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シノハラ
2024-10-30 20:23:54
69821文字
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アルカヴェ♀
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不可視
2023/10/10初出 アルカヴェ♀
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夜が明けるのを待ってから朝食を済まし、交通網が朝一番の混雑を過ぎただろう頃にカーヴェはようやく家を出た。朝一番の便を捕まえても良かったのだろうが、今の自分がまともな精神状態にないのはさすがのカーヴェにも分かっていた。きっと余裕をもった行動をしないと、ろくなことになりはしない。
であれば、定時後を狙う方がよかったのではないかと、座席でゆらゆらと揺られながら早速反省していたのだが、降りる頃にようやくまだ彼が休職期間中であるのに思い至った。どうやら本に没頭しているうちに、日付の感覚がおかしくなってしまっていたらしい。
ふるふると頭を振って、久々のスメールシティを歩きながらカーヴェは今一度現在の状況を検討する。仕事を始める時間ではあるが、店が始まる時間でもない。何か予定があったとしても、アルハイゼンはまだ自宅にいるだろう。
就寝時刻はいやに早いが、一方で自室に籠もりたがるタイプでもない。休日で彼が一番時間を費やすのは居間か書斎なので、おそらく今の彼もそのどちらかにいるだろう。
できればアルハイゼンのよく回ってカーヴェの本意を簡単に吹き飛ばしてしまう口が動く前に、彼に致命傷を与える必要がある。まるで狩猟のような物言いだが、口論が始まる前に全てを終わらせる必要があるというカーヴェの発想は経験上そう突飛なものではないはずだ。
久々に持ち歩いている彼の自宅の鍵を手に取って、明日もこの鍵を使えればと思う。カーヴェにこの鍵を使わせるかを決めるのはこの家にいる家主だけで、カーヴェは手を伸ばして許しを乞うことしかできない。手放すことも愛情の一つだと示したその手で、引き寄せることもまた愛なのだと、他ならぬ彼に示してほしい。ただ、カーヴェはそう祈る。
彼の自宅に辿り着いたカーヴェはずっと握り込んでいた鍵を更に強く握り込んで、しっかり三回深呼吸をした。少しは落ち着くかと思ったが呼吸するたびに緊張感が増す一方で、内心で苦笑してしまう。表情に浮かべなかったのは、単にその余裕がなかっただけだ。
震えそうになる指で鍵を開けて戸を開くと共に、カーヴェは居間まで転がり込む勢いで駆け込んだ。いつだったか旅人が稲妻の家は土足厳禁なのだと言っていたが、ここが稲妻形式の家でなくてよかったと思う。靴を脱ぐ時間を挟んでいては、カーヴェは珍しく身を硬くしているアルハイゼンを視界に収められなかっただろう。自分がこの家に来てから、いや、おそらく出会ってから初めて見た姿と言っても良い。本当に珍しいものを見た。
「僕は二度失恋したことがある。一度目は共同研究が破綻した時。二度目は君があっさり僕を家に住まわせた時。もうここまでいえば分かるだろ?」
正直気分が良いが、優越感を抱いている場合ではない。アルハイゼンがカーヴェを呼ぼうとする予兆をねじ伏せて、カーヴェは口早に思いを告げた。回りくどい言い回しである自覚はあったものの、ここまで聞いてアルハイゼンが分からないはずがない。
わざわざ酷く胸を痛めた日の事を告げた理由は、自分でもうまく形にできそうになかった。少なくとも、彼に対しての恨みつらみではないのはたしかだったけれど。
「
……
可能性を絞り込み切れない」
