しちろ
2024-02-14 16:09:54
21598文字
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真夏のロケット

Twitterまとめ。

男たちの晩夏

 空は快晴、湧きあがる白い雲。夏も終わろうとしている、とある日。
「なぜ貴様たちと海に来ている」
「それは俺のセリフだ」
 水着姿の瑠璃、エスカデ、ラルク。世界の英雄と呼ばれる赤い帽子……悲しいまでに女っ気がない。晩夏のマドラ海岸で、逞しき漢たちは海に向かって整列し、遅い青春を謳歌しようとしていた。
「エスカデ、いつもとあんまり変わらないね。っていうか、いつものスパッツだよねそれ」
「いつものではない。同デザインの水着仕様だ。貴様こそ、その頭巾を脱げ。暑苦しい」
「同デザインの水泳キャップです。帽子かぶってないと落ち着かないの、僕」
 日常からそれぞれ上半身と下半身、妙に布面積が小さい聖騎士と英雄少年。水着になっても大して印象が変わらない。なんならいさぎよくスパッツ一丁のエスカデなど、普段より数割増しで美男子に見えている。泳ぐには邪魔だからと高く結い上げたポニーテールが、潮風になびいてゆらゆら揺れていた。
 それはまあいいのだが、よくない二人が彼らの横に並んでいる。
……瑠璃とラルクは、なぜ、ふんどしを?」
 エスカデが海の向こうを眺めやりながら――正確には、なるべく隣を見ないようにしながら聞いた。複雑な彼の心情を表わすかのごとく、海風がざあっと吹いてくる。

 ふんどしだった。

 しゃがみ込む瑠璃は形よく引き締まった尻とケツのえくぼが丸見えで、両腕組んで立つラルクのふんどしははたはたと風になびいている。漢らしかった。二人とも実に漢らしかった。
 水平線を見つめ腕組みしながら、
「なにもおかしくはないだろう。俺の時代の水着と言えばこれだ」
 演歌と日本海の荒波が似合いそうなラルクが言えば、
「パールのセレクトだ。アイツ、長生きしているからか趣味が少々古風でな」
 平然と、ふざけたのろけ発言を瑠璃がする。
 少年やエスカデが着ている一般的な形状の水着は、妖精戦争後に開発されたものなのだ。
「あ、そうなんだ……さすが百二十年と御年×××××歳(自主規制)の重み」
「なるほどな……これも古の時代の証ということか」
 それ以上の追及はしなかった少年とエスカデだが、たぶんそれで正解だっただろう。ふんどし勢の布地に黒白真珠の刺繍が施されていたり、『姉さん我命也』と書いてあるのは気にしないことにした。どうでもいいが、瑠璃といいエスカデといい、せっかくの美丈夫たち・イイ男の集まりなのに、渚の女性たちは顔に青筋立てて遠巻きにしている。
「しかしお前、なぜこの面子を集めた。俺はてっきり何か起きたのかと思ったぞ」
「ドラゴンが復活したり、なにやら滅亡しかかったり、悪魔が世界を破滅させようとしたりとかな」
「あのね、人を何だと思ってるのさ。僕にだって平和な時間くらいあるんだよ」
 三人を招集したのは、何かというと事件の渦中にいる少年である。ゆえにここに来るまで、エスカデやラルクは彼の手に余る緊急事態が起きたか強敵でも現れたのかと思ったらしい。
 そもそも僕だって好きで集めたわけじゃない、と少年は頬を膨らませた。
「僕だってねえ、誘いたい女の子くらいいるんだよ? 水着ではしゃいだり、一緒に海を眺めたり、いいムードになったりしたかったの! もしもを考えて、近くの宿だって調べてあったの」
「さすが先を見据えるアーティファクト使い。世界のイメージのみならず、女相手のイメージ(幻覚)も激しいようだ。脳内彼女とどこまで進んだ」
「キモオタかヤク中みたいな言い方止めてくれるかな。あの子、この世にちゃんといるし」
 ねえ、瑠璃。少年がしゃがみ込んでいる瑠璃に水を向けると、瑠璃はきょとんとした顔で彼を見上げた。
「せっかくの海だ。真珠とパールに土産でも持って帰ってやろうと思ってな……真珠姫ならこの貝殻とか喜びそうだな。アンタら、どう思う?」

