第2話「冒険者となった機工士と日の下に出た忍者の話」

1話から1年後のお話。
ようやく二人の名前が出てきます

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同船してから自分の格好が昼間のままだと気付く。鎧のままじゃ動き辛いしカッコつかねえってことで、一旦別れて自室へ戻ってきた。場所は聞いてきたし、ラフな格好でいいって言ってたから、適当にシャツを羽織って目的地へと急ぐ。
「えーと、この辺の筈なんだが……。」
キョロキョロと辺りを見渡すと、それらしき建物が。看板を見れば伝えられた店の名前と一致していて、ここが目的地だと確信する。
「はー……。」
思わず見上げちまう。結構でけぇ店だけど、本当にこんな格好で大丈夫なのかね。
「ま、入ってみりゃ解るか。」
ドレスコードが欲しけりゃ追い返されるだけだしな。そう思いながら扉を開ける。
カランカランとドアベルの鳴る音と共に、近くにいた給仕の女が此方を向いた。
「いらっしゃいませ、ご主人様。」
――はっ?」
ご、ご主人様……?思わず固まっちまった俺を他所に、丈の短いスカートを履いたメイド姿の給仕はテキパキと事を進める。
「お一人ですか?」
「あ、いや待ち合わせなんだが。」
「畏まりました。相手様のお名前、お伺いしても宜しいですか?」
「な、まえ……?」
そう尋ねられてハタと気付く。やべっ、そういやアイツの名前、聞いてねえ!
「あ、あっと……赤毛のエレゼンの若ぇ男なんだが。その、こんくらいの背丈で……。」
しどろもどろ外見を説明するオレを、受付したメイドは怪訝そうな顔で見やる。
だー、ちくしょう!なんて言やいいんだよっ?!
頭を掻き毟りたい衝動に駆られたその時。
「あ、来てたの。いらっしゃい。わりと早かったね。」
ナイスタイミングで俺の待ち人がやって来た。そのままテキパキとメイドに話を通す。
「ごめん、この人オレのお客さん。奥のカウンターに通して。あとはオレが対応するからいいよ。」
「畏まりました。」
一礼して、奥へどうぞと告げるメイドに会釈する。連れられるままに最奥のカウンターへ案内されスツールに腰かければ、カウンターの中の店員と目が合った。
「あらん、貴方初顔ね?ようこそ。」
ウインクをしながら独特な口調でそう告げるのは、兎のような耳をした人物。見慣れないその種族だが、カウンターで酒類を扱うその手つきはプロ級といってもいい程だ。種族の珍しさも相まってまじまじと見ていると、
「いやん。そんなに見つめても何も出ないわよん。先ずはご注文、お・ね・が・い・ね。」
としなを作りつつ再度ウインクされる。手慣れてんな、この人。そんな姿に苦笑しながらエールを頼むと、にっこり笑ってサーバーへと向かっていった。
やれやれ、最初はどんな所だと思ったが、普通の酒場っぽいな。カウンターに肘をつき、辺りを見回す。給仕の衣装はちょっと特徴的だが、出されてる物は普通の酒やツマミ、食事だな。客層はほぼ冒険者か?鎧のまま食ってるやつもいれば、俺みたいに軽装の奴もいるし、近くの壁や着いた席のテーブルに武器を立てかけて居るやつもいる。珍しい光景に目を奪われていると、
「こういう所は初めてなの?」
声をかけられ振り返れば、待ち人がエールを片手に首を傾げていた。
「まあな。酒場っつうと、バーみたいなところや、もっと別の意味で物騒な連中が居るような所ばっかしだったからな。」
それにプラスして、如何わしい店にも結構行っていた。今じゃ全く嬉しかねえが、当時は俺一人に女が四、五人つくのが当たり前で、いい気になってたもんだ。ま、金はあったし、あんまケチケチしてると逆に目ぇつけられるからな。あの世界じゃ金がある時は派手に使って還元してくのがベターだ。
知ってか知らずか、ひとつ頷く。
「まあ、そうだよね。普通は入らないよね、こういう所は。冒険者区街に店構えてるわけだし。」
はい、注文のエール、と俺の前に手にしたエールを置きつつそう言うアイツを見て――慌てて目を逸らした。
ちょ、ちょい待てっ!なんで脇がガラ空きなんだよ!