しばらく考え込んだ気配を見せたアルハイゼンが、いつもよりほんの少しだけ小さな声で告げた。何かを押し込めて抑圧するような響きに、カーヴェの口元が緩みそうになる。彼の喉奥にあるものがどんな色をしているかを教えてくれたのは他ならぬアルハイゼンその人だ。
「君、こういうことには意外と臆病なんだな」
慎重と言った方が適切だと承知しながら、カーヴェはわざとアルハイゼンを煽る言葉を選ぶ。この家で獲得した悪習ではあるのだが、そんなものでも彼と培ってきた習慣の一つである。これらをこれから二人で少しずつなくしていくのか、それとも案外そのままなのかはカーヴェどころかアルハイゼンにも分からないだろう。
「まあ、それは僕も一緒なんだろうけど」
僅かに眉間に力を入れて不満を表明したアルハイゼンに苦笑しながら、カーヴェはアルハイゼンが座るカウチに歩みを進める。近づくたびにと、と、と心臓が立てる音が大きくなる原因をカーヴェは選びきれなかった。
「勝手に結論づけたくせに諦めるのが下手くそで、自分の気持ちの始末の一つできやしない」
あと一歩近づこうと思うのにローテーブルが邪魔をして、カーヴェはそのままではアルハイゼンに近づけない。ほんの少しだけある、アルハイゼンの壁にも似ていると思う。その気になれば簡単に乗り越えられるし彼も拒まないだろうそれを理由に、カーヴェはこの一歩を踏み出さないでいることもできたのだ。
たとえば、いつかまた経済的に自立できる日を迎えて、この家から離れて共通の友人に誘われた時にだけ顔を合わせる関係になることだってできた。カーヴェがそう望むなら、そうできるようにアルハイゼンはしてくれていた。
いつになるのかも分からないもしもの話をしなくとも、きっとカーヴェが今帰らなければ二度と一人でこの家に足を踏み入れることはなかっただろう。カーヴェの思いに左右されない完結した愛情は、一方的で独善的だと謗ることだってできるはずだ。それでも彼の中にあり、カーヴェに与えられるそれがカーヴェには酷く美しいものに思えてならなかった。
身を屈めて靴を脱ぐと、カーヴェはカウチに腰を下す。下手にスカートを捲れさせて下着を晒さないように気をつけて横座りで足を流して、アルハイゼンが片足をカウチに上げてカーヴェと向き合ってくれるのを待った。
「三回もそんな目に会いたくないって言ってるんだ」
威勢を張ったつもりの声が少し震えた。カーヴェの中にある恐怖に、アルハイゼンが気づかなければ良いと思ってしまう。けれど、伝えなければならないはずなのだ。その恐怖をもってなお、カーヴェはアルハイゼンを望むのだと。
「僕は君が好きだ。だから、僕はここにいたい」
もしかしたら、信じてもらえないかもしれないけど、と堪え切れずにカーヴェは続けた。アルハイゼンはきっと、カーヴェが他者からの愛情を恐れているのと知っている。青春時代などとうに過ぎて、心の成長などそう見込めない年頃になってしまってもなお、一向に改善が見られない悲惨な状況であることも。
「俺と再び暮らし始めて、君の中で折り合いがつかなくなったら?」
直接ではなかったものの、アルハイゼンはカーヴェの恐れを知っていると肯定した。探る眼差しを隠さないアルハイゼンの瞳に気圧されそうになりながらも、目を背けるわけにはいかないと思う。この程度の事でたじろいでいては、遠からず彼が案じた通りの結末を迎えてしまうだろう。
「その時はお別れさせてくれ」
「随分と簡単に言ってくれる」
「言うさ。だって君の好きってそういうものでもあるだろう」
わがままで傲慢な言葉を受けて、アルハイゼンの瞳孔が少し縮まったのが分かる。そこに不快感が混ざっていないのは明白で、答え合わせをしてもらったような気持ちになった。彼の愛情に生かされていたなんてさすがに言うつもりはないけれど、ずっとずっとアルハイゼンの思いはカーヴェの側にあったのだ。
