨夜に引き続き彼にそう誘われて頷いた。当然のように言われたその言葉が凄く嬉しい。
――これは気合い入れてやらないとな。
体を解しながら思い直す。
これからは彼と一緒に行動するんだ。オレ一人じゃない。だったら前みたいに適当に手を抜いてやったら、オレじゃなくて彼に迷惑がかかる。ーーそれじゃダメだ。
細く長く息を吐き、剣を手に取った。先ずは片手剣からか。久しく手にしていないけれど、握った柄の感触に動きの感覚を思い出す。
……うん、大丈夫だ。
「準備できました。始めてください。」
ギルド内使用のリンクパールに声をかけ、現れた木人に向かって剣を構えた。
結局、全ての武器の実技試験と知識の筆記試験が終わったのは、昼も過ぎた頃だった。新しい冒険者登録証を受け取った時にはもう疲れ果てて、ミューヌさんからのお説教にも何も言い返す気にもならない。話を右から左へ流しながら適当に頷いてしばらく。漸く開放された時には脱力感で倒れそうだった。
肩を落としながら外へでて、眩しさに目を細める。周囲を見渡せば、カフェの入口脇で彼が待っていた。
「お疲れさん。随分時間かかったな。」
笑いながらそう気遣われ、思わず愚痴ってしまう。
「ああ、うん。まいったよ。まさか全部一からやり直しだとは思わなかった。」
「放ったらかしにしてたツケが回ってきたな。これに懲りたらもうちっとマメに顔出すこったな。」
ため息をつくオレに彼も苦笑しながら説教をする。けれど不思議とその言葉は心に染みた。素直に頷きながら今後は大丈夫だと答える。
そんなやり取りをしながら、ふと彼の傍らに居る人物に気付いた。青く丸い頭のシルエットと後ろに流れる白くて細い角、スタイルの良い小柄な体躯は、オレのよく見なれた人だ。
「あ、師匠。」
声をかければ、ヒラヒラと手を振られた。
「お疲れ様。マスターに聞いたわよ。冒険者家業、再開するんだって?」
そうにこにこ笑う師匠に罪悪感を感じる。自分の勝手で講義をお願いしていたのに、また自分の都合で中止にしてしまう。しかも出来もよくない面倒くさい生徒だったろうに。申し訳なさに項垂れるオレに師匠は笑って、自分も忙しくなるから丁度いいと言ってくれた。そんな彼女には本当に頭が下がる。
そんな会話をしていたら外から物言いが飛んできた。
「ちょっと待てや、お前らっ!」
師匠と二人して彼の方を見やると、何だかもの凄く驚いている。
「お前ら顔見知りなのかよ!?」
ああ、そういえば彼には師匠の事を伝えてなかったっけな。
魔法を師事してくれた方だと簡単に紹介すると、師匠の方からもアプローチがある。昨日話したその筋の人だと確認されて頷けば、何故だかガックリと肩を落とした。どうかしたのかと尋ねても、何でもないと手を振られる。
何でもないって言うようでもないようだけどなあ。そんな事を思っていると、横から師匠がズバリ彼の心情を指摘した。図星を付かれたようで崩れ落ちかける彼と、それを見てコロコロと笑っている師匠。
ーーなんか、いいな。
思えばこんな風に話せる相手ってオレ、居ないよな。姐さんはそんな関係じゃないし。
目の前で何か喋り合う二人を見て、その関係が酷く羨ましくなった。なんだか間に入ってはいけない様な気がして、そんな二人をただ黙って見ていた。
それにしても、何故ちらちらと此方を見るんだろう?師匠はなんかニヤニヤしているし、彼は眉間にしわ寄せている。
「何の話し?」
解せない思いに首を傾げると、二人して笑いながら、何でもないと告げられる。そんな二人の言葉に益々訳が解らなくなって眉を顰めると、一層大きな声で笑われた。結局何の話なのかは教えてくれなかったけれど、オレ絡みじゃどうせ碌でもない話だろう。笑い話になるくらいだしね。
ひとしきり彼と笑い合うと、ギルドに用事があるらしい師匠が別れを告げた。別れ際に何故か、頑張ってね、と励まされたけれど一体なんだったんだろう?
そんな師匠の背中を見送り、彼と二人並んで帰路に着く。
何処に行くかという話になって、取り敢えずは姐さんの店に戻ろう、という事になった。道中、たわいも無い話をする。
無事に再発行できた事、お説教をくらった事、今使ってる双剣をメインに据えた事。双剣以外の武器も使えると言ったら、信じられないという顔をされた。その証拠に発行されたばかりの登録証を渡せば、彼は目を見開く。
「マジかよ
……。」
驚き漏れた声に、ちょっとだけ誇らしい気持ちになった。
ーーこれで相方として格好つくかな?
