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リース
2024-08-24 17:02:14
41947文字
Public
ドラゴンズドグマ
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オルグの独白(完結)
ドラゴンズドグマ2にて
本アカウントの覚者リースのメインポーンのオルグが、サブアカウントの覚者、叢雲さん宅のラルスさんと、そのポーンに転生した異界のリースに出会うお話。
※過去作であるDDON、DDDAのエンディング要素も少し含まれています。
※ゲーム内で語られていない部分は多少捏造が入っています。
叢雲さん宅のラルスさん
Lさん宅のスアくんをお借りしています。
※ラルス×リース
オルグ×スア
それぞれのBLCP要素あり
※2/20
4章、エピローグ他更新(4ページ目から)で完結
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7
『4章』※2/20更新
乾いた風が音を立てて吹き荒び、空を覆う赤く不気味な雲は、残された大地を飲み込まんとばかりに膨れ上がり、雷鳴を轟かせている。
世界は確実に滅びに向かっている。全てが失われてしまうその前に、少しでも安全が見込めるこの海底神殿に人々を避難させる。
こんな世界となった今、皮肉なことにもはや誰も覚者の存在など必要としていないというのに。
ヴェルムント、バタルの各所に落ちてきた滅びの元凶を食い止めたところで、海底神殿の中央付近にまだ一つ、赤い光の柱が赤い雲から地上へと伸びている。
ラルス様は勿論、私やスア、そしてリースも、おそらくこの光の柱が本当に最期の鍵であることは予想できた。これをまた魂魄の剣で解放すれば、また戦闘になるのか。
それとも、本当にもう私達に出来ることはなく、この世界はただ終わりの刻を待つしかないのだろうか。
それでもラルス様は出来る限り人々を避難させるよう、既に滅んでしまったメルヴェ周辺を除き、再び各地を巡られていた。
最期の足掻きでしかないその行動にどれほどの意味があるのかはわからない。それでも、やらなくて後悔するよりはずっといいのかもしれない。
両国の住民の避難もほぼ終わり各々休んでいる中、私はラルス様達と離れた一角で休んでいた。
私はちらりとラルス様の隣に座るリースを見る。彼は少し前から体調不良の様子で、それに気づいたラルス様も大事を取らせていたようだが、彼は一向に癒える気配がなくラルス様が側に付き添っている。
私もなんだかいつもよりも体が凝り固まっている感じがして、腕と一緒に体を反らせて伸ばす。
腕を下ろすと一時ではあるがほんの少しだけ楽になった。世界がこんな状況では仕方ないのだが、景色が赤くあまり目にも良くない気がする。
そう思いながら暫くぼんやり空を眺めた。
忌々しい赤い雲のせいで、もう長いこと青空を見ていない。マスターと歩き回ったあの美しい世界に早く戻りたいものだ。
「
…
先輩。」
「
…
おや、どうしたんですか?」
声のする方へ向くと、リースが一人でこちらに向かって歩いてきた。ラルス様のそばにいなくていいのか尋ねると、何度か咳をしたリースはゆっくりと頷き、顔を上げる。
まだ具合が良くなっていないのだろう、リースからはいつもの明るさは見られない。そんなことを思っていると、リースは私を暫く見つめた後ゆっくり口を開いた。
「
……
先輩、いや
……
オルグ。」
彼に初めてちゃんと名前を呼ばれた気がするが、このポーンにあの方と同じ声で名前を呼ばれるのは正直あまり心地いいものではない。
私の様子に気づいたリースは私の目の前に手近な木箱に片脚を抱え込むように座るとそのまま続ける。
「私は
……
ここじゃない別の世界で覚者だった。それで、オルグは私が
……
彼が初めて呼んだポーンだった。」
心臓がどくりと脈打つ。
「私がこの世界で初めて一緒に戦った時、貴方は魔法職メインなんて言ってましたけど、本当に得意なのは弓で
……
それでいつも助けてくれた
…
」
「
……
!?」
「ファズス殿の元での眠っていたひと月の間、私の頭の中に流れ込んできたこれは
……
私と同じ、リースという名の覚者様の記憶、なんでしょうか。」
「
……
。」
まるで自身にも何が起こっているのかわからない、といった困った顔でこちらを見つめるリース。
そんなことあるはずがない。
このポーンは突然何を言い出すのだろう。
