第2話「冒険者となった機工士と日の下に出た忍者の話」

1話から1年後のお話。
ようやく二人の名前が出てきます

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鬱蒼とした森の中、高い木々が周囲を囲む開けた場所で、俺は一体のワイルドボアと対峙する。
スピードを上げて突進してくるその体を避け、ここ一年間程愛用しているアックスを思いっきり振り下ろした。
「がぁああああっっ!!」
横っ腹に受けたダメージに魔獣の苦しげな咆哮があがる。しかし致命傷には至らねえ。
ちっ、入り方が浅かったか!
「もう一回、だっ!」
獲物を振り上げ、方向転換しようとする魔獣に再度打ち下ろした。肉を絶ち繊維が切れる感触が腕に伝わり、切り口からは血が溢れる。そしてドッという重たい音を立てて、ようやく魔獣の動きが止まった。
「ふー……なんとかなったな。くそっ、まだ感触が残ってやがる。」
武器を下ろし、手を振って顔を顰める。頬についた血飛沫が気持ち悪ぃ。そういえばアイツは短剣で俺とやり合ってたっけな。俺の首掻っ切ってたらこんな気持ちになったのかね。
忘れられない、随分前に出会ったヤツの事を思い出し、斧を担いで空を仰ぐ。鬱蒼とした木々の間から見える青空。アイツは一体何処で何をしてんだろうか。無事にあっちの世界から抜けられたんならいいんだがな。
そんな事に現を抜かしていたせいか、背後からの不穏な息遣いに気付くのが遅れた。
「ん、なんだ?」
振り返ると、別のワイルドボアがこちらに向かって来ている。慌てて斧を振り降ろそうとしたが、魔獣の方が速かった。
「がはっ!」
背中側から横っ腹に思いっきり突進されて吹っ飛び、ローズウッドの木に体を強かに打ち付ける。
ちっくしょ、なんて力だ。
割と体格はいい方だと自負してる俺でもあんだけ吹っ飛ばすたあ、魔獣の力には恐れ入る。
……ってぇ。くそっ。」
慌てて立ち上がろうとするも、打ち付けた衝撃と痛みで体が言うことをきかねえ。両手も痺れて獲物の斧も取り落としちまった。そんな俺をみて、興奮したワイルドボアの目が赤く光る。前足で地面をかく仕草は突進の合図だ。口元から生えた二本の太い牙の先が光って見えた。
――やべぇ、俺もここまでか。
まさにトドメの一撃。今度こそ死を覚悟して目を瞑ったその時。
「ふっ!」
間近で小さな掛け声と共に、ボゴォッ!という音が聞こえた。
「ブモォォーーーッッ!?」
――はあ?」
上がった魔物の叫び声に目を開ければ、身動き出来ねえ俺を背に庇うように立つ人物がいる。手にした両手持ちのケーンを槍のように構えて、少し先に転がったワイルドボアを見据えていた。
その間に俺は自分の怪我の具合を確認する。
骨は異常無さそうだが、木にぶつかったからか打ち身が酷ぇな。手の痺れは消えてるが、体はまだ痺れてあちこち痛ぇ。重症とまではいかねぇが、回復魔法かポーションを使わねえとダメなレベルだ。
舌打ちしたい衝動に駆られながら、背中の木を支えによろよろと立ち上がる。少し離れた所に立つその人の背中はローブに包まれているのに、どこか頼もしさを感じるから不思議だ。
それにしても、ふっとばされたワイルドボアはピクリともせず起き上がらねえ。まさかさっきの一撃で失神でもしてんのか?……まあ、すげぇ音だったしな。
そんな微動だにしねえワイルドボアを見て、目の前の人物は構えていたケーンを下ろした。足音を立てずゆっくりと近寄り、改めて魔獣の意識が無いことを確認すると、ケーンをくるりと回して持ち直す。
何すんだろうな?
木に背を預けて見守っていると、ローブの人物は持ち直したケーンを思い切り振りかぶり―――勢いよく振り下ろした。
ビュッ!ゴッ!
「ビギャッ。」
嫌な音と共に小さく悲鳴を上げたワイルドボアは、一度大きく痙攣すると、そのまま動かなくなる。
……倒した、のか?ケーン一本で……
「おいおい、どうなってんだよ。――痛っ。」
あまりにも想像とかけ離れたことをやってのけたその姿に唖然として、すっかり怪我の事を忘れてた。不意に襲ってきた痛みに呻くと、ケーンの先でボアを突いていたそいつがこちらを振り返り、ローブの裾をはためかせて駆け寄ってきた。
「悪ぃな。助かったぜ。」
痛みに顔を顰めつつ、なんとか口だけ弧を描く。けれどそんな俺の姿にかぶりを振って、突撃をくらった俺の横っ腹に手を翳した。小さく何かを呟やき、仄かな光が手のひらに灯る。ほわりと包むその温かな光には馴染みがあった。いつもは自分が使う方だからか、何だか新鮮な感じがする。
「ああ、回復してくれるのか。悪ぃな。」
けど……なぁ。
光の強さに反して治り方が遅え。というより治りきらねえ。うーん、一生懸命なコイツには悪ぃけど、自分で治した方が早ぇなこれは。さっきまであったジンジンと痺れた感覚が薄れたところで、ローブから覗くその手首を掴んだ。
よっぽど集中してたのか、掴んだ拍子にビクリと反応される。そしておずおずと顔を上げた。
目深に被っているフードと逆光で影になっているせいで顔の下半分しか見えねえけど、きっと年は若ぇだろう。小さな丸みを帯びた顎の線に細長く白い首筋。成人したばかりか、下手したら成人前かもしんねぇな。微かに浮いた喉仏から辛うじて男だと解るが、掴んだ手首は女みてえに細くて、なんであんなパワフルな攻撃ができんのか甚だ疑問だ。
「サンキュな。痛みも引いたし、もう大丈夫だ。」
まだ残る鈍い痛みに耐えながらニッと笑って見せると、素直に腕を下ろして小さく首を横に振る。そして俯いて悔しそうに唇を噛み締めた。ああ、上手く魔法が使えなかったのを気にしてんのか。でもまあ。
「気にすんな、そういう時もあるさ。ま、気楽に頑張れよ。」
往々にしてそういう事はある。得に習いたてならば。フードの上からポスポスと慰めるように頭を軽く叩いた。揺れるフードの隙間からちらりと見えた赤色に一瞬ドキリとするが、確かアイツは、回復魔法使えねえって言っていた。だからコイツは多分別人だろう。
幻術の才能があんましねえのにローブ着てるってぇ事は、親が幻術師なのかもしれねえな。可哀想だとは思うが、これ以上関わり合いたくねえ。
痛みを押し隠して拾った斧を肩に担ぐと、助けてくれた目の前の人物に、心の中で懺悔する。悪ぃな、俺にも俺の事情ってもんがあんだよ。
「んじゃ、俺は行くな。お前も練習は程々にしろよ。」
そう言って手を上げると、何か言おうと口を開きかけて……閉じる。そして代わりに小さくひとつ頷いた。
そんなソイツに苦笑して、グリダニアの町へ戻るべく俺は踵を返す。杖を握りしめるその左手のテーピングがやけに目にやきついた。