2023年5月4日発行の太乙×普賢アンソロジー『OVER DUB』用に書いた乙普です。1年経ったのでこちらでも公開します。せっかくだからいろんな乙普がほしいと思って「仲良くない乙普」を書きました。文末に、イベントの無配ペーパーに書いた、普賢視点の掌編も再録しています。
「とにかく、普賢だけは絶対嫌」
強い風を切るように門をくぐり、廊下を進んだ。崑崙山山頂近くはとりわけ気温が低く、今も足先がかじかむほどだが、そんなものが気にならないほど、別のことが気がかりだった。もうそろそろ考え直しただろうか。遅刻したのは外せない用事があったからだが、正直なところ、気の乗らない会議になど行きたくない、着いたときには何もかも解決していてほしいと考えていて、いつになく作業がもたついてしまったからでもあった。
広間の扉はぴたりと閉ざされていた。彫刻がほどこされた重いそれを、なけなしの期待を込めて両手でゆっくり押し開く。ギイという耳ざわりな音に気づいた同僚の、何とも言いようのない目の色を見て、心の底から落胆した。残念ながら何ひとつ解決していないらしい。
「遅いぞ、道徳」
苛立ちを隠さない広成子の声に、道徳はかるく手を上げた。遅刻したのは事実だから、それについては申しわけないと思いつつ、俺が来ない間に何も話が進んでいないのはどういうわけだ、という本音はぐっと腹の底にしまい込む。それにしたって八つ当たりである自覚はあった。
「それで?」
席に着き、玉鼎に説明を求めた。玉鼎は無言で首を横に振る。その隣でさも不本意だといいたげな太乙が、腕組みをしてそっぽを向いた。
「だれに何を言われたって、私は認めない」
今度こそ道徳は深いため息をついた。
やはり崑崙十二仙は全員揃わねばならぬ。
元始天尊がそう言い出したのはすこし前のことだった。異論を唱える者はいなかった。背景に何かしらの魂胆があるにせよ、そもそもこれだけ長らく空席であることがおかしいので、やれやれやっとだと、だれもが胸をなでおろしたのだ。
水面下ながらすみやかに候補者選びがはじまった。白羽の矢が立ったのは普賢真人で、仙人になって日が浅いものの、卓越した能力と温和な人柄で、次の十二仙は彼しかいないだろうとかねてから噂になっていた。
非公式ながら打診に行くと、普賢真人はあくまでも冷静に、しかしどこか誇らしげに「僕でお役に立つのなら」と快諾した。本人も心づもりをしていたに違いない。何もかも順風満帆、十二仙が勢揃いした暁には、攻守兼ね備えた幹部によって、崑崙山はより強固な砦を得ることになるだろうと、多くの仙道が待ち望んでいた、はずだった。
「反対」
むっつりと低い声に、全員がぽかんとし、顔を見合わせた。
「……太乙、それは」
「だから、私は反対」
あとは十二仙の承認を得、全員の署名が揃ったところで元始天尊に報告すれば、晴れて普賢の十二仙昇格が決まる。そんな浮き足立ったムードに水を差したのは太乙真人だった。十二仙たちはしばし沈黙した。こんなことは想定していなかったのだ。
「ねえ、いったいあの子の何がそんなにいいわけ? 私にはわからないなあ」
太乙は座り心地のよくない椅子にふんぞり返り、困惑している同僚の面々をぐるりと見わたす。
「長けてるっていっても物理だけだろう? 出来の良さだけでいえば、ほら、同期の太公望のほうがずっと優秀じゃないか」
そういうお前は宝貝に特化していたから昇格したんじゃなかったのか? だれもがそう思ったが、頬杖をついて睨む太乙を前に、それを口に出せる者はいなかった。
「いや、しかし、話をまとめて報告せよと元始天尊さまが、」
それでもと、反論を試みた文殊だったが、
「じゃあ早くほかの候補を探そうよ。とにかく、普賢だけは絶対嫌」
すげなく返されて、ぐうの音も出ないのだった。
「なあ。なんで太乙はあんなに毛嫌いしてるんだ?」
日頃のロードワークとは比べものにならないほどぐったりして、道徳が呟いた。手にした湯呑にはお茶が半分ほど残っているが、もう飲む気になれない。お茶が冷めてしまうほど続いた話し合いは結局、太乙の「絶対嫌」のせいで、またもや結論が先送りになった。道行も戸惑いながら「さあ」と首を傾げる。
「前はそうでもなかったでちゅよね」
すくなくとも普賢が道士の頃は、太乙はいつも通り面倒見のいい先輩として何かと世話を焼いていたし、普賢も質問するのだといっては足しげく洞府に通ったりしていた。よき指導者と、それを慕う素直な若手という理想的な関係を、十二仙ならずともほほえましく見守っていたのに、いったいどういうわけでああなったのか。
太乙ひとりが拒んでいるせいで元始天尊への報告は滞っているし、普賢に対しても、近々正式な通達をすると期待を持たせたままだ。残念ながらすこし時間がかかりそうだと伝えに行くと、普賢は「そうですか」と頷いてから、
「もしかして、太乙さまですか」
そうだとも、違うとも言えず玉鼎は口ごもる。普賢は「そうじゃないかと思っていました」とちいさく苦笑した。
これまで他人とのトラブルなど聞いたことがない子だが、心当たりがあるのだろうか。太公望との他愛ない小競り合いや、やたらと手の込んだ悪戯をしては独房に放り込まれていた道士の頃ならともかく、今の彼は若い仙道の鑑として一目置かれるほど。ただ、目の前のことに夢中になるあまり、まわりが見えなくなったり、主張を譲らない頑固な一面があるとも聞いていた。もしや太乙の宝貝開発に意見したとか? 太乙がもっとも嫌がりそうなことではある。
「そういう無礼はしていないです……たぶん」
考え込みながら普賢は言う。
「本当に?」
「太乙さまと僕とでは専門が違うので、口の出しようもありません」
「ではなぜ」
しばらく考え込んでから、
「星が——」
「星?」
普賢はじっとその目を向けた。
「天体の公転周期は不変ではないと僕は考えているけれど、それが太乙さまはお気に召さないんじゃないでしょうか」
「は?」
意味がわからない。どういうことかと問い返したが、普賢は曖昧に首を傾げるだけだった。
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