そんなの、こちらこそ聞きたい。頭を殴られたかのように彼の言葉が頭の中をぐるぐると巡っている。
だって、貴方はあの男が虚無から生み出した、我々と同じ漂泊の民で
……
リース様ではない。
私はどうしても確かめたくて、自身の左目についた縦長の傷跡に触れて見せる。鼓動が早いせいで声と手が少し震えているのが自分でもわかる。
「
…
もし、あなたが
…
本当にあの方の記憶を持つと言うのなら、この傷のことを
……
ご存知、ですか
……
」
彼がラルス様の魂の記憶を元に作られたポーンならば、この左目の傷の理由を知らないはずだ。だからこのポーンには絶対にわからないはずだ。
そうであって欲しかったが、リースは静かに答える
「
……
はい。
あなたの目の傷は、覚者になったばかりの彼を
…
庇った時についたものですね。」
そうだ。この左目の傷は、かつて別の世界でまだ覚者として駆け出しだった頃のリース様を魔物の攻撃から庇い受けたもの。そんな行為に対し、私を殴りつけるほど怒って泣いていたリース様の姿を忘れないように、戒めとして傷跡だけはずっと残してもらっていたものだ。
まだリース様がラルス様と出会うずっと前のことだったため、それを知っているのは私とリース様だけなのは間違いない。
どういう因果なのか、かつて何度も覚者として生きたリース様は、この世界で覚者となったラルス様の願いにより、ポーンとしてその記憶と共にこの世界に呼び出された。
初めからそんな予感はしていたものの、今更になってその事実を突きつけられ、私はどうしていいかわからなくなってしまった。
リースは、木箱から立ち上がると軽く跳ねるように崩れた瓦礫が散らばる広場に繋がる道へ足を運び、周囲を見渡す。
「
…
ここの場所も、なんとなく覚えているんですよ。私と、オルグが初めて領都に着いて、門をくぐっていった先の噴水があった広場に出て
……
確か、この辺に武器屋とかもあって
…
それで、そこでスアにも出会って
…
」
彼の言うスアとは、実はその頃からの付き合いなのだ。
私自身、あの頃の記憶はあまりはっきりとは覚えていなかったのだが、リースに言われたことで段々とあの頃の風景を思い出してきた。
主を喪ったポーンながらに異界を渡り、ボロボロに傷ついていたスアをリース様が助け、私の忠告も聞かずに絶対に連れていくと譲らなかった。
そして私自身も、スアの世話をするうちに彼のことを放っておけなくなっていた。あの頃の出会いが、今の私とスアの関係を形作っている。
一方でリースは指を差しながら記憶に残った風景を辿るように淡々と話しかけてくる。彼が話しているのは、かつて別の世界でここと似たような場所のことを指していた。
まるで昔を懐かしむようなリースのその様子は、どこか楽しそうに見えたが、その笑顔は本来のリース様とは違い、口角を静かに上げてとても穏やかな表情だった。
そうだ。その記憶は、リース様のものだ。
お前のものではない。
あの方は、もっと朗らかに笑うから。やはりお前はラルス様の作ったポーンなのだ。
必死に自分にそう言いかけせる。
堪えなければ。
「
…
覚えていますよ。3人で、酒場で住民からの依頼を受けて、西に東に奔走していましたね。」
私の言葉を聞いたリースは少しだけ驚いた後に苦笑してから、近くの壁に寄りかかりやがて軽く項垂れる。前髪でよく見えなかったが、先程まで見せていた明るい表情が、再び暗いものへと変わっているのが見えた。
「オルグ。私は
……
かつてあなたのマスターだったんですね。」
俯き気味に髪の隙間から、黒と青の瞳がこちらに向けられる。
やめてください。ポーンであるはずの貴方にそんな顔をされると、どうしていいかわからなくなる。
「ラルス様のところに来てから、私に記憶がなかったからずっと何も知らないように振る舞ってたんでしょう?」
ズキリと頭が痛む。
嗚呼、やめてくれ。
頼むから、もう喋らないでくれ。
そんな悲しそうな声で話しかけないでくれ。
「オルグは、ずっと
……
ずっとそばにいてくれたの、に
……
俺は
……
」
「黙れ。」
言葉は自然と口をついて出ていて、壁を背にしたリースの顔の横に拳をつけていた。思ったより強く叩きつけていたのか一拍遅れて拳にじんわりと痛みが広がる。
目の前にいるのはマスターではない。昔のマスターと同じ姿をした、ただのポーンだ。そうであって欲しかった。
だが突きつけられた現実はあまりに受け入れ難いものだった。
「
……
お前がっ
……
ポーンであるお前が
…
!