「どうかしたの?」
「どうかしたかって、どうかしてんのはお前だろ!その、なんでそんな服着てんだよ……。」
コテンと首を傾げる目の前の男に全力でツッコむ。
さっきは正面からしか見てなかったから解らなかったが、服のサイドが腰の辺りまで空いているせいで、脇から胸までがガッツリ見えちまっている。ウッカリすりゃ乳首とか臍とか見えんじゃねえのか、これ。オマケに服の丈の長さが有り得ねえ程短くて、動く度にチラつく白い綺麗な脚にゴクリと唾を飲み込んだ。
――服に手ぇ突っ込んで肌を撫で回し……いやいや、そうじゃねえだろ!
んな事を考えちまう俺も俺だが、どっちかと言や、そんな事を思わせるような服を平然と着ちまってるコイツの方が問題だ。
「え?何って、今日の店の制服。」
「そうか、制服……制服なのか……。いやいや、そりゃ制服とは言わねえだろ……。」
片手で顔を覆う。心底不思議そうな顔をするコイツに言ってやりたい。お前さんの目の前に居るのは、約一年前、自分を捉えて犯した男だぞ、と。
「しっかし、なんでお前が店の制服?着てんだよ?」
そういや注文したエール持ってきたのもコイツだ。ここは客に注文持ってこさせるのか?いやでも、メイドっぽい人やらスリット入った東方の衣装着た人やらも給仕してるしなあ。
「あ、それは――、」
「それはこの子がこの店の店員だからよん!」
答えようとした声に声が被る。振り返れば、カウンターの中から、さっきのうさぎっぽい店員が手を振っていた。
「姐さん。」
「こらこら。今は営業時間中なんだからマスターとお呼び。」
――ねえさん?
そう言うアイツを見てあの時の事を思い返す。そういえば血の繋がらない姉のような人が居るって言ってたな。じゃあ、この人がそうなのか。
こっそり盗み見る俺を他所に、二人の会話は進む。
「君がお客さん連れてくるなんて初めてじゃない?どういう風の吹き回しなのかしらん?」
……まあね。今日の昼間、色々あって。」
「昼間?」
「あー。どっかのバカがリスキーモブに手ぇ出しやがって、それに巻き込まれた俺を助けてくれたんだわ。改めて礼を言わせてくれ。助けてくれてありがとな。」
ちょっと困ったみてえな素振りがあったから、助け舟をだしてやる。なんだそうなの、と納得した様子のその人に、あからさまにほっとした顔をしていた。
ーーまあ、本当のことは言えねえよな。一年前に殺し殺されかけた関係です、だなんてな。
「んで、お礼に俺がメシでも食おうって誘ったら、此処に連れてこられたわけだ。」
「んなるほどねぇ。ま、そうよね。この子が自分から人を誘うわけなんてないわよねぇ……。」
そういってアイツを見ながら、やれやれと残念そうに溜息をつく。それにそっぽを向いて目線を合わせねえところを見ると、まあ図星なんだろうな。
「でもま、誘いに応じてこの店に連れてくるだけでも良い方かしら。これで少しずつ変わってくれると良いのだけど。」
そうぽつりと零した言葉に、アイツはすぐ様反応した。
「姐さん。」
「わーかってるわよっ!んもう、兎に角君はとっとと仕事に戻りなさい。あっちのテーブルに給仕したらそこで上がりでいいから。」
咎めるような声色に、ウサギの女性はシッシッと手を振る。その様子に少し眉を顰めると、アイツはすぐ様踵を返した。以前俺が撃ち抜いた、白く薄い横っ腹が一瞬だけチラリと見えてドキッとしたのは内緒だ。
しかし本人遠ざけて何を話す気なのか。ここからが色んな意味で本番だな。
何気なさを装う為にエールのジョッキを傾ける。密かに気合いを入れる俺の前で、アイツの保護者的存在の店員……いやこの店のマスターは口を開く。
「さて、改めて。アタシの店にようこそ。それから初めまして、新顔さん。」
カウンター越しにこちらを見る目が心做しか鋭くなった。……まあ、警戒はされるわな。こっちから誘ったわけだし。それにアイツの容姿は酷く人目を引く。きっとこんな風に誘われる事だって一度や二度じゃねえ筈だ。
「こちらこそ。まさかこんな所にこんな店があるとは思わなかったがな。」
慎重に言葉を選びながら返せば、キョトンとした顔をする。