「ようやく分かったんだ。君がどうやって僕を愛してくれているのか。僕がどこにいてもいいと思っているなら、君の側にいさせてくれないか」
アルハイゼンはカーヴェの願いに応えない。ただ、彼の眼がカーヴェを探っているのは明確で、沈黙を拒否と捉えるのは早計であるのが分かる。
「君といたらきっと僕はたくさん傷つくと思う。でも、それでいいと思うんだ」
認めたくはないが、今だってアルハイゼンの気持ちはカーヴェにとって恐怖の対象でもある。途方もない彼の愛情を自分などが受けて良いのかと、気を抜くとすぐに尻込みをしてしまいそうなのだ。
アルハイゼンが誰を愛するのかを決めるのは自分ではなく、彼自身である。そう自分に言い聞かせて、カーヴェはアルハイゼンに己の選択を伝えていく。
「
……
俺は君の助力を得ようとは思ってはいない」
ましてや、君が無闇に傷つく方法でなど。カーヴェの意図をじっくりと噛み砕いてから、アルハイゼンは言葉を慎重に選んだらしかった。きっと彼の言葉は本心ではあるのだろう。見返りを求めない愛情の受け止め方の分からないカーヴェを怖がらせてまで、アルハイゼンは自分の思いを伝えるつもりなど毛頭なかったのだ。思い人が自身の好意のせいで弱ってしまうのが彼の本意ではないと、カーヴェはもう知ってしまっている。
「まさか! そんな顔をしておいて、そんな意見が通ると思っているのか?」
思わずカーヴェが吹き出してしまったのは、同時に彼がカーヴェに傷ついてほしいと願っているのが手に取るように分かったからだ。二つの願望をいっぺんに抱えて、アルハイゼンはカーヴェの前で途方に暮れてしまっているらしい。この男がまさか、ただの色恋をどう処理していいかも分からずに立ち竦んでしまうなんて。
ようやく彼がカーヴェを自身の旧家に追いやった理由が分かった気がして、今度は苦笑してしまう。その笑みが引ききらないうちに、カーヴェはアルハイゼンの頬に人差し指の腹を押し当てた。
アルハイゼンがカーヴェを止めようとしないのを確かめてから、手のひらで頬を覆うと髪と同じ目立たない色の髭がちくりと刺してくる。徹夜する理由もないのだし、きっと誰に会うわけでもないからと朝の身だしなみを怠ったのだろう。
親指の腹で撫でれば擽るように指紋を弾かれて、自然とあの夜明けのことを思い出す。その時の彼はこんな弱った顔はしていなかったけれど。
「ねえ、アルハイゼン。僕の答えが怖かった? どうしていいかも分からなかった?」
だから、僕を遠ざけたところもあるんじゃないか。そう、優しく柔らかく、かつて彼女が学帽を被って自身の隣にいた頃に似た口調でカーヴェはアルハイゼンに問いかけた。いつまでもその存在はアルハイゼンの記憶に残っていたくせに、真っ先に意識の中で再現できなくなった声音が神経を震わせて思考を痺れさせる。
ずっと聞きたかったと考えてから、アルハイゼンは正確ではない発想を丁寧に否定した。彼女が望む心のままでいられるなら、どんな調子で彼女が話していたとしてもアルハイゼンは構わなかったのだ。それが酷く穏やかに響くものであっても、子供っぽい罵声に似つかわしいものであったとしても。
彼女の問いを肯定するのが癪で、アルハイゼンは一度口を噤む。けれど、代わりにそっと頭を下げてカーヴェの手のひらに重みを預けてしまったので、彼女はきっと言外の肯定と受け取っただろう。
怖かったのかもしれない。そう、はっきりしない感情をアルハイゼンは一旦名前をつけて仮定してみる。彼女との関係が破綻したことに全く後悔がなかったかと言えば、さすがに嘘になるだろう。けれど、あの時のアルハイゼンはカーヴェにああやって働きかけるしかなかったし、そうしなければ自分に彼女を変えられないと知ることもなかったのだ。
その果実として、自分達が迎えた結末をアルハイゼンは受け入れる責任があっただけの話である。カーヴェからの拒絶を受け入れて、アルハイゼンは彼女にまつわる全てを諦めたつもりだった。どうやっても変わらない彼女がどこかで傷を負いながらも、いつか彼女の抱く理想のひとかけらでも体現できればそれでいい。