その姿で、声で
……
あの方を語るな!!」
押し殺そうとした感情が口から出てしまっていたことに気づきハッとして彼の顔を見れば、リースは今にも溢れそうな程瞳に涙を溜めて唇を震わせていた。
「あ
……
。」
その揺れる瞳から溢れた雫が静かに頬を伝い落ちたところで、急に血の気が引いたのを感じた。
「オルグ、何をしている。」
声が聞こえて振り返ればラルス様がすぐ背後に立っていた。すぐさま壁に手をついている方の腕を掴まれる。
「俺の大事なポーンを泣かすな。」
僅かに怒気を感じさせるラルス様の瞳と声色に一瞬だけ背筋が凍る。
リースの方へ視線を戻せば、今だ声と肩を震わせて俯いていた。彼の涙が乾いた地面に落ちていく。
得体の知れない何かが体のうちから込み上げて、ゆっくりと自身の心臓に押し寄せてくるような気持ち悪い感覚に襲われた。
違う。
私は貴方を責めたかったわけじゃないのに。
私としては、貴方には忘れたままでいてほしかった。きっと思い出したのは幸せな思い出ばかりではないだろうから。
そんな時、この異界に旅立つ前に眠そうにこちらを見ていたマスターの姿がリースと重なった。
貴方は何もわからなくていい。
つらいことを思い出すくらいなら、私との記憶など消えていてもいいと思っていたのに。
ラルス様との記憶が蘇ることなく、またも覚者としての使命を背負っても、貴方には年相応の青年として生きてほしかった。
それが何故、こんなことになってしまったのか。
「
……
っ、申し訳
…
ありません。」
リースから離れるとラルス様は暫しこちらを見てから広場の方へと首を振る。ついてこいとでも言うのだろうか。
私が再びリースの方を見ると、スアがリースの横に寄り添ってこちらを見ていた。ゆっくり頷いたスアを見た私は彼にリースを任せてラルス様の後に続いた。
「覚者様。」
「
……
落ち着いたか?」
海底神殿の広場に伸びる光の柱を見上げるラルス様に背後から声をかけると、彼はゆっくりとこちらを振り向いた。彼も何か言いたいことでもあるのだろうか、私が話し出すのを待っているようだった。
大きく息を吸ってから、ゆっくりと吐いて今一度呼吸を整えた。
「どうして
……
貴方はここまでするのですか。世界が滅ぶのはもうわかりきっているのに、何がそんなに貴方を突き動かしているのですか。」
ラルス様は黙って私の言葉に耳を傾けて、やがてこちらに向き直って歩み寄ってくる。
「オルグ。お前は、俺やリースについて何か知っているんじゃないのか?」
質問を質問で返してきたラルス様は、私が別の世界の記憶を持っていることに気づいたらしい。
リースのこともあって、ラルス様も同じく記憶が戻っていることはある程度予想がついていた。
それならばもう隠しておくこともないだろう。
「
……
記憶を、取り戻したのですか
……
ラルス様。
確かに私は、あなた方を知っています。ここではない、別の世界でのことも
…
貴方とかつての我がマスター、リース様が出会った時のことも。」
私の言葉に少しだけ驚いたような様子でこちらを見ていたラルス様は、その後自傷気味に笑みを浮かべていた。
「そうか
…
。」
ラルス様は私に背を向けると、再び光の柱を見上げ目を細めた。
「
…
オルグ、俺を恨んでるだろう。」
ラルス様の言う恨んでるとは、かつて界王の間でリース様に界王である自分を殺させたこと、そして永遠に孤独にしてしまったことだろうとは思っていた。
***
仄暗く周囲には石の玉座以外何もない界王の間。
リース様はそこで天を仰ぐように慟哭していて、横に控える私はただそれを見ているしかできなかった。
彼の傍らに落ちているのは魂魄の剣
…
否、リディルだった。
前界王だったラルス様の消失後、不幸にもその直後に別の世界の記憶を取り戻してしまわれたリース様は、記憶がなかったとはいえ、かつて伴侶となった彼を自身の手で殺めてしまった事実に絶望し、生きる気力を失われてしまった。