「あらあらん。『リスキーモブ』なんて言葉を出すくらいだから、貴方も冒険者でしょ?結構知られてると思ったけど、アチキの宣伝もまだまだってところなのかしらん?」
「まあ、昨年始めたばっかの新米だからな。色々知らんことも多いってこった。」
「なるほどなるほど。でもその年で冒険者、ねぇ。なかなか厳しく無い?」
う、それを言われるとイタイ。まあ言われるだろうたあ思ったけど。
「ま、ちっとワケありでな。都市内に寝床つくれねぇんだわ。本音言やぁ、なんか内職でもして暮らしたかったんだが、そう旨い話はねえってこったな。んでまあ、困って昔馴染みを頼ったら、冒険者になったらどうだって言われたわけだ。」
「ふうん?ま、冒険者になる人なんてそんなもんよね。みんな多かれ少なかれ何かスネにキズあるから。気にする必要は無いんじゃない?」
「何か、ねぇ……。マスター、アンタもなんかワケありなのかい?」
空になったエールのジョッキを置きながらニヤリとカウンター向こうの人物を見りゃ、一瞬目を丸くしてすぐ様細める。やり返されるたあ思わなかったんかね。今はこんなだが、ちっと前まではそれなりにヤバい道渡ってたんだ。タダじゃあやられねえぞ。
「あらあら。だったらどうなのかしらねぇ。」
「別にどうもしやしねえさ。ただなぁ……なんだってあんな服、店員に着せてんだよ?」
少し怒気を含めて言えば、相手は腕を組む。
「あんな服って?」
「アイツが着てた店の制服の事だ。まあメイドや東方服の方はいい。けどアイツのはなんなんだよ。脇ががら空きで角度によっては上半身丸見えじゃねえか。おまけに太腿だって際どいとこまで見えるしよ。」
「何言ってんの。あの子は男の子よん?」
「男だろうが何だろうが、どう考えたって露出過多だ、ありゃ。……目のやり場に困んだろ。それによぉ、あんなに綺麗なヤツなんだから、あの格好してりゃ、勘違いした客に要らねえちょっかいだって出されちまうだろ。」
憮然として腕を組みゃ、目の前のマスターは目を丸くし、何処と無く嬉しそうな顔をした。
「あらん?心配してくれてんのん?大丈夫よぅ。お触りは厳禁だし、あの子ああ見えても強いし。」
「そういう問題じゃねえよ。男でも良いって奴は居るからな。ヘンな奴が寄ってきたらアンタはどうする気だ。何よりアイツが可哀想だろうが。」
そう軽い調子で宣うマスターを睨み返すが、彼女は少し困ったような顔をして頬に手を当てる。
「そう言われてもねぇ。本人が問題なく着ちゃってるから大丈夫でしょ、多分。ね?」
そう言って横を向いた話し相手につられて顔を向ければ、そこには給仕から戻ったアイツが居た。
「おま、いつの間に……。」
ーー気配、しなかったよな?
いくら話に夢中になってたからといって全く気付かねえなんて、めちゃくちゃ恥ずい。カウンターに突っ伏したくなるのを必死で耐えていると、なんでも無い顔でアイツはマスターの疑問に答える。
「まあ、仕事だし。着ろと言われたから。」
「ですってよ?本人が了承してるなら文句ないわよねん?」
胸を張るマスターを無視し、深い溜息をついた。自分の事を話してるってのに全く表情の変わらねえアイツに、呆れた顔を向けて口を開く。
「お前なぁ……。仕事だからって素直に着てんじゃねえよ。ちったあ疑問に思えよ。」
「え?なんで?」
「なんで……なんでってなあ……。」
やべぇ、頭痛くなってきた。何でコイツ、仕事に関してはこんなに素直なんだよ。何で疑問に思わねんだよ。
そんなやり取りをカウンターの向こうから、カラカラと笑われた。
「あらあらあら。なんて仲が良いのかしらねん。店のマスターとして言わせてもらうけど、一応ここの従業員の格好は、客引きという名目よ。でも敢えて言うわ。――全部ワチシの趣味よん。」
……マジかよ。つーか、やっぱりそうかよ。
「んな、胸張って言うことじゃねえだろ。」
呆れた視線を向けると、チッチッチと指を振る。
「日常の中の非日常。これ大事よ。結構、従業員にもお客さんにも評判いいんだから。着る方もハッピー、見る方もハッピー。ね?WIN-WIN ウィンウィンでしょん?」
ま、女子従業員……と客の男はな。けど、それじゃコイツまでこんな格好しなくても良くないか?