そんなオレの思いとは裏腹に、何故だか彼はなんだか難しい顔をする。そのまま目を滑らせ
……思いっきり叫んだ。
「
――うそだろぉっ?!」
「嘘って何が?」
聞けば、年齢について言及される。
ああ、やっぱり突っ込まれたか。
「そんなの嘘ついてどうするの?間違いなく実年齢だよ。」
「お、お前
……、俺と三つしか違わねえのかよっ!」
やれやれと両手を広げて答えるオレに、彼は叫び悶えた。昨夜、二人で一緒に飲酒していたから気付いていたのかと思ったけれど、どうやら違ったらしい。マスターである姐さんはそういうところ結構厳しいから、お酒あげたらダメな人から注文入るとオーダーつっ返すんだけども、昨夜が初対面の彼じゃ知らなくて当然か。
呆れ、諦めた気持ちは、けれども次の彼の言葉で霧散する。
「けどよぉ、その顔でこの歳っつうのは無理があんだろ。」
……やっぱり彼もそう思うのか。
自然と足が止まり、俯いた。
曽祖父の血筋のせいなのか、育った環境が歪だったせいなのか、それとも成長期に十分な栄養が取れなかったせいなのか。オレは歳のわりに顔立ちがかなり若い
……というより、幼くてあまり男らしくない顔立ちをしている。自覚はしているし、それを利用して色々やっていたりするけれど、実年齢との隔たりが酷すぎてよく成人前だと疑われる。相手にはなめられるし、入店を断られる店は多いし、色目は使われるし、コナかけられるしで、はっきり言ってよかったことなんて殆どない。何処かの富豪の息子って人と一悶着あって、姐さんにとてつもない迷惑をかけてしまった事もある。
それもあったから一人で居たのだけど、彼からの誘いはどうしても断れないーーいや、断りたくなかったから、二つ返事で了承してしまった。
ーーどうしよう。もし彼に迷惑かけてしまったら。
しかしそんなオレの事を、彼は何のことは無いと笑った。
「一回りも歳下の奴と組んでたら、俺は周りから人攫いか変態だと思われちまうからな。」
そうおどけて言う彼に、最初は驚いて頭が真っ白になったけれど、オレを慰めて安心させてくれてるのだと解ったら自然と笑えてしまう。
――まったく、本当に敵わないな。
お腹を震わせて笑うのはいつ以来だろう。もうこんな風に笑う事なんてないと思ったのにな。そんな俺を見て彼も目尻を下げた。
「そうやって笑ってろよ。お前さんにはそっちの顔の方がいい。」
鱗のついた大きな手で頭をくしゃりと撫でられる。無意識の行動だったみたいで焦った顔をしたけど、嫌じゃない。その心地良さに目を細めると、ホッとしたように彼も目尻を下げた。
「さて、と。とりあえず拠点探しからだな。」
昨夜と同じようにポンポンと軽く叩かれて、心地よい温もりが去っていく。それを少し寂しいと思ながらも、彼との今後について話し合った。
拠点を持つ考えには賛成だ。色々荷物を置いておけるし、何よりベッドで寝れる環境が出来るならその方がいい。まあ、オレは昔とった杵柄で基本どこでも寝れるのだけど、しっかり身体を休めるならやっぱりベッドは必需品だ。あと欲を言えば、倉庫とか屋根裏とかそういう所でもいいから、独りになれる空間が欲しいところだ。
因みに姐さんのところに厄介になるという案は、オレから断るまでもなく、彼の方で却下していた。
姐さんはああみえて商売人な考えを持っているから、意外と金勘定には厳しい。ここだけの話、一応身内として扱われている筈のオレですら、他のお客さんと同じ料金を家賃として徴収されている。おまけに今は諸々の事情でさらに一割増くらいにされてる上、滞納していた期間が長すぎて未だに払い切れていない。
そんな事情を話せば、彼はやっぱりな、とゲンナリした顔をした。昨夜の短い邂逅で姐さんの性格を見抜くなんて、流石、人をよく見ているなと感心してしまった。
意気消沈するオレを気遣ってか、彼はニッと笑って言う。
「そう落ち込むなよ。いざとなったら何とかしてやるからさ。早いとこ腰落ち着けて、ぼちぼちのんびりやってこうぜ。」
そんな彼を見上げ、その言葉に口角を上げて目を細めた。
「
――そうだね。」
呟いた言葉に彼は満足そうに頷き歩き出す。オレも彼の横に並んで一緒に歩き出した。
これから先、こうして並んで歩いていけるのだろうか。少し不安になる。
彼の傍は温かくて、優しくて、とても居心地が良くて、触れられると凄く心が満たされる。出来ることならば、ずっとここに居られたらいい。そして、もう一度彼に抱かれたい。
――でも。
きっとそれは口にしてはいけない。否、口には出来ない。オレが
……オレなんかがそんな事を願っちゃいけない。モノの分際で何かを願うなんて烏滸がましいにも程がある。
それに
……何かを願っても届かないなら、最初から考えなければいい、諦めればいい。そうすれば何も感じないから。そうやって今まで生きてきたじゃないか。
もうとうの昔に消えた筈の声が頭に響いて足を止める。彼はそうではないという思いと、彼もそうなのかもしれないという思いで、心が揺れ動く。
――どっちにしたって、知られたら終わりかな。
そう心の中で独りごちる。
何も望まない、何も願わないから。
「ずっと隣に居させてよ。」
聞こえないように呟いて、少し前に居る彼と同じように空を仰いだ。
澄んだ青い空も暖かい風も心地良い筈なのに。
今は何故だかとても重たく感じた。
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