ここまでに至る道のりも、どんな困難に見舞われようとも。どんな仕打ちを受けて体と心に傷を負っていても、それでも立ち直って進んできたリース様。
我々の前で泣き言などほとんど漏らしたことはなく、気丈に振舞ってきたリース様。
そんな彼が、かつてないほどに声を上げて泣いている。
別世界の竜の理の下では共に覚者として戦い愛し合っていた二人が、この世界ではどちらかが倒れるまで剣を交えることになってしまった。あの二人を近くでずっと見ていた私から見てもその光景はあまりに痛々しく、とても運命という一言で片付けられるものではなかった。
私はお二人のことを覚えていたのに、界王と覚者として対峙したお二人を止めるわけにもいかず、ただリース様に死んで欲しくなかったから、ラルス様と戦った。
そしてその後は、泣き暮れるリース様の傍で黙って立ち尽くすことしかできなかった。
ラルス様。
愛する者がいない世界で、笑顔の消えてしまったリース様は、次代の覚者が界王の間までたどり着くまで、貴方のように終わりの見えない悠久の時を生きるしかなくなるというのに。
***
ラルス様もあの時、リース様がいずれ界王の間に辿り着くことを分かった上で、どんな結末になろうとも全て受け入れるつもりでリース様と対峙されのだろう。当時のラルス様の心中を察するに余りある。
それでも。記憶を取り戻した彼を目の前にして言わずにはいられなかった。
「
……
それでも、ラルス様。
貴方はリース様の手によって消滅する直前、何故リース様に声をかけてしまったのですか
……
!
あれがなければ、リース様は思い出していなかったかもしれない!あんなにも涙を流すことなどなかったかもしれない!!
あの時はああするしかなかったことも少なからずわかります。そんなもし、たらの話をしたところでどうしようもないこともわかってます。
それでも私は
……
!
最期にリース様に深い悲しみを刻みつけて逝ってしまった貴方を恨んだ
……
リース様の笑顔を誰より願っていた貴方が、その笑顔を彼から奪ってしまったのだから
……
!」
あの時、ラルス様を喪った失意の中命を絶たれたリース様。もう二度、あんな悲劇を経験してほしくない。見たくない。
本音を我慢することなら慣れているし、こんなこといつもなら抑え込めるのに、先程に続き今の彼らの前ではどうしてもそれができなかった。
捲し立てて軽く弾んだ息を整える間もこちらから目を離さずにいたラルス様は一度目を伏せる。
「
……
リースにもオルグにも"悪いことをした"では済まされるものではないのもわかってる。それでも––––」
そこまで言ってから、改めてこちらに向き直ったラルス様と目が合う。
「俺は、今度こそリースと共に生きたいと思う。
リースのためなら、他の全てを犠牲にすることも厭わない。」
「
…
そして、いつかリースと一緒にこの円環を抜ける。もうあいつの幸せを奪う者も脅かす者もいない平和な世界で
…
俺はただの人として、リースの隣で同じ時を生きて、そして生涯を終えたい。
もし、この滅びもロセイエスが言った観る者とやらの望んだ結果だと言うなら、俺はそれに全力で抗う。
…
今の俺が足掻く理由をあげるなら、そういうことだ。
俺がその選択をした結果が、たとえ何度世界を崩壊に導くことになったとしても俺は諦めない。」
そう語るラルス様の翡翠色の瞳は、こんな世界になる以前のものとは明らかに違い、強い意志を宿しているように見えた。
記憶を取り戻したラルス様は、この理の世界が続く限り、リース様と共に生きることが出来ないと判断したのだろうか。
互いにただの人として産まれることができればそれでいいのではないかと思ったが、ラルス様が望まれるのはあくまで魔物がいない世界、ということなのだろう。
魔物がいない世界など想像もつかないが、そんな世界があるのならそこで平和に暮らしていきたいという願いは
……
あってもいいのかもしれない。
しかし、聞いているだけでも途方もない話であることも確かだ。そんなことできる保証はどこにもないのに、理の世界から抜け出すなど、あのファズスという男と似たようなことを夢見ているのだろうか。貴方がまさかそんな大それたことを言うとは思わなかった。