訝しげな視線をむけりゃ、何を勘違いしたのか、マスターがアイツの衣装の解説を入れた。
「あ、ちなみに今日のこの子のコンセプトは、神々の使徒、よ!ポイントはこの脇と脚の露出ッ!」
「いや、そういう問題じゃねえよ。」
間髪いれずに突っ込む。若干不服そうなマスターは無視し、無言で佇むアイツにも突っ込んだ。
「てか、お前も何か言えよ。」
「え?えっと……風通しがよくて涼しいよ?」
……違う、そうじゃねえよ。」
思わず頭を抱えて唸っちまう俺を他所に、斜め上の回答を返したアイツは不思議そうに首を傾げる。なおマスターは吹き出して大笑いしてやがる。くそっ、人の気も知らねえで。
「うっふっふ。わかった、わかったわ。もう上がりで良いから着替えてきなさいな。こっちの子に君のその格好は、刺激的すぎるみたいだしねん。」
笑いながらそう言うマスターに向かってひとつ頷くと、アイツは俺に小さく手を振って、奥の階段を登っていった。
アイツが立ち去ると、張ってた気がガクリと抜ける。カウンターに突っ伏し、あまりの脱力感に顔を上げられずにいると、空のジョッキがエールの入ったジョッキと交換された。つられて目線を上げれば、ニコニコと嬉しそうに笑うマスターと目が合った。
「これはアタシからの奢り。ありがとね、あの子と仲良くしてくれて。」
さっきまでのどこかふざけた調子が、嘘のように落ち着いた口調で礼を言われて、思わず狼狽えちまう。
「あんなに楽しそうなあの子を見るのは本当に久しぶりでね。ちょっと悪ふざけしちゃたの。ごめんなさいね。」
そう愁傷に謝られると此方も調子が狂うってもんだ。頭を掻きつつぶっきらぼうに答える。
「あー、まあな。こっちこそムキになってスマン。なんつーか、アイツ変なところで凄く無防備みてぇだから、心配になってな。アンタ、アイツの保護者みたいなモンなんだろ?」
ジョッキを傾けそう尋ねりゃ、マスターは少しだけ顔を曇らせる。
「保護者ってほどあの子も幼くはないんだけども。でもまあ、そう見えても仕方ないか。貴方、あの子と付き合い長いの?」
「いいや。一年前に一度だけ会ったっきりで、今日また偶然、な。」
ま、締まらねえ再会の仕方だったけどな。もっとロマンチックな出会いを想像してたってのは内緒だ。そんな俺に疑惑の視線が刺さった。
「ふうん。その割には仲良さそうよね。」
「なんか気が合ってな。アンタの事もそんとき聞いた。世話になった姉みたいな人が居る、でも何年も連絡してないから忘れられてるだろう、ってな。そりゃあ寂しそうだったぞ。」
あの時の事を思い出しながらそう告げれば、マスターの目が、信じられないとでも言うように丸くなる。
……そんなわけないじゃない。全く、あの子ったら。」
そう呟いて目を伏せた。切ない顔をしたがそれもほんの少しの間だけで、顔を上げ此方に笑顔を向ける。
「ありがとう。貴方があの子を此処へ帰してくれたのね。あの子、人にも自分にも執着のない子だから、もう帰ってこないかと思ってたの。」
ーーやっぱりか。そうじゃねえかと思った。じゃなきゃ平気であんな事言えるわきゃねえよな。
平然と信じられない事を言ったアイツを思い出して、奥歯を強く噛みしめた。そんな俺に気付いたのか、柔らかい笑みを浮かべてマスターは続ける。
「そうならないように定期的に連絡入れさせてたんだけど、ある日ぱったりなくなってね。それから何年も音沙汰ないから、もしかしらって覚悟もしてた。それが昨年ひょっこり帰ってきたもんだもの。ふふっ、貴方にはエール一杯どころじゃ返しきれないわねん。」
照れ隠しなのか、語尾をちょっとだけ元に戻して微笑んだ。その嬉しそうな表情に、えもいえぬ罪悪感を覚える。事情を知っている身としては、本当の事を言えないのがツラい。
――連絡入れてなかったんじゃなくて、きっと入れられなかったんだな。裏の世界に関わっちまったから。
口を閉ざした俺に何かを察したんだろう。カウンターに肘をついて、マスターは大きくため息をついた。
「やっぱりまた危ないことしてたのね。ホントにあの子はもう。双剣なんて下げて帰ってきたからそんな気はしてたわ。」
つられて俺もため息をつく。
「危ないっつーか、ヤバいっつーかな。なんでもドジって弱み握られたらしくて、色々やらされてたみてえだぞ。幸い諜報関係にまわされて、殺しだけはしなくてよかったみてえだが。」
