シノハラ
2024-11-24 19:19:19
62419文字
Public スクシオ♀
 

in afterglow

1月の新刊のスクシオ♀のweb版です。本にはここからもう一度見直ししたものが収録されます。
通販ページは以下。
https://ecs.toranoana.jp/joshi/ec/item/040031212327/

    1

 スクリューガムから階差宇宙の進捗と課題を聞くようになって、十三回目の事だった。まだ一年足らずである、と言いたいところだが、システム年で考えれば優に一年を過ぎている。
 レイシオの生まれた星はシステム年よりも公転のペースが少々遅く、その感覚のまま他所の星で話すと齟齬が生じてしまう。表に出すときはもちろんシステム時間に置き換えているものの、宇宙で暮らす大勢のようにレイシオもまた生まれた星の時間感覚を軸にしてしまうことがある。私事に近づくものであればその傾向はより顕著になる。
 学術交流のために設けた日の一週間以上前に、スクリューガムは概要を送ってくれる。その内容を読み込んでから当日までに細かく聞いておきたい部分をピックアップしておいて、当日にレイシオから説明を求める手順を踏んでいた。
 調子が良いと三、四観点の話ができて、うっかり紛糾すると一つも話し終わらないうちに時間を使い果たしてしまうなんてこともあった。どちらにしても最終的には実りある結果には辿り着けるので、展開が円滑かどうかにはレイシオもスクリューガムも重点を置いてはいない。
 基本的な流れは最初から変わらないものの、回数を重ねる中で枝葉の部分が豊富になってきている感はあった。たとえば終わりがけにスクリューガムが模擬宇宙の課題までしれっと持ち込もうとしたり、レイシオがカンパニーの仕事の愚痴を漏らしたり。
 しばらく黙ってレイシオの愚痴を聞いていたスクリューガムがスターピースカンパニーの仕事には不服がありますかと問うてきた時、レイシオはほんの少し回答に迷った。何しろ、彼はカンパニーと無機生命体の関係が極めて不良だった時分から生きている人であったので。
 彼が一つの星の為政者としてに留まらず、一つの種族の代表格として生きる上で現代のカンパニーと平和裏にやりとりをする必要があるのは間違いなかった。だからレイシオがどんな答えを選んだとしても、今後の何かに影を落とすようなことでもないとは分かってはいたのだけれど。
 それでも彼の心境を勝手に慮って、レイシオはスクリューガムであれば容易に検知できる程度の空白を産んでしまったのだ。その時のレイシオは結局、そもそも会社勤めが性に合う学者なんてものはほとんどいないと返したのだったか。スクリューガムもどうやらそれで納得することにしてくれたらしい。
 苦し紛れでその場凌ぎに等しい理由だったにも関わらず、口にしながらレイシオも納得してしまった節もあった点だけはいただけなかった。そのせいで、大学での雑事であったり技術顧問の仕事であったりが果たして自身の行動をどれだけ制限しているのかなんて、不毛な検討をしてしまう一幕もあったのだ。
 表面的な言動に疑念を出したつもりはなかったが、どうやらモチベーションに多少影響があったらしい。運がどうこうと言いながらも観察と下拵えに天性の才覚を持つ優れた商売人である同僚にこれまた無駄に気を揉ませてしまい、最終的にあまり深く考えないでほしいと苦笑されてしまった。
 好きで仕事をやっている部下に会ったことはあまりないからきっとその感覚が一般的なんだろう、とアベンチュリンはレイシオに告げた。どこか他人事に聞こえる発言をレイシオは突こうとして、結局止めてやったのだ。彼はまだ単純に仕事が自分に合うとかどうとかということを考えられる状態にはないと、少なくともレイシオは判断している。
「初めて夕食会に招待してくださった方がいるのですが、ちょうどその日はいつもパートナーを務めてくださる有機生命体の方の予定が埋まってしまっていて」
 今回もそういう雑談を始めた頃だった。早々に持ち出された内容に、レイシオは思わず目を丸めてしまう。有機生命体と無機生命体の橋渡しを目的とする彼の活動は外交と呼ぶべきもので、であれば所謂社交界的な部分にも顔を出す必要があるのも頷けはする。