かつて理に準じ、覚者と界王の役目を全うしたあの時の貴方が、今度はリース様のためだけに世界の全てを捨てるつもりでいる。これが、あの頃の貴方がしたくても出来なかったことなのだろうか。
或いは、かつて界王だったからこそ、その可能性に賭けようと思ったのか。
目を閉じれば瞼の裏には、出会った頃の幸せそうに寄り添う在りし日のお二人の姿が浮かびあがる。
嗚呼でも、貴方はそういうお方だった。
いつだってリース様のことを案じて、リース様を愛されていた。そんなリース様の幸せそうな笑顔を、私は側でずっと眺めていた。
「
……
相変わらずですね、ラルス様は。
マスターにとことん甘くて。」
ラルス様は私の言葉に一瞬だけ面食らったような表情を浮かべた後に苦笑する。
この世界で初めてラルス様に雇われ、別の世界での記憶がないと知って、それなのにあの方をポーンとして連れていた時、貴方のことを確かに恨んでいた。
しかし、貴方は記憶を無くしてもポーンであるリースを大事にされ、我々に対しても分け隔てなく接していた。
粗探しでもして恨み言の一つでも言おうと思っていたのに。
これまでのことも含め、ポーンとしてのリースを介してあの方への想いをまざまざと見せつけられて、もう私から言えることなんてないじゃないですか。
「
……
本当にずるいお方ですよ、貴方様は。
リース様もリース様です。」
お二人とも、こんな世界になって漸く思い出されて
…
本当に
……
本当に、世話のかかる人達だ。
ラルス様に対して、此度も彼を悲しませるに違いないと、私はどこかで意地を張っていたのかもしれない。それでもやはり彼を許す気にはなれなかった。たとえリース様が許しても、この思いは私だけのものだ。
「
…
オルグ、すまない。それでも俺は
…
今度こそ最期までリースの側にいたいんだ。もう、あいつを独り悲しませることはしたくない。」
ラルス様は少し離れた場所にいる専従ポーンをチラリと見る。横には心配したスアが付き添っているようだが、まだ体調が戻らない様子の彼を見つめるラルス様は、相変わらず同じ優しい目をしていた。
そこまで言われて、恨み言なんて言えるわけがない。
そもそも、ここにいるリースは今ラルス様のポーンであり、私のマスターではないのだ。
「リース様に似てきたんですか?
どうしたら抜けられるかわからないのに
……
貴方にしては随分無謀というか、無計画なんですね。」
そう言うと、ラルス様はまた困ったように口角を上げる。私が今言える精一杯の恨み言なのだから、これくらい許してもらいたい。
「
……
手厳しいな。
勿論、そんな方法はわからん。だが俺は、俺にできることをしようと思う。」
そう言い残し、ラルス様は赤い光の柱の方へ向かっていった。
「焦りましたよ。」
声がする方を向くと、いつの間にかスアが隣に来ていた。
リース様も少し落ち着きました、とだけ言うと私の手に気づき回復魔法をかけてくれた。
そういえばリースと話していた時も気を使って敢えて離れていたのか、スアを見かけなかった。
「
……
すみません、助かりました。
本当にあのお二人には敵いませんよ。」
リース様も欲張りですけど、貴方も大概ですよラルス様。
右の手袋を外し、傷のない手のひらを見つめる。
私の今のマスターはここにはいない。サポートポーンとしての役目を果たし、必ずマスターの元へ帰るのだ。
もう一度自身に言い聞かせるように、右拳を強く握り込んだ。
「スア、あなたにも感謝してます。」
「
……
突然、どうしたんですか。」
「先程のこともありますが、私一人ではどうなっていたかわかりませんので
…
」
彼とは毎度つい言葉で張り合ってしまうものの、ここまで何度も助けてもらっていたことも事実なので、今だけは素直になろうと思った。
「
……
オルグさま
……
ぁ
…
」
こちらをスアは一瞬だけ動きが止まり、私の顔を覗き込んで丸い目を更に丸くしていた。
「?