「諜報関係ねぇ……。それでも心身共にキツい事には代わりないと思うのだけど。」
「それに関しては俺も思った。けどアイツ、それを何でもない風に言っちまっててな。そっちの方が怖かったぜ。」
閨での仕事もある、そういう趣味の人の相手もする、と、まるでついでの事のように宣ったアイツを見て、思わず抱きしめちまった。もっと自分の事大事にしろって。けど、アイツの心には、その言葉も思いも、届いてはいないんだろう。一年前の苦い思い出だ。
マスターも思うところがあるんだろう。目を伏せ、諦めの交じった声をカウンターに落とす。
「あの子、自分にはなんの価値もないって思ってるのよ。あの執着のなさも、そんなところから来ているんだと思うのだけど。……あの子の事を大切に思う人だって居るのにね。」
その言葉に深く頷いた。
アイツの執着のなさには驚く。だけど少しだけ過去を知っている身としては、それも仕方ねえのかなとも思う。
「そんなんだから、なんかほっとけなくなっちまってな。ちっとお節介を焼いちまったよ。」
そういって苦笑すれば、目を細められた。
「そうだったの。……良かった。いい人と出会えたみたいで。」
慈愛に満ちたその微笑みに、まだ幼かったあの頃を思い出す。やっぱりこの人はアイツの保護者なんだな。そう改めて思った。
ジョッキを傾けて温くなったエールを飲み干す。エールの苦みと、後ろめたい気持ちを抱えた自分の苦い思いが混じって顔を顰めていると。
「ねえ、貴方。よかったら、あの子と一緒に居てやってくれない?」
空になったグラスを回収しながら、優しい目で請われる。
「はっ?」
いや、俺の方は願ったり叶ったりなんだが。けど。
「いいのか?」
大事な弟分を俺に預けても。そう言外に尋ねれば、アイツの姉貴分は深く頷いた。
「勿論。あの子も貴方に懐いてるみたいだしね。アタシの言うことは聞かなくても、貴方の言うことなら多分聞くんじゃないかしら?」
「そうか?」
首を傾げれば、力強く頷かれる。そんな事はないと思うが、まあ、アイツの保護者がそういうならそうなんだろうな。
そう考えを他所にしていると、マスターはこちらに顔を近づけてヒソヒソ声で話し出した。
「それに貴方は、どうも他の男共とは違うみたいだし。――ここだけの話、あの子、同性にモテるのよ。」
……やっぱりか。まあ、予想はしてたけどな。
天を仰ぎたくなる気持ちを抑えて話の続きを聞く。
「体目当ての下心丸出しのヤツが多くてね。女の子と間違えたってやつは直ぐに引くんだけど、大抵は男でもいいってそのまま。」
そのまま……なんなんだ。嫌な予感にカウンター下でグッと拳を握った。それに気付かず、マスターは体を起こし、明るい声で告げる。
「しかもあの子あんなんでしょ?だから心配でね。けど貴方なら大丈夫。」
……、その信頼の目が痛ぇ。
「俺だって下心あるかもしんねえぞ?」
悟られないように絞り出した声に、そうねぇ、なんて上をむいて呟き、爆弾発言を落とした。
「でも、貴方ならいいかな、って。この店始めてだいぶ経つけど、貴方が始めてよ。あの子の心配をしてくれたのは。あの子の身内としては、ちゃんとあの子の事をちゃんと見ていてくれる人に預けたいのよね。……色々辛い目にあっていた子だから。」
その言葉に、あの時垣間見ちまったアイツの過去が頭を過ぎる。あれは酷い内容だった。もう二度と見たくねえと思うくらいには。
ーーこの人はその事を知ってんだろうか。
カマを掛けたくなるがそれはせず、代わりに違う言葉を吐き出した。
「わかった。俺でいいなら、アイツの事、見ててやるよ。ま、俺の言う事聞いてくれる保証なんて何処にもないけどな。」
やけっぱちな言葉を零せば、マスターはコロコロと笑う。
「あら、そんな事無いと思うわよ。そうよねん?」
そう言って視線を横に逸らせば、そこには昼間と同じジャケットを着たアイツが居た。
「何の話?」
首を傾げるアイツに、マスターは腰に手をあて見下ろす。
「これから君のことよろしくお願いします、って頼んでたとこよん。」
「ーーは?」
ますます訳が解らないというような顔をするアイツに、マスターは矢継ぎ早に告げた。