 おそらく今回のものもスターピースカンパニーを筆頭とした企業が主催するものよりも、幾分か格式張った古いものであるのは間違いない。悪しきざまに言ってしまえば前時代的な性質を帯びる集団である可能性があり、そういう場だからこそ彼が赴く必要があるのだろうが。
「今もその手の集いにはパートナーの種族を限定する必要があるのか?」
「否定:個人的な名残です。かつての縁がそのまま保たれているに過ぎません」
 彼の言う通りレイシオにとっては古い記録と言うべき資料では、煌びやかな場に有機生命体のパートナーを連れだったオムニックの姿を散見した記憶がある。もちろん現代、というよりレイシオが断り切れなかった交流会の類では、オムニックの二人組を見ることもさして珍しくもなくなっていた。
「ですが、私の立場上そうある方が自然だと考える者がいるのも確かです」
 まだ双方の交流が手探りだった頃、下手な軋轢を生まないためにも理解のある有機生命体が間に入る事は少なくはなかったのだろう。もちろんその逆も。
 その先頭に立って模索し続けたはずのスクリューガムには傍らに柔軟な性質の有機生命体がいて、現代でもスクリューガムのスタンダードとなっているということだ。そうしてスクリューガムも友好的な一族とわざわざ疎遠になる必要もないため、同様の関係を続けているらしい。
「なるほど、状況は理解した。それで、相手の調達の目処はつくのか?」
 尋ねながらも、その程度で伝手がなくなるような生温い交流をスクリューガムが良しとしているはずがないことくらいレイシオも承知していた。一方で雑談とはそういう無駄の積み重ねであるとも理解してはいるので、彼が話しやすいように水を向けてやることにする。
「伝手がないわけではないですが、少々厄介です。夕食会まで日程が近く、先方に断られたのもそれが根本原因でもありますから。補足:こう言うと招待者の不手際に聞こえてしまいますが、そうならざるを得ない理由があってのことで、私も多少の無理は承知で参加をしたいと考えています」
 不手際を許すばかりではなく協力の姿勢を示す理由をレイシオが問うと、スクリューガムは一つの星の名前を挙げた。どうもそこの王族が彼を招待したらしい。
「ああ。確か、数年前に代替わりが起きたところだったか。先代は内向的とまではいかないが、政府の方針に合わせて銀河内の交流を重視していたと聞いている」
「ええ、そのためオムニックとの交流も少なかったのですが、当代は先代とは違った考えの持ち主です。しかし、王が代替わりをしたと言っても政治の権限もない者が一人考えを変えたところで、唐突に世運隆替するわけでもありません。きっとこの会においても何者かの首を縦に振らせる必要があったのでしょう。私はその努力に報いなければなりません」
 スクリューガムの説明に異論を挟むべき部分は特になかった。一つ頷いて理解を示しながら、今この宇宙で似たような悩みを持つオムニックがいくらかいるのかもしれないと考える。
「此度は外からの招待客も多いためそちら方々については案じていませんが、迎え入れてくれる人々は機械生命体にあまり慣れていません。ですので、私の存在が起因する緊張を緩めるためのパートナーが必要だと考えています」
 つまり今回のスクリューガムは夕食会に出たとしても、一歩引いた形になるのだろう。特に星の人間と接するときは同行させた有機生命体に主体性を持ってもらい、スクリューガムは要所要所で関わるだけで済むような動き方が求められる。華やかに侍り微笑んでいれば良いだけの相手では務まらないということだ。
「今のところ二つほど手を考えています。一つはお相手の圧倒的な存在感で強引に私を掻き消してしまうこと。たとえばルアンさんを誘い、お菓子を摘まんでいただくような」
「それは……あんまりにも主催が可哀想だろう」
 天才クラブの一員が社交界に顔を出す。外交を積極的に行っているスクリューガムは例外として、そんなことがあればビッグニュースになるのは間違いない。あのルアン・メェイが祝辞の一つでも述べようなら、後年の語り草にもなるだろう。
