第2話番外編「冒険者となった機工士と日の下に出た忍者の話 ~Another Side~」

同タイトルのイージエット視点。彼と会うまでの経緯や思いのすれ違いをお楽しみ下さい。

※無断転載と使用、AI学習禁止


「わざわざ、すまないな。助かった。」
そういって笑う、ジョスラン監視塔の鬼哭隊士にぺこりと頭を下げた。
「いえ。どうぞ今後もご贔屓に。」
事務的にそう告げて監視塔を後にする。
朝言われた頼みたい仕事ってのは、ジョスラン監視塔の職員への弁当配達だった。鬼哭隊士や神友隊士のお客さんなんていつの間に引き込んだんだろう。しかも弁当配給だけじゃなくて配達まで承ってるし、流石は姐さんだと感心を通り越して呆れてしまう。
相変わらずその辺はやり手というかなんというか。昔から人との交流や交渉は上手い人だったけど、交友関係が広すぎて謎なんだよな。付き合いは長いのに未だに知らない事の方が多いし。例えば元の種族や性別とか、数えれば枚挙にいとまがない。
受け取りのサインを貰った受領書を無くさないよう腰のポーチへと仕舞い、のんびりと茨の森を歩く。山塞の方へ出てハニーヤードから帰ってもよかったのだけど、なんとなく森の中を歩きたくてこっちに足を向けた。
フードの隙間からちらりと空を見遣れば、高く青い空。乱立した木々の間から差し込む木漏れ日が、優しい光りを森に届け、肌に当たる涼やかな風が心地いい。……なんでだろう。ローブを着てないだけで、なんか心も体も軽く感じる。昼寝して帰るのもいいかもな、と考えていると、前方でガサリと物音がした。すぐに近くの木へと身を隠し、気配を消してそろりと周りを見渡せば、少し離れたところで若い槍術士が巨大な蜂に槍を振りかぶっている。
……アレはだいぶ強そうだけど大丈夫なのかな?
見たところ、手にした槍も着ている革鎧も安物だし、まだまだ使い込まれていない。構え方だけは様になっているけど、踏み込みは甘く、突きにスピードも威力もない。おまけに昆虫型の魔物相手に対して狙いも悪い。どう考えても実力不足だ。
様子を伺っていると、案の定その拙い攻撃はかわされた。それどころか、敵の存在に気付いた大蜂から反撃にあう。急降下での攻撃は辛うじてかわしたものの、飛び回る大蜂を追えず、だんだんと後ずさりを始めた。
ーーやっぱりな。
気配を消したまま木にもたれかかり、小さくため息をつく。自分の実力も考えずに何をしているのか。大方、功を焦ったか、自力を勘違いしたかだろう。でもそうやって力量の差を見誤れば、待っているのは「死」だけだ。そうして地に転がっていったヒトを、オレは何人も知っている。
成り行きを見守っていると、拉致があかなくなったのか、手にした槍を放り出し、大蜂に背を向ける。
「た、た、助けてくれええっ!」
そして、そう大声で叫びながら森の外へと逃げ出した。その後ろ姿を先程の蜂が追いかけていく。
――拙いな。
逃げた方向を見てオレもその後を追った。
森の外に出れば大丈夫だとでも思っているのかもしれないけど、あの手の昆虫型の魔物は獲物を仕留めるまで執拗に追いかけてくる。さらにまずい事に、この場所の近くにはフルフラワー養蜂場や花蜜桟橋があるし、街道も通っている。手を出したアイツがどうなろうと知ったこっちゃないけど、武器も所持していない一般人が襲われ死んでいくのは流石に看過できない。それに鬼哭隊や神勇隊の手を煩わせるのも億劫だ。
後を追いながら、蜂の動きを止める方法を考える。ゆらゆらと左右に揺れて飛ぶせいで、投擲武器は当てられない。かといって忍術を当てるには周囲の木が邪魔だ。なんとか開けた所に出てくれればいいんだけども。そんな事を思っていると。
「っおおおお!せぃやああっ!」
「っ!」
聞こえてきた声にヒュッと息を飲んだ。
まさかアイツに加勢する気なの?こんなところでまで、その優しさをみせなくてもいいのに!
スピードを上げて後を追うと、ようやく開けた場所に出る。そこにいたのは、アックスを頭上に構えて攻撃を凌ぐ彼と、それを横目に森の外へ逃げていく元凶の人物。
アイツ、彼を囮にしたな!
頭がカッと熱くなり、首根っこを捕まえて引きずり戻そうとしたところで、ガッシャンという音に阻まれた。見れば尻もちをついて顔を顰める彼と、動きが止まった彼に再び襲いかかろうとする蜂の魔物。でも彼は銃を抜く気配はない。
――ああ、もうっ!
急いで印を一つ組み、すぐ様忍術を発動させる。
「伏せてっ!」
発現した風魔手裏剣を振りかぶり、叫ぶと同時に彼へと飛んでいく蜂へ向かって投げ飛ばした。回転しながら飛んでいく巨大な手裏剣は襲いかかろうとした蜂の腹を引き裂く。
くそっ、胴を切断するつもりだったのに外れたか。
思わず舌打ちすれば、新手に気付いた大蜂は狙いを彼から自分を傷つけた相手……つまりオレに変えた。耳障りな羽音を立ててこちらへ向かってくる。
「あっ!おい、そっち行ったぞ!」
焦ったような彼の声が聞こえた。