…
どうしました?」
私の言葉を聞いたスアはゆっくりと姿勢を戻す。
「
……
いえ、なんでもないです。
貴方にしては随分しおらしいですね。」
スアはそう言うと薄く笑みを浮かべていた。こんな状況だからか、普段無表情な彼が時折見せる柔らかい笑みにひどく安心感を覚える。
「それとオルグ様、少し顔色がよくないです。これが終わったら休んでくださいね。」
スアが私のすぐ横に来てともにラルス様を見守る。
光の柱を消すということは、即ちまた新たな試練が起こるというのだろう。
「っ
……
えぇ、そうします。」
これまで立て続けの戦闘で大魔法を使いすぎたからなのか、スアに指摘されたからなのかまた頭が痛む。これが終わったら私も少し休ませてもらおう。
それに、リースにもちゃんと謝らないと。
鈍色の光を放つ魂魄の剣。
ラルス様、リース様にとって縁深い剣、この剣が最期に導く未来は誰にも予想ができなかった。
それでも、もう残された方法はこれしかない。
ラルス様は、赤い雲から延びる光に向け魂魄の剣を掲げると、剣に呼応するかのように光の柱が消えた。
「雲が
…
消えてく
…
?」
これまでの流れではまたあの悍ましい姿の竜でも落ちてくるのかと思って身構えていたが、これでついに赤い雲の脅威が去るのかと安堵したのも一瞬だった。
消失していくかのように見えた赤い雲が、徐々に形を変えていくように出現したのは、かつて見た赤竜よりも巨大な竜。
あれもまた空に消えたヒュージブルが形を成したものなのか。それともあれが、世界をこんな有様にした全ての元凶だというのだろうか。
その竜は地を震わすほどの大きな咆哮を轟かせ、地上に雲のような影を落としながら、ゆっくりと飛翔し何処かへ向かっていった。
今まで我々を見るや攻撃してきたあの禍々しい竜やワーム達とは違い、巨大な竜はこちらの存在を気にかけることなく飛んでいく。
「
……
あれを行かせたら、今度こそまずいのでは
…
」
あの竜は、その巨大な体で今度こそこの世界を終わらせようというのだろうか。
「!!ラルスさ
……
!ぁ
…
」
思わず溢れた私の一言を聞いたのか、近くにいたリースが必死にラルス様の名を呼び駆け寄ろうとする。しかしそれは叶わず、突然胸を押さえ地面に膝をついた。
私は思わずリースに駆け寄ろうとするが、それより先にラルス様がリースの前に駆けつけ、同じく膝をついて彼の肩に触れる。
「リース
…
!」
「
…
ぁ
…
ラル、さ
……
こわい
…
」
自身の異変に、まるで幼子のように怯えてラルス様に縋るリース。ラルス様はリースをキツく抱きしめ、大丈夫だと何度も声をかけている。
先を越される形となってしまった私は、寄り添う二人の姿を見てそこから動けずにいた。
「
…
お、オルグ
……
」
「!!」
ラルス様の肩に顎を乗せたまま、視線だけをこちらに向けたリースは、私の顔を見ると苦しそうに笑みを浮かべた。
直後にリースが反射的にラルス様を突き飛ばすように離れる。
次の瞬間黒いモヤが彼の体を包み、そして瞬いた刹那、リースはまるで咆哮に近いような金切り声を上げると同時に黒い竜を模った姿に成り果てたのだ。
空を舞う黒い竜はそのまま飛び去るかと思いきや、大きく旋回しこちらを、正確にはラルス様を目掛けて突っ込んできた。
スアが声をかけているのが聴こえるが、ラルス様は動かない。
しかし襲いかかってきた黒い竜はもがくように体を捻ると、ラルス様をギリギリかわし、そのまま地面に叩きつけられる。
「リース!!」
ラルス様が黒い竜に向かって叫ぶ。
名を呼ばれた黒い竜は、他に伏せた状態から再びラルス様に襲いかかりそうな体勢を取る。まだ理性が残っているのかぎこちない動きで前足を地面に付き首をもたげると、どこか切なさを含んだ呻き声でラルス様を呼び、飛び立とうとする。
しかし黒い竜はそのままラルス様目掛けて突っ込み、まるで掻っ攫うかのように自身に掴まらせると巨大な竜の後を追うように飛び去っていった。
私は何が起きたのか理解が追いつかず立ち尽くしていたが、海底神殿に避難した人々の騒めく声で我に返る。
このまま黙って見送るだけなんて出来るわけがない。
そう思ったら、自然と手が口元を覆うマスクを乱暴に取り去っていた。
「待ってくださいラルス様!