 けれどそれは場の空気を完全に犠牲にするものだ。その王族にとって幸先がいいとは冗談でも言えない代物になるだろう。
「彼女であれば問題そのものを掻き消す薬剤を用意するかもしれません」
「より悪い」
 スクリューガムとこんな交流を始めた原因になった時より少し前に出会ったナナシビトのことを思い出す。初対面のナナシビトに躊躇なく薬を盛る彼女であれば、夕食会でそうしない理由はどこにもない。
 そう、やはりそういうリスクはあって、と当然のように応じたスクリューガムは少々黙り込んでしまった。模擬宇宙のパートナーを連れて行く案はレイシオに苦言を呈されるのを前提にしており、本命は二つ目なのだろうとばかりに思っていたのだが。
「レイシオさん。この夕食会に興味はありませんか?」
……僕に泣きつかなければならないほど、君の交流関係は狭いのか?」
 冗談にしては粗雑だと言わざるを得なかった。条件の合う相手を見繕うのがなかなかに骨だろうくらいはレイシオだって同意するが、そこでレイシオとなるのはまるで偶然目に付いたからと言いたげなチョイスではないか。
 件の星は内向的ではあるが、完全に閉じられた星ではない。故にレイシオの名が全く通らないことはないはずだ。時に煩わしくもある名声を使いスクリューガムの半歩前に立ち、自分のスタンスを崩しきらない程度に緩めて人を捌く。楽しい仕事では全くないが、できるかできないかで言えばもちろんできる。
 とはいえ、もっと適役がそこら中にごろごろいるだろうにと思ってしまうのも事実だった。
「もちろん、貴女が断るのであれば他の手立てを見つけるつもりです。ですが、今回の夕食会はレイシオさんの今後の研究の糧になるかもしれません」
 もったいぶった物言いに小首を傾げると、スクリューガムはその王族が関心を持って援助しているらしい分野を挙げた。なるほど、彼が言う通り、レイシオの研究方針に関与する部分があり、上手くいけば援助を得られるかもしれない。
 そうしてそれは王族にとっても願ってもないことに違いなかった。無機生命体を夕食会に招待しなければレイシオとの縁は生まれず、この星は研究で生じるかもしれない恩恵を直接享受ことはなかっただろうと主張できるのだ。得た果実が有機生命体が関与するものとなれば、いまだオムニックに抵抗を持つ者達も受け入れやすくなる。
 そう考えれば、そこらの口が上手い娘より、レイシオに価値があるとスクリューガムが判断するのも頷けた。結局彼が重視しているのは重たく錆び付いた門戸を開いてくれた相手に、どれだけ報いられるのかという点であるらしい。
――分かった。君の誘いを受けよう」
 顔見せ程度にいかがですかと誘われて、レイシオは目を伏せて小さく頷きながら了承する。彼が言うとおり、誘いに乗るレイシオにも益がないわけでもないのだ。将来性の欠片もない退屈な交流など願い下げだが、発展の芽があるのであれば一考に値する。それがレイシオの全くコネクションのない星でとなればなおのこと。
 恭しくやや芝居染みた感謝をレイシオに述べた後、スクリューガムはまずは一日レイシオの時間がほしいと願い出る。採寸と衣装合わせのためだという日程を再来週の週の真ん中に設定し、その日の学術交流は仕舞いとなった。
 退出を示す画面から視線を外しながら背もたれに背を押しつけながら、レイシオははたと彼の身分を思い出す。待ち合わせ場所がピノコニーであるからには、夢の中で服を選ぶことになるのだろう。レイシオがピノコニーの服屋に立ち寄ったことはついぞなかったが、現実よりも幾分も試着が楽だと推測するのは難しくもない。
 夢の中であればさほど負担にはなるまいが、どれだけ彼が気遣おうとも普段自分が行く店よりもグレードが高くなるのは間違いなかった。となれば普段の服装でのこのこ会いに行く訳にはいくまいと、レイシオはぎゅっと眉間に皺を寄せる。
 スクリューガムの志に応えた形だったとは言え、あまりに後先を考えなさすぎたのではなかろうか。そんな懸念と共に途端に重くなってきた気分を押し出すように、レイシオは深々と息を吐いた。