第2話番外編「冒険者となった機工士と日の下に出た忍者の話 ~Another Side~」

同タイトルのイージエット視点。彼と会うまでの経緯や思いのすれ違いをお楽しみ下さい。

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「うーん。何でなのかな……。」
そう呟いて杖を持っていない方の手を握って開く。
幻術に慣れるには自然界のマナやエーテルを感じ取ることが大切だ、と師匠は仰った。ただ、そう言われたのはいいものの、それらしきモノは何も感じない。あるのはそこかしこに散らばるワイルドボアの気配と少しの血の臭いだけだ。きっと誰かが狩りをした後なんだろう。精が出るものだ。
そっとため息をつく。
「マナやエーテルってどんな感じなのかな……?」
切り株に腰掛け、空を見上げた。鬱蒼とした木々の隙間から綺麗な夕焼け空が見える。あの時もこんな風に綺麗な夕焼け空だったな。ふとそんな事を思うのは、昼間出会った人物のせいだ。
もう二度と会うことは無いだろう、そう思っていたその人との再会は突然で偶然だった。
あの時は銃を所持していた筈なのに、何故か戦斧を握っていて、あの時は隠していたオレの気配さえ見抜いたのに、今日は背後から迫り来る魔物にすら気付いてなかった。まだ使い慣れていないのか、戦斧を構えるその格好はお世辞にも強そうとは思えなくて、最後まで静観するつもりだったのに、ついつい手を出してしまった。
両手幻具でも槍の代わりになるんだなぁ、なんて的外れな事を考えたけど、彼の怪我を治しきれなかったのは明らかに己の実力不足だ。彼もそれが解ったからオレの手を止めたんだろう。何せ彼の回復魔法の腕はその筋の人並みーーいや、上位の癒し手 ヒーラーレベルだ。傷一つ残さず綺麗に治された経験がある身としてはいささか居た堪れない。
痛みを隠して無理に笑い、ふらつく足取りで去っていくその背中を複雑な思いで眺めたのは、ほんの数時間前のことだ。
鬱陶しくなって被っていたフードを脱ぐ。血のように赤いオレの髪はどこへ行っても悪目立ちするから、出来るだけ外へ出る時はローブのフードを被るようにしている。当然彼と会った昼間も被っていたから、多分彼もオレだとは気付いてないだろう。単なる回復魔法が下手くそな幻術師だと思った筈だ。
――でも、それでいい。
名乗るつもりもないし、彼に声をかけるつもりも無い。そもそも彼がオレを覚えている筈が無い。一年前にたった一度、それも半日にも満たないほんの僅かな時間一緒に居ただけのオレの事なんて、絶対に覚えてなんかいないだろう。
ずくんと体の奥が疼いた。
ああ、拙い。きっと彼のことを思い返したからだ。何時もそうだ。あの時の忘れられないーーいや、忘れたくない記憶が体を蝕む。彼に触れられたくて、彼に抱かれたくて、心が悲鳴を上げる。
最初こそ多少痛めつけられたけれど、彼にあんなに優しい抱き方をされてから、行きずりの関係じゃ満足出来なくなった。姐さんに咎められたこともあるけれど、誰かとヤっても彼の代わりにはならないと実感したら、なんかどうでも良くなって、結局出歩く事もなくなった。それなら自分で処理する方がまだマシだ。すぐその事に気付いたから、誰かに粘着される事も、誰かと拗れることも無く終わったのは僥倖だったけども、虚しい夜を過ごす事には変わりない。
膝を抱えて蹲った。
日が沈んできている。そろそろ帰らないといけないのだけれども、どうしても足が動かない。彼の気配なんてとうに無いのに、僅かでも痕跡を探してしまう。
「また会えたらいいのに。」
ーーそしてオレに気付いてよ。
バンテージを巻いた左手を握りしめ、ポツリと呟いた。
叶うはずもないその不相応な願いは、暗くなり始めた森の静寂の中へと消えていった。