トリミング その他いろいろ編7

twitterにアップしていた極短編まとめです。乙普、楊普、玉普、望乙、玉雲、紫陽洞、楊戩と太公望ほか。お題をいただいたものやワンドロに参加したものなど。腐向けもあります。

「今回が最後だって言ったよね」


【太公望と楊戩】文字書きワードパレットより、黄昏月/境界、橙、夜のとばり
実は知っていた、と告げられたとき思わず「嘘でしょう?」と上ずった声が出た。
「嘘など言うものか」と言われてさえ、にわかには信じられず、まじまじとその横顔を見つめてしまったほどだ。
たしかにあのとき、そんなに驚いたふうもなく、淡々と己の正体を受け入れてくれたけれど。無邪気な子供のような、それでいて人を食ったような曲者の目が愉快そうに細められる。
「普賢師弟にお聞きになったんですか」
疑いが晴れぬままそう訊ねると、逆に「普賢なら知っておったのか?」と問い返された。
それはありえない、師が喋るはずがないし、自分だって話したことも話そうと考えたこともない。ではどうして。
「ほれ」
酒を差し出され、手の中の盃が空になっていたことに気づく。あわてて傾けると清んだ酒が注がれた。表面に空の橙が映って揺れた。
酒でもどうだと声をかけられたのは、夕刻にさしかかった頃だった。執務室の机にはまだ書簡が山と積まれ、徹夜を覚悟したところだったので、少々拍子抜けして「いいんですか」と訊ねた。太公望は「夜通しやったところでたいして進まんだろう」といそいそと片づけはじめている。どこから持ってきたのか、盃二つと銅製の壺を取り出して、夜のとばりがすっかり下りるより前に、はやばやと酒席を設えた。何事もメリハリが大事よのう、と声を弾ませるところをみると、きっと今朝からそのつもりだったのだろう。なんとも抜かりないものだ。
そうやって注ぎつ注がれつを繰り返し、いい感じに酔いが回ってきたところでの冒頭の発言に、当然ながら楊戩は大いに混乱したのだが、当の本人は「単なる勘だ」といつもの調子でのらくらとかわす。
「だったらどうして何も聞かなかったんですか」
「おぬしがなにも言わぬからだが?」
それがどうしたといわんばかりの口ぶりだ。人の素性を気安く聞くものではないという配慮なのか、それとも玉鼎師匠が隠していたことを慮ってのことか。
太公望は「そういうことではないよ」と苦笑した。
「わしにはその情報は必要なかった、それだけのこと」
「必要……そういう問題ではないでしょう」
「楊戩、」
むくれる幼子を諭すように、太公望は言う。
「崑崙山にあって、わしのまわりには何者ともつかぬものが少なくなかったし、そやつらが何者であるかに、わしは興味がなかったのだ。白鶴しかり、十二仙しかり」
「そうでしょうか」
「ではおぬし、道行の尻尾らしきものが何かわかるのか? 普賢の頭についておった輪っかは?」
…………
人と、人でないものの境界は、ここでは案外あやふやなのかものう。そういって、なにかを思い出したようにくつくつと笑う。
「もしかしたらわしも、おぬしの思うておる太公望ではないのやもしれんぞ?」
「ええ……冗談はよしてください」
気持ちを整理しきれないまま、渋い顔をする楊戩の盃に、太公望は最後の酒を半分ずつ分けて注ぐ。そしてさもうまそうにひといきに飲み干した。