第2話「冒険者となった機工士と日の下に出た忍者の話」

1話から1年後のお話。
ようやく二人の名前が出てきます

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「あーあ、まさかのリトライかよ。」
今日も今日とてよく晴れた森の中、昨日と同じ道を辿って茨の森に入る。
開けた場所にでて辺りを見渡すと……まあいるわいるわ、ワイルドボア達が。今年は繁殖期にワイルドボアの数が激増したらしく、ナイアンビーやハニーヤードの方まで出現情報があるんだとか。そんなわけで、冒険者ギルドに駆除……つうか間引き依頼がきて、俺が受けたのが、まあ、それな訳だ。
……出来りゃシュリークシュルームの収穫とかウォルナット原木の搬送補助とか、そんなんが良かったぜ。」
げんなりしながらそうごちる。
そんな低レベルの依頼ばっかし受けてたら、俺の紹介人でもある幼馴染に唆されて。売り言葉に買い言葉で、この依頼を受けちまったんだよなあ。
「ま、しゃあねえか……。」
ぼりぼり頭を掻いて、この一年の相棒でもあるアックスを担いだ。
受けちまったからにはやるしかねえ。そう思いながら、こちらに尻を向けて木の実を貪る一頭に狙いを定めた、その時。
「ひぃぃっ!助けて、助けてくれぇっ!」
叫び声が聞こえて思わず武器を下ろす。
「な、なんだあ?」
辺りを見回せば、不思議なことに、そこかしこで各々自由に寛いでいたワイルドボア達が一斉に顔を上げた。そして一目散に森の奥へと逃げ出していく。それと同時に再び聞こえる助けを求める声と、耳を塞ぎたくなる程でかい、虫の羽音。
「た、助けてくれぇっ!」
「げぇっ?!」
森の奥から駆け出してくる、昨日俺を嘲笑った若ぇ槍使いと、その後ろから迫る、前を走る奴の二倍以上デカい蜂。
……おいおい、マジかよ。
思わず目を見開く。
確かありゃ、「リスキーモブ」とかいう、上級冒険者じゃねえと討伐できねえ、危険度Bランクの魔物じゃねえか!
ざっと背筋が寒くなる。
アイツはバカか?!双蛇党と冒険者ギルドの両方から、モブハントの認可を得たやつ以外は、絶対に近づかず、触れず、刺激せずで退散し、必ずギルドか双蛇党に報告しろって言われてるってのに!まさかソイツに手ぇ出したのかよ?!
「ひぃ、ひぃ……うああっ!」
足が縺れてすっ転んだそいつを、デカい蜂は見逃さない。ちっ、ありゃヤベぇぞ!
「あー……くそっ!」
――事情も知らない相手を誰それ構わず助けるのはやめておいた方がいい。
――このままじゃきっといつか殺されるよ?
アイツの声が耳の奥から聞こえてくる。
解ってる、解ってっけど!でも俺はそこまで割り切れねぇんだよっ!
「ーーおおおおっ!」
デカ蜂の注意を逸らすために、大きな雄叫びを上げて駆け出した。
「せぃやああっ!」
掛け声と共に振りかぶったアックスをデカ蜂に叩きつけるが、後方へスライドされ、渾身の一撃は空を切る。けど、倒れたヤツからは注意を逸らすことが出来た。それだけは不幸中の幸だ。
「おいっ!大丈夫かっ?!」
蜂を見据えながら傍らに声を掛けるが、
「ひぃっ、ひいぃっ……たすけて、たすけ……。」
気が動転しちまってて、まともに受け答え出来ゃしねえ。しかも、へたりこんだまま後退りまでしていきやがる。
「やっべぇな、これは……。」
ピンチもピンチ、大ピンチじゃねえか。
目の前のデカ蜂は、狩りを邪魔された怒りでこちらを威嚇するかのように飛び回っている上、元凶である隣の野郎は怯えて戦力になりそうもねえ。
ーーこりゃ腹括るしかねえな。
決意を改たにアックスを握り直すと、飛び回っていたデカ蜂が真っ直ぐ突っ込んできた。狙いはーーー俺かっ!
