しちろ
2024-02-14 16:09:54
21598文字
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真夏のロケット

Twitterまとめ。


さよなら、またいつか

 マナの聖域が開かれ、数十年が過ぎた。
 瑠璃が、大樹のふもとの古い英雄が、臥せったらしいと聞いたのはつい先日だ。話を知った瑠璃は当代の玉石姫にすぐ事情を話し、友人の元へ駆けつけた。
「おい、大丈夫か? 見舞いに来たんだが」
「やあ、瑠璃。今日は、仕事はいいの?」
「オマエなぁ、それどころじゃないだろ。アンタが怪我したって聞いて、真珠もパールも気が気じゃないって顔してたぜ」
「そっか、それは申し訳ない。生きてます、この通り」
 シャイロは、確かにベッドで横になってはいたが意外と元気そうで、瑠璃はほっと胸をなでおろした。
「一人じゃ、起き上がるのも大変でさ。ちょっと手伝ってくれる?」 
 少し身動きしただけで、腰だの背中だの痛むらしい。寝台に肘をついた友人を、瑠璃が背に手を添えて手伝った。支える瑠璃の掌に、浮いた背骨の感触があった。
「アンタ、痩せたな」
「そうかな? けっこう食べてるつもりなんだけどな」
 片手をベッドについたまま、やっとのことで寝台に腰かけて、やれやれと息を吐く。瑠璃は見舞いの品を脇に置き、椅子を引き寄せて腰かけた。
「ドミナにでかい魔物が出たって? アンタ、もう若くないんだから、一人で無理しないでオレを呼べよ」
「瑠璃、僕のことそうやって年寄り扱いするんだもんなぁ。僕のほうが年下なんだよ、一応」
「いやその、そういうつもりじゃないんだが……
「あはは、大丈夫。分かってる、分かってる。心配してきてくれたんだろ。ありがとう」
 でも、たしかに年寄りの冷や水でしたとシャイロは首をすくめた。こんな彼も一般客に対しては年齢や立場相応の態度をとっているらしいのだが、瑠璃や親しい仲間の前では昔の彼のままだ。
「久々に戦ったもんだから、がんばりすぎちゃったね。あちこち痛めちゃってさ。魔物が出たって時点で、すぐにバドや君に任せればよかったよ」
 シャイロはそう言うが、弟子たちはとうにこの家を巣立ったし、瑠璃は離れた町に住んでいる。シャイロがすぐに駆け付けなければ、死傷者が出ていたかもしれない。ただ、町を救う代償に、彼は自由に動く身体を失った。
「そう落ち込むな、お前らしくもない。訓練次第でまた歩けるようになるさ」
「うん……そうだと、いいんだけどね」
「なんだ、アンタにしちゃ弱気じゃないか。バドとコロナもそろそろ来る頃だろう? せめて元気になるまで、二人に甘えちゃどうだ」
「いやだよ、僕の世話なんかで弟子に迷惑かけたくない」
 相変わらず変に頑固な友人だ。瑠璃は明後日を見て溜息をついた。今の師匠の様子を見れば、弟子のほうが放っておかないのではないだろうか。
「シャイロ……オマエ、本当に言うこと年寄りくさくなったな」
「うるさいよ。ジジイなんだよ、見てわかるだろ」
 少しだけ不貞腐れたシャイロは、それからかすかに、困ったような笑みを浮かべた。
……僕、もう、そこまで時間ないみたい。感じるんだよね」
 瑠璃の肩がピクリと震え、彼は弾かれたように顔を上げた。
 よほどの表情をしていたのか、シャイロはそんな瑠璃を見てますます笑った。
「瑠璃、そんな顔するなよ。僕は十分生きた。弟子たちは立派にひとり立ちしたし、後を託せる仲間がたくさんいる。サボテン君にも、いつの間にかたくさん子どもができてたし……。煌めきの都市だって、今は真珠姫と君が玉石の姫と騎士だしね。……あーあ、これじゃあ奈落には行けそうもないなあ。こうなってみると、この世に未練のひとつくらい、残しておいてもよかったかな。そうしたらもしかしたら、奈落にいるラルクや先立った友達に会えたかも」
 どこか楽しげな、すこしさみしそうなシャイロの声を、瑠璃はただ俯いて聞いていた。
「あのさぁ瑠璃」シャイロが無言の友人へ呼びかける。「今の僕には、涙石は効果はないよ?」
……わかっている」
 言いながらも、瑠璃は顔を上げない。
 シャイロは無理には言わず、窓の外に目をやった。彼の視線の先には、彼がまだ少年だったころ、たどり着いたマナの樹がある。
「マナに生まれ変わりってあるのかわからないけど……あるのかな? 書斎の本には『ある』って書いてあったけど。もし僕が生まれかわったら、君たちの生きている間にかならず会いに行くよ。もし人間でなくても、どんな姿になってもきっとまた会おう。……でも、もう少しだけは僕のままだから、今日はたくさん話をしよう。昔の思い出話とか、旅のこととか、僕の知らない君たちの話もさ」
 だから……だから、瑠璃。
 シャイロは枯れた腕を伸ばし、うなずくだけの瑠璃の背をさすってやった。
「だからさ……そんなに、泣くなよ」