――うん、解ってるよ。そういう風に仕向けたから。
蜂の羽音が、気配が迫る。でももう少し、あともう数秒……。眼前に迫り来る虫を凝視し、タイミングを計った。
「あぶねぇっ!」
彼の声と同時に腰の双剣を抜き、踏み込むと同時に右手の剣で羽を落とす。バランスを崩して落下したところを、反転しながら左手の剣で胸と頭を切断して飛び上がった。自重で落下する速度を乗せて右手で胴と胸を切断し、着地と同時に回転の勢いを乗せて左手で足を切断すれば、バラバラになった蜂の巨大な残骸が音を立てて地面に落ちた。
「ふぅっ。」
一つため息をついて構えをとく。
流石にここまで分解すれば生きてはいないよな。
確認のためにチラリと蜂だった物に目を向けるが、ピクリともしていない。それに安堵し、両手の双剣を腰に戻した。
――さて。
ちらりと彼の方を見やると、ばっちり目が合ってしまった。
目が合わなければそのまま消えようかと思ったけれど、合ってしまったならば仕方ない。一つ小さくため息をついて彼の方へ歩いていく。彼はなんだか慌てて辺りを見渡しているけども、元凶の奴なんてとっくにトンズラしているよ。
歩を進めていくと、最初は焦っていたような彼の表情が段々と信じられない物を見るような表情に変わった。
――もしかして、気付いてくれたのかな。
暖かな何かが心に染み入る。けどそれよりも言いたい事があるんだよ。
「なんで銃使わないの?あんな奴、アンタならなんでもないでしょ。」
――っ!!」
そう尋ねた瞬間、勢いよく抱きつかれた。
「うわっ!」
勢いの強さと鎧の重さに押されてたたらを踏む。するりと被っていたフードが落ちて目の前が明るくなった。オレを抱きしめる彼は一年前に別れたあの時と同じで、胸に顔を埋めてぎゅうぎゅう抱きつくその姿に思わず口端が上がる。
……でも、いい加減離して欲しい。このままじゃバランス崩して転びそうだし、何より彼が着ている鎧が重い。腕の中でジタバタもがくと、不満気に鼻を鳴らす。
……ったく、なんだよ。人が折角感動に浸ってるってのに。」
だけどこっちは死活問題だ。
「いいから離して!重たいんだよっ!」
そう叫んだら漸く開放された。
はー……やれやれ、どうなるかと思った。
大きく息を吐くと、目の前の彼は凄く不満そうな顔している。けれどやっていい事とそうでない事が世の中あると思うんだ。
――まったく。再会した瞬間何してくれるの、ホントに。普通の人なら潰されてるよ?」
呆れてそう言えば、軽い謝罪の後、彼は格好悪い所をみせたと自嘲気味に笑った。
けれどそれを恥じる事はないと思う。だって。
「真っ先に助けに入ったのはアンタでしょ?」
少なくともあの光景を見たオレは、元凶の人物を助けようとは思わなかった。それなのに、彼は分かっててアイツを助けている。それは彼だからこそ出来たことだ。
そんな相変わらず優しい彼がなんだか眩しくて、目を細める。
ふと、彼の頬に傷がついているのに気付いた。きっとさっきの戦闘で刃先か何かがかすったんだろう。鱗の上だから痛みを感じないのか、彼は気付いてないようだ。ふと悪戯心が沸く。
「怪我、してるよ。」
手を頬に翳して気を集中させた。ふわりとした光りが彼の頬の傷を包んで癒していく。
……一年前とは逆だな。
そんな事を考えてなんだかおかしくなった。フッと息をついたその時、ギュッと左手を掴まれる。
「っても助けられたのは二度目だからな。ありがとよ。昨日も、今日も。」
その言葉に吃驚し、急に自分の拙い回復魔法が恥ずかしくなって目を伏せる。
……気付いてたの?」
そう呟けば今しがた気付いたと言う。
――解る、もんなんだ。
目を丸くすれば、わ左手の革手袋の下に巻いてあるバンテージと回復魔法のエーテルで解ったらしい。
……そうか、彼も解るのか。
けど、考えてみればそうだよな。あれだけ強力な回復魔法が使えるなら分かって当たり前だ。そんな彼に素朴な疑問をぶつけてみる。
「他人のエーテルって解るもんなの?」
案の定彼から、それが解らない事が解らないという顔をされる。彼の言葉が真実ならば、幻術師はみんな解って当たり前の感覚なようだ。そうか、だから師匠は、大気中にエーテルなんてあるんですか、って尋ねた時に、なんとも言えない顔をしたんだ。そこにあるのが当たり前の人からすれば、その質問が出ること自体がおかしいのだから。
そんな師匠の顔を思い出しつつ、思い切って彼にどうすれば解るのか尋ねると、やっぱりなんだか困った顔をされた。どう説明したらいいか考えているようだけれど、言葉で表現するのは難しいみたいだ。言い淀む彼から、取り敢えず街に戻る事を提案された。まあ蜂の件の報告もあるし、その案に同意する。
それにしても、こんな軽いアックスでアレに向かってったのか。本当に人を助ける事に関しては命知らずだよなぁ。
――無事でよかった。
安堵のため息を密かについて地面に落ちていた証拠品を収拾し、二人で森を後にした。