……
っ、リース様!!」
飛んでいく黒い竜に向かって叫ぶ。
貴方は、また先にいってしまうのですか。
私はまだ貴方に何も伝えていないのに。こんな突然にお別れだなんて聞いてない。
精一杯声を上げ、手を伸ばしてみるも、その声はおそらく彼らに届いてはいないのだろう。
走ろうとしたところで、背中に何かぶつかる衝撃と共に突然体が動かなくなった。
振り向くとスアが私の背後から腕を回ししがみついていた。前へ出ようとする私の体を引き留めるように、回された腕に精一杯力が入っているのがわかった。
竜の咆哮が遠くに聴こえ、再び空を仰ぎ見る。
嗚呼そうか。
今度こそ竜に追いつくことなどできないし、おそらくもう追いかけることすら許してくれないのだろう。
巨大な竜を追い、遠ざかるラルス様とリースの姿を、私とスアはただ地上から見上げることしかできなかった。
そこから先は、あの二人がどうなったのかわからない。
厚い雲の切れ間から差し込む光が地上を照らす。
この滅びるしかなかった世界で、最期の刻に記憶を取り戻した二人は、最期まで幸せだったのだろうか
…
今度こそ、あの方は愛しいラルス様と共に生きられただろうか。
それともラルス様の望んだ通り、二人でこの円環を抜けることができたのだろうか。
少しずつ光を取り戻していく世界に立ちながら、そんなことを思わずにはいられなかった。
海底神殿のリムストーンへ向かう足取りはひどく重く、随分と久しぶりに感じる陽の光は、自身の足元に濃い影を落としていた。リムストーンの前まで来たところで足が止まり、横を歩いていたスアが私の顔を覗き込んでくる。
「
…
オルグ様
…
」
「
……
スア、私は
……
」
海底神殿でのリースとの会話が、今も頭の中で繰り返し繰り返し流れている。
私の苦悩なんか知らなかったくせに。
私を置いていったくせに。
ただのポーンとして生まれながら、リース様としての記憶を最期に思い出したなどと、言いたいことだけ言い逃げするなんて。
私は、まだ何も貴方に伝えていなかったのに。
あの時、界王の間から落ちていく貴方に手を伸ばしても届かなかった。
そして今また貴方は私を残して、この手をすり抜けて、ラルス様を追って遠くへ行ってしまわれた。
…
本当に酷いお方だ。
こんなのあんまりじゃないか。
円環の中で、私はただ貴方を追いかけることしかできないのか。
立つことすら億劫になり、力が抜けて膝から地面に崩れ落ちる。
衣装の袖が地面に広がるのが視界に入ると同時に、体がリムに引っ張られるような感覚を受けた。
この世界はおそらく滅びを免れた。覚者のもとで役目を終えたサポートポーンは再びリムを介し主の元へ還ることになる。
嗚呼
…
これで、漸くこの世界と離れられる。
はやく、あの方の元に
…
マスターのところへ帰りたい。
そう思った時、ふわりと柔らかい毛で出来たクロークに包まれた。私の前で同じく膝をついたスアに抱きしめられていることを理解するまでに少し時間がかかった。
予想外の出来事に動けずにいると、腕を解いたスアが私の頬に両手で触れゆっくりと顔を持ち上げる。
「オルグ様。私は知っていますから
……
。」
何故か視界がぼやけてしまっているものの、スアがこちらを見て優しく微笑んでいるのが見えた。胸の奥と目が熱く、震える唇をキツく結んだ。
「
……
帰りましょう。リース様が待っていますよ。」
手のひらから彼の体温を感じて、気がついたらスアの背に腕を回してた。
喉の奥から込み上げてくる何かが声になって溢れないように必死に抑えているせいで呼吸がしづらく体が震える。
ただただスアに縋る私に、彼は何も言わずに私の背中を摩る。もう何も考えたくなくて、ただその手の温もりを感じながら目を閉じた。
→エピローグ
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