 殺す……

 悲しき独り身たちの殺意が、たった一人のリア充へと集中した。瑠璃が拾っているのが可愛い桜貝とか形の良い巻貝なのも非常にむかつく。
「エスカデもラルクも、アンタらさっきからうるさいぞ。ほかに客もいるんだ、もう少し静かにしろ」
「貴様に言われたくはないな……瑠璃……
 エスカデの言う通り、どこに行っても血の気が多くて一番うるさいのは、たいてい瑠璃だ。しかし彼女持ちの余裕を見せている今は、寂しき漢たちの最先端を突き進んでいる。
「瑠璃。僕に、海に誘うような相手が本当にいるのかって話してるとこなんだけど」
 エスカデたちに誤解されたままではいたくない。むすっとした顔のまま、少年が瑠璃に言った。三人のうち唯一、彼女と面識のあるのが瑠璃なのだった。
 しばらく記憶を思いめぐらせていた瑠璃は、ああと思い当たった。
「あの女か。いるな。たしかに」
「でしょ?」
 少年の顔がぱっと輝いた。清らかで可愛いあの子は、自分の妄想彼女などでは断じてない。
「たまにアンタと冒険に行ってるやつだろ? 泊まりは? そろそろ部屋は同室にできたか?」
「まだ」
「キスは」
「まだ」
「手をつないですらいないなんてことは、まさかないよな」
……まだです」
 瑠璃エスカデラルクが円陣を組み、ひそひそと内緒話を始めた。やーね奥様、やっぱりあの子、妄想と幻覚がひどくって……
「君たちひどいよ! だからまずはデートに誘いたかったのに! 一緒にご飯も食べたかったし、できれば手もつなごうと思ったんだ!」
「誘えばよかっただろ」
「誘うつもりだったよ! 会いに行ったよ! でも……

『あら、こんにちは。今日はどうしたの? そんな緊張した顔して、なにかあった?』

「彼女、純粋で可愛すぎて! いろんな水着姿やらラッキースケベやら、ホテルでのあらぬ妄想しまくってた自分がとてつもなく恥ずかしくなっちゃったんです! 女神様ごめんなさい、僕は汚れているんです……!」
「それですごすご引き下がってきたわけか。愚か者め」
 少年がしゅんとしおれて涙目になった。瑠璃やラルクはまだしも、エスカデに言われるとキツイ。
「お前、その調子じゃ一生、女できんぞ」
「僕もそう思ってます……
 ああ、マナの女神様。お助けください。僕は英雄にはなれても、たったひとりの彼女の作り方がわかりません。
「そういえば瑠璃。お前、人のことばかり言うが、真珠姫たちと泊まりは?」
 ラルクが尋ねると、瑠璃はそっと目を逸らした。真珠の刺繍はご丁寧にも光る糸で縫われており、日光を浴びてキラキラと照り輝いていた。
……まだだ」
「キスは」
「まだだ」
「手は、さすがに……
「つないでる」
……だよな」
 この裏切り者め……と言わんばかりに、帽子の少年とエスカデが溜息を吐き、あるいは舌打ちした。瑠璃と真珠姫は騎士と姫だ。普通に考えて、手を取り引くぐらいのことはしているだろう。
「いや待て」
 ずずいと進み出たのは、さらに追及をしようとするラルクだ。
 ラルクは瑠璃の前で膝をつき、彼の指に自分の指を絡めた。指一本一本を密着するように絡み合わせる、俗に言う恋人つなぎというやつである。
「瑠璃、これはどうだ」
 はっとなって顔を上げた瑠璃。濃密な空気が漂う。見つめ合う珠魅と獣人……。はためくふんどしとふんどし。
 呆けたようになっていた瑠璃は、突如くっと目頭を押さえた。目頭に何やら光るものが見えたことに気づき、少年とエスカデは顔を見合わせる。続けて瑠璃へ向けられた顔には、一様に、慈愛に満ちた温かな笑顔が浮かんでいた。
「ようこそ瑠璃、僕たちの世界へ……
 涙石が砂浜に吸い込まれることなく、地面に落ちる。漢たちの心は今、一つになった。
「泣くな、瑠璃。俺たちがいるだろう……?」
「せっかくの海だよ、遊ぼうぜ。遊ぶので足りなければ、好きなだけカニも踏めるよ……
「ああ、今日はいつまででも付き合うぜ……!」
「くそ、オマエらってやつは……!」
 肩を抱き、慰め合う漢たち。ドン引きするギャラリーなどもはや目には入らない。
 かくして四人の戦士たちは仲良く泳ぎ水をかけ合い、夕陽を追いかけて走り、焚火を見つめて語らい、いつまでもいつまでも友情を深め合ったのだった……