mishiadd
2024-10-06 15:49:29
25632文字
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インプリンティング・ラヴァーズ

生前の伊織くんが死ぬ程好きだったけど伊織くんの意思を尊重して最後まで友情を貫いたヤマトタケルが記憶のないカルデアの伊織くんに「私たちは恋人同士だったんだよ」って嘘ついて始まる一度はやらなきゃならんやつ。いつもの感じの(ろくでもない)剣伊。ハッピーエンドです。


九、

――いつも、伊織の後姿を追っていたように思う。

思えばいつも、セイバーの目線は伊織を追ってばかりいた。伊織の目は、いつもどこか遠くを見ていて――それは、敵や怪異が潜んでいるかもしれない周囲を警戒してのことであったのかもしれないし、あるいは、ここではないどこか遠くに想いを馳せていたのかもしれないし――そして、セイバーは今ここにいる以上、彼の視界の中にセイバーは居なかった。

それでもセイバーは、伊織のなにげない独り言のような一言にすらいちいち一喜一憂し、彼の思考回路や言動や剣術すら一生懸命真似をしてみたりして、サーヴァントというよりは年の離れた弟が憧れの兄の後ろをついて回るように――そして、伊織の姿を盗み見ては、いつか来たる別れを思って忘れた筈の涙すらも零したりした。

――伊織は、本人のいないところでセイバーのことを「自由に空を舞う白鳥」などと嘯いたりしていたらしいけれど。



であるならば、きっとその白鳥は、卵から孵ったばかりの雛だったのだろう。――生まれ変わった目に映るすべてのものが眩く新しく。






その瞳に初めて映した優しい人を、己のすべてと決めたのだ。










ちゅ、ちゅ、と愛らしいような濡れたリップ音が長屋の中でひっきりなしに響いていた。
これは「恋人同士がするもの」――とタケルに教え込まれた伊織が、ふたりきりになると決まってせがむようになった。伊織が壁に背を預けたのか、タケルが彼を壁際に追い詰めたのかももはや知れない。酸欠で体に力の入らなくなった伊織の体の上にタケルが乗り上がり、熟れた果実のように赤く腫れている唇に吸いついていた。
伊織の筋張った大きな手がタケルの肩にかかる。さすがに押し返されるのかと思えばそうではなく、酸素を求めて縋るように引き寄せられる。――呼吸がしたいのならば逆効果である、ということにも頭が回らなくなっているらしい伊織の仕草に、とっくに麻痺しているタケルの脳髄がびりびりと痺れた。

ぴちゃ、と濡れた音を立ててタケルが唇を離す。どちらのものとも知れない唾液が透明な糸を引いて、そしてぷつんと途切れた。

濡れた口許を拭うこともせず、伊織が肩で息をしている。常ならば冷えたように白い筈の瞼にじんわりと赤みが差しているのを見て、タケルが衝動的に再び伊織に手を伸ばした。その手を取り、伊織が指を絡める。きゅ、と手のひらごと掴んで引き寄せて、タケルを胸元に抱きかかえた。タケルのつむじに顎を乗せ、ふ、と小さく息を吐く。
ていよく動きを制限されたタケルが、ぼうっと痺れた思考のまま、そのまま大人しく抱きかかえられている。

「は、――あ」

ゆっくりと呼吸を整えながら、伊織が改めてタケルを抱き寄せた。つむじに軽く口づけを落とし、それからそっとタケルの体を起こしてやる。のぼせたように顔のほてっているタケルをうっとりとした瞳で捉えて、掠れた甘い声で言った。

「少し休めば――また、できる。……から、待て」
……

ぼんやりとした頭が少しずつ冷えてくるのをタケルは自覚する。――やがて、唐突に追いつかれる

伊織の体を押しやり、乗り上げていた彼の体の上から慌てて立ち上がる。乱れていた白妙を乱暴に手で払って伸ばしながら、苛立ちまぎれに自分の頭をぐしゃぐしゃと立てた爪で掻きむしった。頭皮に感じる鋭い痛みに、酩酊したようにぼんやりしていた思考がはっきりするのを感じる。――はっきりすればするほど、自覚する。自分がどれほど最低なことをしているか

タケルの急変に、「?」と不思議そうな顔をしている伊織はしかし、特に傷ついているわけでも腹を立てているわけでもないようだった。
ただ、不可解な態度をとる『恋人』を、じんわりと赤みの差したままの眦で――弾む呼吸のままで――乱れた着物のままで、きょとんとして見ている。――その、あまりにも無垢な表情に、タケルの胸中が黒く澱む。

――きみ、は――

その眼差しを直視できず、タケルが体ごと目を背ける。伊織に背を向けたまま、タケルがぼそりと尋ねた。

「なぜ、私にせがむ? ――きみは、これが好きなのか」
「? ――なぜ、って」

なぜそんなことを訊くのだ、と訝しむように――当たり前のことのように、伊織が答える。

「これが、『恋人同士がすること』なのだろう? ――ならば、これはそういうものなのだろうから」

タケルが振り向く。伊織の、タケルに吸われて赤く熟れた唇が、柔らかい笑みを浮かべる。息があがって赤みの差した目許が、嬉しそうに細められる。

「おまえが全部教えてくれたから。俺はなにも覚えていないが――おまえが、ちゃんと全部教えてくれたから。
だから、俺はおまえの『恋人』に戻れる。きちんと、おまえの『恋人』の続きを――かつてそうだった俺の続きを、やることができる。おまえのおかげだよ、セイバー」

伊織が、じっとタケルを見る。――かつての伊織はそうするのが好きだった」、とタケルに教えられた通り

――好きだよ、セイバー。俺は、おまえが好きだ」

伊織が、タケルに向かって両手を広げて伸ばす。――その、うっとりとした、はにかんだような、かつて見たこともないような、可憐な花のような表情に。






想い人いおりを裏切り、彼が教えてくれた善為す者なりたいじぶん』を裏切り、そしてあの頃の自分セイバーを裏切ったのだということを痛い程に噛みしめながら――






タケルは、己の育て上げた末に結実したものを、強く、強く抱き締めた。