「うおっ!」
咄嗟に頭を沈めて攻撃をかわす。しかし、着ているチェーンメイルの重さに引っ張られてバランスを崩し、前のめりに転がった。前転し体を起こすと嫌な予感が頭を過ぎる。咄嗟にアックスを頭上に構えた途端、巨大な影が勢いよく上から落ちてきた。
「ぐっ!」
やっべぇ、間一髪!
目の前でぶっとい巨大な顎がガチガチなっている。掲げたアックスを持ち上げ、なんとか押しのけられたが、今度は後ろに倒れて体勢を崩しちまった。
攻撃を防がれたデカ蜂は、くるりと半円を描いて飛ぶと、再度俺に向かって急降下してくる。けどさっきの攻撃を凌いだせいで手に力が入らねえ上に、鎧の重さに体を取られて思うように身動き出来ねえ。
くそっ、万事休すか……
そう、覚悟した時だった。
「伏せてっ!」
聞こえた声に慌てて頭を下げ、地面に伏せる。次の瞬間、空を割く音と共に、巨大な円がデカ蜂目掛けて飛んできた。不意をつかれたのか、反応が遅れたデカ蜂の腹を円の縁が掠める。切り裂かれたその腹から、勢いよく体液が吹き出した。
「〜〜!!」
虫だからか苦悶の声は上がらないものの、見るからに凶悪な顎が、がっちゃがっちゃ動く。そしてくるりと方向転換すると、俺も最初の獲物だった槍使いも無視して、円が飛んできた方へと、羽音高く飛んで行っちまった。
「あっ!おい、そっち行ったぞ!」
思わず声を上げて注意を促すが、デカ蜂の進行方向の先に居るソイツは微動だにしない。むしろ自分の元に来るのを待っているかのようだ。
「あぶねぇっ!」
そう叫んだ瞬間ーー風が走った。
思わず目を見張る。
突進した先にいたヒトが消えたと思ったら、デカ蜂の羽が綺麗に切り裂かれた。羽を切られ巨体が落ちる。落ちている間に更に切り刻まれ、地面に落ちた時には既にバラバラになり、絶命していた。
……すげぇ。これが、上級の冒険者。
ゴクリと唾を飲み込む。
へたりこんでいると、ソイツと目が合った気がした。
ヤベッ、絶対文句いわれる流れだろ、これは!
慌てて傍らを見れば、アレを連れてきた元凶は忽然と消えていた。あの野郎、俺に全責任なすりつける気で、トンズラこきやがった!
あたふたしている間に相手は目の前までやって来る。
スラリとした細い体躯、長い手足、腰に履いた二本の短剣。その姿に既視感を覚えた。細身のズボンに黒のショートブーツを合わせ、黒いジャケットのフードを目深に被ったその姿が、夕日に消えた寂しそうな笑顔の人物とダブる。
――まさ、か。
そして決定的な言葉が飛び出した。
「なんで銃使わないの?あんな奴、アンタならなんでもないでしょ。」
――っ!!」
どこか呆れたようなその口調に、鎧の重さも忘れて飛び付き、抱きしめる。
「うわっ!」
勢いに押されてたたらを踏んだ拍子に、被っていたフードがするりと落ちた。中から現れたのは綺麗な赤銅色。木々の間から刺す光を受けて輝く鈍い赤は、ずっと忘れられなかったあの赤だ。
――ああ、やっと、やっとだ。やっと会えた!
