第2話番外編「冒険者となった機工士と日の下に出た忍者の話 ~Another Side~」

同タイトルのイージエット視点。彼と会うまでの経緯や思いのすれ違いをお楽しみ下さい。

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次の日の朝。いまいちスッキリしない体と頭で階下に降りると、カウンターの向こうから声を掛けられた。
「おはようさま。……なんか、元気なさそうねん。」
顔を向ければ、姐さんが心配そうに顔を歪めている。
……そんなに顔にでてるのかな。
不安になって自身の頬に手をあてると、姐さんはカラカラと笑った。
「多分他の人は気づかないわよん。だからそんな顔しないのよ、ね。取り敢えずご飯は食べれそう?」
その言葉に頷く。
「でも今日は軽めにしてね。」
「ガッテンしょうちのすけ。先に飲み物を召し上がれん。」
差し出されたカップを受け取り、口をつける。パールジンジャーとシナモンのいい匂いがするマルドティーは、程よい甘さと辛さで、なんとなく怠くて重い体が徐々に温まっていく。
この辺では珍しいウルダハの健康茶がこうやって出てくるのは、元々姐さんが冒険者だったからだ。
こうやってこういう物を教えて貰って現地で見て体験する、そういう事をしたくてオレはよく旅に出ていた。本当なら一緒にーーいや、止めよう。最終的にはオレだって納得したんだし、結局は此処に戻ってきているんだし。
いつかは、なんて漠然と思いながら、カップの中身を啜る。きっと姐さんもその事に感付いているから連絡を欲しがるんだろうな。年単位で連絡を欠いて疎遠になるいい機会だったのに、それを不意にしてしまったのは彼の言葉があったからだ。でも此処へ戻ってきて安心している自分もいるから不思議だ。
スツールに腰掛けそんな事を考えていると、コトリと皿が置かれる。よかった、言った通り軽めの物が出てきた。今朝はフライドエッグとストーンスープとウォルナットブレッドだけど、この間はアンテロープステーキとか出されたからなあ。朝からそんな物出されたらたまったもんじゃ無い。まあ、結局食べたけど。
小さく祈りを捧げ、カトラリーを手にして食事を口へ運ぶ。姐さんの作る物は信用してるから特に問題なく食べられる。ただ、味についてはなんとも言えない。
誤解のないように言えば、こうして食事処を経営して黒字を維持してる訳だし、美味しいんだと思う。けどオレにそれを聞かれてもなんとも答えようがない。ただ、昔の――モードゥナに居たあの頃の方が、美味しかったような気がするだけで。多分オレの味覚がおかしいせいか、 記憶違いか、気の持ちようのせいだと思うけど。ま、どっちみち食べれれば何でも良いから、何も言わないけどね。
モソモソと朝食を食べていると、カウンターに肘をついて向かい側から覗き込んできた。
「何?」
「どう?調子は――って聞くまでもないわね。」
言葉の途中でオレが顔を顰めたのに気付き、姐さんはそういって両手をあげる。口の中の物を飲み込んでから首を横に振った。
「全然ダメ。先ず自然の中のエーテルの感じ方が解らない。なんとか軽い傷なら治せるけど、多分あれは幻術じゃないしね。」
思わずため息をついてしまう。
向こうからこっちに戻ってきて先ず、回復魔法――所謂幻術を覚えたくて、姐さんに相談した。すると、幻術師ギルドの門を叩く前に先ずは本職さんに聞いてみたらどうだ、と提案をされて、最前線で活躍しているというその筋の常連さんを紹介してくれた。
顔の側面から背後へと流れる白く細い角と、短く丸い形にカットされたヘアスタイルが特徴的なその人は、軽く挨拶すると困ったように笑って言った。
「多分、覚えるの、物凄く大変になると思うし、思っているような結果は出ないかもしれない。それでもいいかしら?」
最初は何を言うんだろうと思いながら頷いたけれど、きっと一目で解ってしまったんだろうな。オレに幻術の才能がないってことを。それでもオレのトンチンカンな質問にも、嫌な顔ひとつせずに答えてくれる。そんな彼女に、師匠と呼んでいいか、と頼んだら、照れたように優しく笑って快諾してくれた。
そんなわけで、幻術師ギルドの扉は叩かなかった。
師匠にも相談したら、多分門前払いになるだろうってことをオブラートに包まれて言われた。なんでもあそこは才能重視なところがあって、人間性に問題があっても素質があれば重宝されるし、逆にどんなに性格が良い人であっても素質がなければぞんざいな扱いをされるという。それから、
「あんまりね、こういう事は身内の恥みたいで言いたくはないんだけども。」
そう前置きをした上で師匠は語った。