そうやって、アルハイゼンは彼女を手放したはずだった。だというのに、カーヴェは再びアルハイゼンの前に姿を現してしまった。アルハイゼンの想定を軽々と飛び越える満身創痍の有様で、カーヴェは自身の窮状をとうとうとアルハイゼンに零した。
財を投げ打っただけに留まらず、彼女が心身をも犠牲にしたのは想像に難くなかった。果たしてその代償の結果、彼女が思い描く理想をそっくりそのまま現実に引き込めたかと言えば答えは否である。
それでも今なお、彼女は理想の光を絶やそうとはしない。それがたしかにどこかにあって、人はそれに触れる術があると彼女はずっと信じている。
結局後始末がすまないままだった恋情が彼女の灯りの熱に煽られて、少しずつ温度を上げてついに再び火を灯すまでそう時間はかからなかった。この火を消せる者がいるとしたらカーヴェ以外にはありえないはずなのに、その張本人が火をくべてくるのだから始末に負えない。
長々と考え込んで、カーヴェが投げかけた問いは正しいと観念する形でアルハイゼンは心中でのみ肯定する。消えてしまった方がいいと知りながらも、火を落とす権能を唯一持つ彼女の答えがアルハイゼンはきっと怖かったのだ。彼女への思いは消せずにいる重荷ではなく、アルハイゼンを温める燈火であったから。
だから、どうして良いかも分からないまま、彼女と距離を置くしかなかった。だって、初めてだったのだ。家族以外の誰かを愛するのも、その人が到底一筋縄では行かないと知りながらこれっぽっちも諦められないのも。
カーヴェにまつわる出来事はいつもアルハイゼンにとって初めての事で、対応に腐心させられてばかりだった。その事実にちっとも気づいていない彼女を憎らしく思う事だってある。
彼女を弾くようにして自身に湧き上がる感情をどう彼女に示して良いかすら分からずに、アルハイゼンはずっと立ち尽くしている。甘く疼いて幸福で、それでいてほんの少し触れるのを躊躇うような、きっと彼女にとっては平凡な日常の中で。
カーヴェがアルハイゼンに恋情を示してくれた今でさえ、アルハイゼンを柔らかく締め付ける漠然とした不安を孕む恐怖と呼ぶべき感情は抜けきってはいない。それなのに、誰よりも彼女に近づきたいと思ってしまう。そうしてどうか、自分以外の誰かの手を取らないでほしい。
カーヴェの温かな手のひらに僅かに頬を摺り寄せても、彼女はアルハイゼンから逃れようとはしなかった。カーヴェが思いを告げた瞬間の微かに強張った声音を思い出しながら、これから自分が無数の傷をつける女だとアルハイゼンは確信する。
カーヴェが抱えている過去はおそらく克服されることはなく、生涯彼女を苛む類のものだ。それを端に発する他者からの純粋な厚意への忌避は頗る恋愛感情と相性が悪いと、彼女もアルハイゼンも承知している。きっとアルハイゼンが意図したものでなくとも、自身のその性質によってカーヴェが苦しむ事もあるだろう。
ただ、彼女はその痛みごとアルハイゼンを受け入れる決心をしただけに過ぎない。アルハイゼンから離れていたそう長くもない時間で、彼女に一体何があったのか。アルハイゼンがかつて暮らした家に、そう思わせる何かがあったのか。
憶測ができる程の情報をアルハイゼンは持ち合わせていなかったが、きっとアルハイゼンが知る必要もないことなのだろう。今は、カーヴェの決意に向き合う以上のことをアルハイゼンがする必要はどこにもない。ただ、彼女が傷つき続けると決めたように、アルハイゼンもカーヴェを傷つけ続ける覚悟を固めればいいのだ。
眼前にある彼女の体に手を伸ばして、緩い力で抱き寄せる。微かに息を呑む気配と共に途端に強張る体がアルハイゼンの力に抵抗を示した。それでも腕を緩めずにいると体の力を抜きたいのか、カーヴェが細く、深く息を吐き出す。少しずつではあるがアルハイゼンの腕の中にしっくり収まろうと、カーヴェの体が緩んでいった。