感動に浸っていると、腕の中の人物がジタバタ蠢く。
……なんだよ?人が折角、感動に浸ってるってのに。」
「いいから離して!重たいんだよっ!」
ちっ、もう少し堪能したかったんだがな。
けどここでへそ曲げて逃げられちまうのも嫌だから、素直にホールドを解いた。
――まったく。再会した瞬間何してくれるの、ホントに。普通の人なら潰されてるよ?」
呆れたようなその深緑色の目が酷く懐かしい。たかだか一年かそこらしか経ってねえのにそう思えちまうのは、たった一度の逢瀬だったからなのか。それとも俺が恋焦がれたせいなのか。いやきっとその両方だから、だな。
「すまん、すまん。いや、まさかこんなトコで再会するたあ思わなくてな。けど……カッコ悪ぃところ見せちまったな。」
バツが悪くて鼻の鱗を掻けば、アイツは首を振る。
「真っ先に助けに入ったのはアンタでしょ?相変わらずだね、そういうところ。」
そう言って目を細めたが、何かに気付いたようだ。
「怪我、してるよ。」
頬に手をあてられて、初めて自分が怪我をしたんだと知る。痛みも感じねえのは、きっと鱗の部分だったからなんだろう。いつ切ったのか自分でも分からねえ傷に、アイツはよく気が付いたな。
ほわっと回復魔法の温かな感触を感じる。けど、まてよ?このエーテルの感じ、何処かで……
思い返してハッとし、頬に当てている左手に目線を落とす。
――やっぱりな。
黒いハーフグローブの切れ目からチラリと覗く白い布。それはつい昨日、ワイルドボアの奇襲から俺を助けてくれた、無茶苦茶な幻術師の左手と同じだ。
「っても、助けられたのは二度目だからな。ありがとよ。昨日も、今日も。」
そう言いながら、頬から離れていく左手を捕まえる。苦笑う俺に軽く目を見開くと、恥ずかしそうに目を伏せた。
……気付いてたの?」
「いんや。今気付いた。」
緩く首を横に振り正直に白状すりゃ、また目を丸くする。そんなに意外かね?
「昨日回復してもらった時と、エーテルの感触が同じだったからな。あと左手のテーピングだ。それが手袋の隙間から見えたから、そうじゃねえかと思ってな。」
……エーテルの感触って解るもんなの?」
いまいち理解出来ない、という体で首を傾げる姿に、逆に俺の方が驚く。
ーーおいおいおい。
「幻術師になったんじゃねえのかよ?なれたんなら解る筈だろ?」
率直な質問にアイツは首を横に振った。
「いや、個人的にその筋の人に教えて貰ってるだけなんだ。だからギルドには入ってないよ。けど……そっか。それであんな顔されたのかな。」
「あんな顔ってどんな顔だよ?」
「んー……、なんて言うか、微妙な顔?どうしよう、みたいな。」
コテンと首を横にする姿に思わず苦笑しちまう。顔つきと相まってその仕草がやけに幼く見える。
可哀想だが、コイツに魔法の才能はねえな。呪術の方は解んねえが、少なくとも環境エーテルを感じ取れない時点で幻術はアウトだ。あの回復魔法の出来の悪さもそれなら頷ける。
「ねえ、エーテルってどんな風に感じるの?どうすれば感じられるの?」
「どうって言われてもなあ……。」
感覚的なモンだから言葉にするのは難しい。矢継ぎ早に質問されて、どう答えるべきか迷った。頭をかいて考えるがパッとは思いつかねえ。
けどまあ、取り敢えずは。
「一旦街に帰るかね。あのデカ蜂の事もあっしな。」
チラリと分解された例の蜂を見遣りながら言や、アイツもこくりと頷いた。
「そうだね。報告もしなきゃだし。」
「言っとくが、アレを刺激したのは俺じゃねえぞ?」
一応弁解しておくと、小さくため息をつかれる。
「わかってるよ。最初の悲鳴はアンタの声じゃなかったから。それに――。」
言葉を切り、地面に転がった俺のアックスを軽々と持ち上げて肩に担ぐ。……あれ、俺がやっと持ち上げて振れる重さなんだがな。どんだけ鍛えてるんだよ。
目を丸くする俺に向かってアイツはきっぱりと断言する。
「アンタはそんなバカじゃないでしょ?」
目を細め、口端が弧を描いたその顔に、思わず見惚れちまう。そんなアイツに、俺は頷くのが精一杯だった。