「なんか幻術師であることを特別視してる人も居てね。大した実力もないくせに最もらしく語って、方々にイチャモンつけたりする人も居るのよ。つい先日も革細工ギルドと一悶着おこして、上から下まで大騒ぎ。」
そう言って肩を竦め、
「精霊がー、自然がー、とかいう前に、自分を自然に返してみなさいよ、って言いたかったわ。」
とまあ、なかなか辛辣な言葉を吐き出していた。あとは内部派閥や財政的・実力的な階級差別、人種差別みたいなモノもそれなりにあるらしい。そのせいで自分と同じ種族の幼なじみは杖を捨て国を出ていってしまった、という話もしてくれた。
そういう話を聞くと所属しなかったのは正解だったなと思うと同時に、どこへ行ってもそういう事はあるんだなとゲンナリもする。オレの故国は国単位で正にソレだったからなあ。
兎も角、師匠が仰るには、まず自然の中にあるマナやエーテルを感じ取り、自然と対話をする事が大切なのだとか。その感覚を掴むべく連日森に通っているけれども、未だによく解らないでいる。動物や人の気配、それから自分の中の気ーー多分こっちで言うところのエーテルなら解るから、今のところそれを使って無理やり魔法を発動させているのだけど、このやり方は多分幻術とは言えない、と思う。
切り分けたフライドエッグを咀嚼しながら肩を落としていると、不意に視界が暗くなった。
……姐さん。」
オレの頭の上にお盆をのせて呆れたように笑うその人を咎めると、ぽこんぽこんと小突かれる。
「あいっわらず難しく考えるわねえ。回復するならどっちでもいいじゃない。」
「やるならきちんとやりたいだけ。じゃなきゃ意味無いでしょ。」
それにいつまでもこんな状態じゃ師匠にも申し訳ない。自身の用事の合間を縫って、出来の悪いオレに根気よく教えてくれているのに。
食欲が湧かなくなって、カトラリーを置いた。
「あらあら、珍しい。」
そんなオレを見て、目を丸くする。食べれる時に食べないと食べられなくなるから、いつもなら無理やり胃に突っ込むのだけれど、今日は無理そうだ。
肘をついて皿を下げる姐さんをぼーっと眺める。
どうしようか。今日も森へ行ってみようか。でもずっと進展もないままだし、とっかかりも見つからない。このままじゃ埒が明かない。八方塞がりの状態から抜け出せなくて鬱屈した気分になっていると、
「だいぶ重症ねえ。」
「っ!」
そんな言葉と共に、目の前で手をひらひらと振られる。びっくりしてスツールから落ちかけるのを、なんとか踏ん張って耐えた。
こんなに接近されても気配に気付かないなんて……。そう自己嫌悪に陥っていると、
「今日の特訓はお休みになさいな。」
「え?」
思わぬことを言われて顔をあげる。
「上手くいかないんでしょ?だったら根詰めてやってもいい結果は出ないわよ。」
「でも……。」
「『でも』も『だって』もないの。今、アタシが目の前に居ても、手を振るまで気付かなかったでしょ?相当参ってる証拠よ。」
少し怒った声で言いながら、腰に手を当て呆れた顔をされた。何も言えなくて俯くと、大きなため息をつかれる。
「今日は午後から頼みたい仕事あるから、それまでは部屋でノンビリするなり外で体動かすなりで、少し幻術から離れなさい。大丈夫よぅ。二、三日何もしなくったって衰えたりなんかしないから。」
……わかった。」
気遣う様な声と言葉に頷いて二階の部屋へ戻ると、背中からベッドへ倒れ込む。ギッとなるベッドの上、天井を見上げてため息をついた。
……なにをやってるんだろうな、オレは。姐さんに心配かけて、師匠に迷惑かけて、それでもまだ魔法を使うことに固執している。正直、新しい事を教わっても今迄は出来ないって事がなかったから、このどうしようもない状況にどうしたらいいのか解らない。
「少し離れろといったって……。」
考えないようにしろ、という方が難しい。
このまま出来なかったらどうしよう。師匠に怒鳴られるかな?姐さんに見放されてしまうかな?
――それは、嫌だ。
幼い頃の苦い記憶を思い出して歯を食いしばった。
見上げた天井に知らずあの姿絵を探してしまう。
……あれは組織から抜け出す時に自分の手で燃やしたじゃないか。ある筈がない。それに昨日会えたのだって偶然だ。もう一度会えるなんて保証なんてないじゃないか。
ーーでも会えたのなら。
「なんて言ってくれるかな。」
ポツリと漏れた言葉にハッとした。
いやいや、何考えてんだろう。会ってアドバイスを貰いたい、なんて愚の骨頂だ。自分のばからしさに嫌気がさして体を起こし、頭を振る。
部屋にいるとダメだな。余計なこと考える。
少し体を動かそうと決め、動きやすい格好に着替えると、よく晴れた外へとでていった。