しちろ
2024-02-14 16:09:54
21598文字
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真夏のロケット

Twitterまとめ。

哀を背にして

 エスカデが湯気の立つ椀を渡してやると、年若い同行者はいかにも驚いたという風に目を丸くした。椀の中で、複数の具材がほかほかとおいしそうに煮えている。一見シンプルな野外料理だが、香辛料が複数加えられているらしい。香りたつ湯気が、鼻腔と空腹をいやというほど刺激した。
「意外」
 よもや、この聖騎士にこんな特技があるとは思いもしなかった。エスカデは少年が仕留めたラビを受け取ると、手際よくさばいて鍋に放り込み、あっという間にうまそうな料理に仕上げてしまったのだった。でも、考えてみればこの聖騎士、野生生活が長いのだからうまくて当たり前なのかな、などと少年は空で考える。
「自分じゃこうはいかないや。やはり持つべきものは、料理上手の仲間……うん、いいお味ですこと」
 素直な賞賛にも、いいから黙って食えとエスカデはつれない。褒めがいのない奴だなぁとぼやいて、少年はスプーンを口に運んだ。不愛想なエスカデは相変わらずにこりともしない。しないが、コイツの作る飯はやはり美味い。悔しい。しかも、背も自分よりずっと高いしガタイいいし。……なんだか、考えたら悲しくなってきた。
「人にばかり頼らず、貴様も料理のひとつくらい覚えたらどうだ。どうせ家では弟子に任せきりなのだろう。旅先でだって不便ではないのか」
「なんだよ、そこまでひどくないっての。でもそうだなぁ、あんまりバドとコロナに甘えるのもよくないな。もう少し練習するかなぁ」
 弟子の顔を思い浮かべながら残りの具をかっ込み、スープを一気にすすった。
 そこそこ早食いの自覚がある少年だが、見ればすでにエスカデは、自分の椀を綺麗に平らげた後だった。いつの間に食べ終わっているんだ、このスパッツ。
……なあ、エスカデ」
「なんだ」
「ちょっとだけ、試しにちょっとだけなんだけど、聞いてくれる?」
「だから何だと言っている。内容次第では聞いてやるから、さっさと言え」
 だが、少年は自分から言い出しておいて、なかなか続きを言わない。エスカデが黙っていると、彼はしばらくもじもじと椀をもてあそんでから、ようやく口を開いた。
……あのさ。もしもの話、だけど。自分がやっていることが絶対間違っているってわかっているけれど、どうしてもやらなきゃいけないことがあったとしたら……エスカデはどうする?」
「間違っている?」
「そうだなあ。例えて言うなら、世界の秩序が乱れるくらい? ……例えばの話だよ。例えば。そんな怖い顔するなって」
 エスカデの空気が変わったのを察して、少年が片手で制した。ただでさえ強面なのに、それが険を含むとけっこう怖い。
 エスカデは気だるげに息を吐くと、長い髪をかきあげた。
……貴様が何を言いたいのかは知らんが」
……
「もっとも考えるべきなのは、やるべきことの先に何を見据えるか、自分が何を信じるか、何を為すつもりなのかだろう。たとえ他の者から見て間違っていたとしても、その先にあるものに価値を見出すならば、俺は迷わず踏み出すだろう。たとえ誰を斬ることになろうとも、他の何者を敵に回したとしてもな」
「価値がなければ?」
「誤った自分を地に落とすまでだ」
 極端だなぁと、少年は困り顔で苦笑した。それから笑みを少し陰りのあるモノに変えて、視線を空の椀に落とした。
……そうか、エスカデならそう言うよな。うん」
 いつになくやるせなく呟いて、少年は手にしたままの椀を脇に置いた。
「変なこと聞いて悪かった。聞いてくれてありがとな。……洗い物はやるよ、休んでて」
 食器を渡せと手を差し出すが、エスカデはすぐには渡さなかった。
 彼が鷹のような眼差しで見ていたのは、悪魔を奈落へ落としたソルブレイド。
……もし、万が一」
「ん?」
「万が一、貴様が世界の敵になるようなことがあれば、そのときは、俺が貴様をきっちり奈落へ送り届けてやるさ。世を脅かす悪を葬るのが、聖騎士である俺の使命だからだ。だから、まあ……安心しろ。貴様が何をそんなに思い詰めているか、何を強いられているかは、俺は知らんがな」
「はは、そっか。そっか……うん」
 物騒な内容に反して、エスカデの声音はいつもよりほんの少しだけ優しく聞こえた。
 じゃあ、もしその万が一があったらよろしくと、少年は笑ってみせた。