botanin5
2024-11-14 03:18:50
14147文字
Public 薬さに♀(小説)
 

あと、一息

霊力が無くなりそう!刀剣からもらわないと!設定
骨喰→審神者表現あります


山々が紅く染めた裾を広げ、筆で掠めたような雲がぽつぽつと高く浮かぶ秋空。じわじわと染みだすような暑さは鳴りを潜めて、朝方には長袖の上にもう一枚薄い上着を羽織らねばならない。ほうと吐く息はまだ白くならないものの、そのうち真水で顔を洗うのが億劫になるだろう。

ぱたぱたとスリッパの軽い音を立てながら廊下を進んでいると、どこからか男士たちの掛け声が聞こえてくる。蜻蛉切や同田貫などが、毎朝早く起きて鍛練に励む姿はすっかり見慣れてしまった。その声に耳を傾けながら、目的地である食堂へと足を向けようとしたところ、ふいに後ろから声がかかった。

「大将、ちょっといいか」

いつもは無い緊張を孕んでいるような、少し固い声を疑問に思いながら振り向くと、白衣に身を包んで立ちすくんでいたのは普段から近侍を任せている薬研藤四郎である。彼が近侍を務めることになった、至って単純な経緯を説明しておこう。
短刀たちが順々に修行へと旅立ち、明日は薬研が戻ってくるというある日、重要な任務の締め切りが近く徹夜を重ねていた私は風邪を引いた。意固地になることが多いため、適度に叱り窘めてくれる歌仙が近侍を務めてくれていたのだが、その時は無理矢理にでも仕事をすると彼の言う事すら聞かなかった。
提出書類を送信すると同時にその場に倒れ込んだ私の熱はとうに四十度を超えており、その後こんこんと丸三日寝込んだ。目が覚めたとき最初に目に飛び込んできたのは、初めて見た泣きそうな平野の顔と、無表情な薬研の顔だった。早くから本丸に来てくれていた彼らには、特に心配をかけてしまったのだろう。まして薬研は、修行から戻って早々に己の主人が倒れ寝込んでいたのだ。その心中を察するに余り有る。それからずっと、私の近侍を務めるのは薬研の役目となった。病気に倒れることはそう無いのだが、よほど不安にさせたのだと反省し、大人しくその状態に甘んじている。
話を戻そう。

「おはよう薬研、どうかしたの?」
おはよう。政府から手紙が届いてたぜ。こんのすけが運んでたんだが、えらく眠そうだったんで預かってきた」

薬研は、すっかり頭から抜け落ちていたかのようにとってつけた挨拶を返し、持っていた封筒を差し出してきた。うちのこんのすけは早起きが苦手なようで、朝ごはんを食べるまではいつも眠そうにしている。うつらうつらしながら仕事をしようとしてくれたのだろう。あとで油揚げをプレゼントしてあげなければ。心の中でそう決めて薬研の手元を見れば、白い封筒が二枚。そのうちの一枚を私に手渡してくる。

「そっか、ありがとう。急ぐ?」
「すぐ見た方がいい。大将宛はこれだ」

表情を変えず早口に述べる薬研に違和感を抱きながら、自分宛てという封筒を開ける。するりと出した紙を開くと、ヴゥンという起動音と共にちょこんと座るこんのすけのホログラムが立ち上がる。最近、政府が気に入って使用している伝達文書だ。ぱちりと目が合って虹彩認証による本人確認がなされると、少し透けた政府所属のこんのすけはコホンとわざとらしく咳をしてから口を開いた。

「審神者様、先月の定期健康診断の結果が出ました。過去への遡行による身体の酷使と霊力の衰耗によって一部の臓器に負担がかかっております。このままではどのような病気が発症するか就任時に提出いただいた血液や細胞からクローン臓器の開発も進んではおりますが、現段階での交換もそうやすやすとできるものではありません。最も負担がかからないのはやはり、今の臓器に新しく霊力を補給することです。そのために、いずれは指定刀剣男士との房事も必要になってまいります。が、ひとまず先に、現時点で最も深刻な呼吸器系への対処が必要です。肺まで効率的に霊力を送るために、刀剣男士から直接吹きこんでもらいましょう」

へ?」

残念ながら、一度にぺらぺらと話されたところですんなり内容を理解できる頭ではない。なんだか恐ろしい単語がたくさん聞こえてきた気がする。霊力を吹き込むってどういう意味?と助けを求めて目の前に立つ薬研へ視線をやると、少し困ったような顔をして説明してくれた。

「今、大将の体は霊力が足りてねぇんだ。特に肺にな。そのために、霊力を肺へ直接届けるんだよ。口から吹きこむ人工呼吸みたいなもんだな」

どうやら身体にガタがきているらしい。
衝撃的な事実を知らされたのだと思うが、いまいち実感が湧かない。自覚症状がないからだろう。薬研の表情が硬かったのはこのせいか。やはり、一度倒れて心配をかけてしまっていることで、私の身に関わることとなると責任感が強く働くのかもしれない。

肺に霊力を送れば体は治るの?」
「はい、定期的に一定量の霊力を送り続ければ、血液が再び霊力を感知して生成を始めるはずです。酸素と共に心臓へ回れば身体全体に霊力が巡るはずですが、恐らく今の審神者様の身体状況ではしばらくの間は脳に必要な分だけ霊力を溜めていく状態となります。他の臓器には内部からの霊力分配が遅れますので、やはり、身体へ直接的に霊力を注ぎ染み込ませる必要も、」
「大将。ひとまず肺に霊力を送れば一ヶ月ほど身体は保つだろう。それ以上については後でいい。今なにをする必要があるかは分かったか?」
うん

こんのすけを遮るように、薬研は私が広げていた文書をかさりと閉じた。私はいま霊力が足りてなくて、それを刀剣男士からの人工呼吸で肺に届けなくてはならない。

「ねぇ薬研」
「ん?」
「人工呼吸って、くちとくちだよね」
そうなるな」

私のファーストキスは、あえなく治療によって散ることに決まったのである。