カーヴェの精神はきっとアルハイゼンの心を恐れている。それでも、彼女はアルハイゼンを受け入れると決めて、反抗する心身を呆れ果てる程の善性が灯る理性でもってねじ伏せようとしていた。
その姿が悲痛で眩く、何よりも愛おしい。
「
――
アルハイゼン」
顔を伏せていたカーヴェが精神を御しきったのか面を上げて、アルハイゼンの名を呼んだ。まるで、自分はうまくできただろうかと問うような響きに、思わず腕の力を強めてしまう。背中に押しつけられる腕の重みに一瞬強張りそうになった頬を、カーヴェは何とか緩めて見せた。
「君が好きだ」
そう、カーヴェは再びアルハイゼンに告げる。まっすぐアルハイゼンの瞳に視線を合わせながらも、やはり信じてくれとは言わなかった。自身の中にある真実のみをアルハイゼンに伝えて、残りの全てをアルハイゼンに委ねようとする。きっとずっと恐ろしいだろうに、それでも彼女はアルハイゼンから視線を反らそうとしなかった。
もう、手放せないかもしれない。彼女が言うようにまたこの手を手放すべき瞬間がきたとして、以前のようにうまくやれるかもうアルハイゼンには分からなかった。少なくとも、何があっても手放したくないと思ってしまう。
彼女の信頼を以前とは異なる形で裏切ってしまうかもしれない。それでも、としなやかな体を抱き込むようにアルハイゼンはカーヴェを引き寄せる。鼻先を押しつけた彼女の首筋からは、彼女特有のそれにアルハイゼンの旧家の気配が混じるどこか懐かしい匂いがした。
カーヴェ。やたら自分を構いたがる騒がしい先輩であり、輝ける星であり、挫折の象徴であり、理想に最も近い場所で足掻く人。面倒で煩わしくて、横柄な振る舞いだって平気でする愛しい女でもある。カーヴェにとってのアルハイゼンは一体どんな存在なのだろうか。前半はともかく後半は似たような感想なのかもしれないが。
彼女はアルハイゼンを愛していると言う。彼女の言葉を信じるのであれば、かつての共同研究よりも前から。有益かつ不毛な反駁を紙面越しに繰り返す間も、学びの庭を離れて生まれた完全な空白期間も、夜更けの酒場で出会った瞬間にも彼女の思いはアルハイゼンに向いていたことになる。
拳を振り上げかかるような論争からつまらない言い合いまで、数え切れないくらいの諍いを自分達は繰り返してきた。それでもアルハイゼンはカーヴェを愛していて、カーヴェもまたアルハイゼンを思っていたというのなら。きっとアルハイゼンが知らないだけで、ずっと彼女の愛情は自身の側にあったのだろう。
「カーヴェ」
アルハイゼンの呼び声は、いつもと同じようでいてどこか違うようにも思える。その呼びかけを受け取ったカーヴェは少し目を見張ったかと思うとすぐに緩めて、アルハイゼンにだけ聞こえる相槌で微かに神経を刺激した。これも彼女の愛情なのだとアルハイゼンは理解する。
今ここにある愛情は時に柔らかく、時にちくちくとアルハイゼンを刺しながらそこにあった。甘く穏やかでありながら、痺れるような鮮やかさを有する色彩。彼女が抱える愛情をアルハイゼンはやっと視界に捉えている。こんなにも眩くあるものをどうやって見過ごしていたのだろう。
「君に側にいてほしい」
気づいてしまってはもう今まで通りでは満足できなかった。いつか思いを確かめ合うだろう日の翌朝もどうしようもない諍いの後も、この人と同じ場所にいたいと思う。彼女が理想を求めてどこに足を運んでも、届かない輝きを前に蹲る事があったとしても、戻る場所はどこかなどではなくアルハイゼンの隣であってほしい。
そう、もっと早く紡ぐべきだったのだろう思いを愚鈍な男はようやく彼女に伝えたのだった。
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