「ここの所ずっと一人でフラフラしてたでしょ?しかも長い事、音信不通にしてたし。おまけにかなり危ない事もしてたっていう話じゃない。これで心配するなって方が無理。てなわけで、お目付け役をつけさせてもらいます。」
「お目付け役って……まさかっ?!」
察して目を丸くするアイツに、マスターは俺を指さしながらトドメを刺す。
「そ、其方のお方。快く引き受けてくださいました。少しは心配させたこと、反省なさいな。」
「ってなわけだ。よろしくな。」
ニッと笑って片手を上げれば、深緑の丸い目が更に丸くなった。
「うそ、でしょ……?!」
珍しく感情あらわに吐き出された台詞に、思わず声を上げて笑った。

カウンター席に、二人隣合って座る。お互いの前にはワイングラス、間にはアイツの髪より深く赤いワインの瓶。結構値が張るその酒はマスターからのプレゼントで、新しい門出の祝い、だそうだ。改めてそう言われるとなんだか照れくせえけど、その気持ちは充分に伝わった。
「なんかごめん。変な事に巻き込んじゃって。」
開口一番、アイツはそう言って項垂れる。
「姐さんはああ言ったけど、その、アンタが嫌なら断ってくれても全然構わないから。だからーー。」
「お前は俺に断って欲しいのか?」
「え?」
如何にも断ってくれと言わんばかりの言い分にイラッとする。そんなに俺と居たくないってのかよ。
「さっきの話聞いてりゃ誰でもそう思う。もう一度聞くぞ。お前さんは俺と一緒は嫌か?」
これで断られたら絶対泣く。そう覚悟したが、幸いな事にアイツは首を横に振った。
――違う、嫌じゃない。でもアンタだって、自分の生活や理想があるでしょ?そこに無理やり割って入るのはダメだから……。」
心做しか寂しそうに俯いたその赤い頭をポンポンと叩く。
「俺は構わねぇよ。どうせ気楽なおひとり様だし、独りで冒険者家業も辛くなってた所だからな。お前のネエさんに先越されちまったが、本当は俺の方から誘う予定だった。俺と組まねぇかってな。」
「え?」
顔を上げたアイツに、ニッと笑った。
「んなわけだから気にすんな。ま、それこそ強制はしねえよ。お前さんさえよけりゃだ。」
内心ドキドキしながらそう返しゃ、アイツは俺に向かって笑った。
「オレでいいのなら。これからよろしく。」
――くそ、反則だろ。
その笑顔はあの時と違ってとても穏やかで、見ているこっちの方が照れちまう。
「おう、こっちこそな。」
優しいその笑顔が直視出来なくて、そっぽを向きながら、ぶっきらぼうに答える。そんな俺を見て、アイツは楽しそうに目を細めた。
二人して顔を見合わせて笑い、ふとあることに気付く。
「っとそうだ、自己紹介まだだったな。なんか今更な気がすっけど。」
本当に今更な事を口にすれば、アイツも真顔に戻ってポンと手を打った。
「そういえば。なんとなく知らなくてもいいかなって思ってたよ。」
ーーおいおい。
あまりの言葉に思わずツッコミをいれちまう。
「そうはいかねぇだろ。店入った時も、お前の名前解らなくてすっげえ困ったんだぞ。メイドのネエちゃんにもヘンな顔されたしな。」
「ああ、そういえば。あそこで揉めてたのそういう事だったの。」
それに頷く。
「それに、これから一緒に行動するんだ。知らねえっつうわけにもいかねえだろ。お互いを呼ぶにも困るしな。」
「ーー確かにそうだね。」
改めてずっと一緒だと思うとなんだか照れくせえな。目線を横に向けて頬をかいてると、目の前にワインの瓶が差し出された。グラスを手に取ると、空っぽのグラスになみなみと注がれていく。瓶をもつアイツの口元は弧を描いていて、それにつられて俺も口角を上げた。
置かれた瓶を手にし、さっきとは逆に、俺がアイツにワインを注ぐ。アイツの髪色とまた違った深い赤がグラスに満たされたのを確認してから、グラスを掲げた。
「ジグラットだ。」
「イージエット。」
「これから宜しくな。」
「こちらこそ。」
同じようにグラスを掲げたアイツに向かって手にしたグラスを差し出すと、同じように俺に向かって差し出される。
そして口を開いた。
「再会とコンビ結成を記念して。」
「「乾杯っ!」」
カチンッとグラスを合わせる音が鳴る。透き通ったその音とグラスの向こう側の嬉しそうな深緑の目に、俺は自分の中の何かが満たされたように感じた。