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まよこ
2024-10-10 18:02:32
7045文字
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神田
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怪談
昭和初期の極道神田の語る怪談七話
登場人物: 神田。昭和初期の極道
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三話
一番古い記憶は何か、覚えてるか?俺が覚えてンのは、真夜中の海の上。足場は不安定に揺れている。聞こえるのは、船にあたり跳ねる水の音。鼻につく生臭い潮の匂い。見上げた先に立っている人影。月ってのは思うよりずっと明るい。照らされたそいつの顔は、今でもはっきり思い出せる。
押された軽い衝撃で簡単に平衡を崩す。冷たい水に沈み、重くなる身体に芯から冷えていく。もがく手はどこにも縋れずに落ちていく。俺を突きとばした父親の晴れがましい顔を、水面の下から見ていた。
そんな夢じみた記憶が視点や服の柄だの多少の差異はあれど、いくつかあったんだが俺の田舎は山ん中で、海というものを生まれてこの方見たことがなかった。夢かはたまた実際にあったことなのかはわからない。その件について、親に訪ねたことはなかった。というより、俺は数年はしゃべらない子供だった。どういう心情だったかは覚えちゃいねえが。
両親はずいぶん持て余していたな。顔のいい親父とお袋だったが、それだけでちやほやとされて可愛がられて食っていってるようなやつらだった。自分たちを中心にした理想の中に生きて、思うようにならないことに我慢がならない性質のようだった。俺が邪魔だったんだろ。俺が、というより子供が、なんだろうが。どっちの親かはわからねえが婆さんも一緒に暮らしていた。俺はだいたいその婆さんに育てられたようなもんだ。いつもどこか心配げに諦めた、皺だらけの顔に埋まった小さな目を俺に向けていた。
ある日のことだ。普段自分の子供を見もしねえ親父が珍しく俺を外に誘った。見たことのないものを見せてあげようと、優しい声で手を取る。言っておいでとお袋も笑顔で促した。
婆さんの諦めた瞳が下を向いた。
そうして、引きずられるように手を引かれ歩き続けた。すっかり日の落ちた夜道に生臭いべたついた風が吹いている。どこに行くのかと見上げた視線で訴えると、海だよ、と薄い笑顔を見せて答える。
海。聞いたことがある。見たことも。それは覚えのない記憶につながる光景。見たことないものなんかじゃなかったな。落胆とも呆れともつかない諦観でついていけば、はたしてそれはあった。どこまでも見渡す限りにたたえる水を眺めている間に、親父は手漕ぎの船を一艘出してきて俺を乗せて海へと漕ぎ出した。
不安定な足場。船を打つ波の音。髪にベタつく潮の匂い。揺られながら、月の光も進んでいけないほどの暗い海の底を覗く。しばらくすると船の動きが止まった。岸は見えなかった。
夜ってのは思うよりずっと明るい。月のでてる晩は、特に。
それはよく知っていた。
親父は知らないようだから教えてやることにした。
月明かりの下でよく見える、あんたのその、ようやっと重い荷物をおろせるような浮足立った顔に向けて声をかける。
「こんな晩だったな」
あんたが俺を捨てたのは。こちらに伸ばされた手が震えて止まるのをみた。
どうやって帰り着いたかは今ひとつ覚えてはいない。あれ以来、両親は余計俺のことを居ないものとしてあつかった。あとから婆さんから聞いた話だ。俺の上には何人か兄弟がいたんだと。けれどそれほど大きくなる前に皆居なくなっていったんだそうだ。育てる気もなくぽんぽん生んでよ。邪魔になったら放り出してたんだろ。
海の中に。
これが俺の一番古い記憶。
生まれる前の、それも自分が殺された記憶なんてそうそう忘れられるわけがねえ。
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