mishiadd
2024-10-06 15:49:29
25632文字
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インプリンティング・ラヴァーズ

生前の伊織くんが死ぬ程好きだったけど伊織くんの意思を尊重して最後まで友情を貫いたヤマトタケルが記憶のないカルデアの伊織くんに「私たちは恋人同士だったんだよ」って嘘ついて始まる一度はやらなきゃならんやつ。いつもの感じの(ろくでもない)剣伊。ハッピーエンドです。


八、

伊織は覚えがいい

事実無根の嘘を根拠に再構築した『恋仲』にあって、伊織の方はといえば、ゆっくりと――『恋人としての自覚』が、芽生えてきているようだった。

カルデアにおいて、「宮本伊織の周囲を常にちょこまかしているヤマトタケル」という図が定着していたところ、それが少しずつ変化してきていた。
今までであれば、例えば食堂に行ったとしても「伊織が席に着いた隣に勝手についてきたタケルが座る」という順番であったが、この頃では、タケルの座ったすぐ隣に伊織が好き好んで着席していたり――あるいは、タケルの席をあらかじめ伊織が確保しておいてやり、遅れてやってきたタケルのために椅子を引いてやるなどもしていた。

それは、ほんの僅かな――部屋に焚かれた香が着物に移ったその残り香のような、ほんの僅かな変化だった。
殆どの者は気が付かなかったし、気が付いた者もあまり深くは考えず、ただ微笑ましく「ああ、あの宮本伊織もついに折れたのか」などと目を細めて見守っていた。



――けれど、それは所詮は残り香であったからして。



食堂からふたりで長屋に戻り、引き戸を閉めた瞬間に――ぶわりと立ち籠める、その芳醇な香







畳の上に寝そべりながら、伊織がタケルをじっと見上げている。
タケルはといえば、姿勢を正してその場に座し――なんとなく、伊織の視線を避けるように、やや顔を背けている。

そのタケルの膝の上に、伊織がぽんと手を置く。その重みにぴくりとタケルが反応しながらも、そうと気取られないように改めて背筋を伸ばした。

……セイバー」

一体どこで覚えてきたのか、甘く掠れたような声で囁く。

「こっちに来ないのか……?」
……とは?」
「昔は、俺とおまえは『いつもくっついていた』と言ったのに。……こちらに来て、一緒に寝よう」

気だるげに言い、しどけない仕草で両手を伸ばしてタケルを誘う。うっとりと、濃い睫毛の重い瞼を瞬かせ、夢見るように透き通った月夜の瞳でタケルを見る。身じろぎをした拍子に伊織の襟元が弛み、白い鎖骨がちらりと覗いた。

その光景に、くらくらと――脳髄の奥が痺れるのをタケルは感じる。思考が鈍り、ただ衝動的に、誘われるままにその白い腕を掴んで引き寄せようとしてしまう。

――のを、すんでのところで思い留まる。

からからに乾いた喉を咳払いしてから、タケルは叱りつけるように言った。

「イオリ。――私ときみとは恋人同士だったのだ。『一緒に寝よう』などと軽々に誘うものではない。……きみは、きみが意図したものとは違うものに、私を誘っている」
……ふうん……?」

ころん、と畳の上で身を転がして、伊織がタケルの正面に回り込む。自分の膝を一心に見下ろしていたタケルの顔を、真下から覗き込むかたちになる。
不意を突かれたタケルが思わず目を瞠ったが、もはや目を逸らすこともできない。――どこか遠くを見るような、夢見るような月夜の双眸が彼を見ている。あえかな呼吸を繰り返しながら、じっと、タケルだけを見ている。長い睫毛が瞬いて、どこまでも続く夜空を閉じ込めた硝子玉のような瞳が、タケルだけを、映している。

「なら――おまえに、教えてほしい」

タケルの奥底のすらも、すべてを見透かすような瞳で――見透かした上で、すべてを理解った上で、誘うように――

伊織が、タケルの顎に手を伸ばす。丹念に手入れされた爪の先でいたずらっぽく擽り、やがてその指先が、そっとタケルの唇を掠めた。

「俺がおまえを何に誘っているのか、おまえに教えてほしい。――どうすればいいのか、俺にはわからないから」
――っきみ……

タケルの脳髄が痺れる。――融ける。何もかもがわからなくなって、ただ衝動のまま、ただ誘われるまま――きっと、ひどい後悔に襲われることを頭の片隅で思いながらも、まるで上等の酒に酔ったように、思考と情動が分離していた。

くらくらと――伊織のに酔ったまま、タケルの目が、伊織の唇に惹き寄せられる。うっすらと半開きになった、色素の薄い、しかし白い歯の奥に果実のような赤みを覗かせるその唇。
その唇を、ゆっくりと食んだ。互いの上下が逆さになったまま、伊織の下唇を軽く歯で挟んで、上唇を舐めるように愛撫する。ふ、と伊織が鼻にかかった吐息を漏らしたのが聞こえる。
そっと唇を離すと、たった今タケルが吸ったばかりの伊織の濡れた唇が、ほんのりと赤みを帯びているのが見えた。

その自身の唇を、伊織がちろりと赤い舌先で舐めとる。気だるげに体を弛緩させたまま、透き通った瞳で頭上のタケルを見上げた。

――俺とおまえとは、こうしていた……?」
……――

タケルは答えなかった。まだ痺れている脳裏の片隅で、生前の伊織のことを思う。あの唇に触れることを夢想し、言い出すことすら叶わなかったかつての日々を、思う。

ゆっくりと、伊織が身を起こす。しっとりと、今だタケルと己の唾液で濡れたままの、タケルに吸われてじんわりと赤みを帯びた唇もそのままに――物言わぬ、物欲しげな月夜の瞳で、じっとタケルを見る。



――あの、かつての唇。夢の中で何度啄んだか知れない、何度重ね合わせたか知れない、何度吸いついたか知れない、あの唇。



「セイバー……

掠れたような――しっとりと情欲に濡れたような甘い声が、タケルの鼓膜を蕩かしていく。

もう一度、教えてくれ。――ちゃんと、覚えるから」



伊織の体を乱暴に掻き抱いて、乞われるままにタケルが伊織の唇を吸う。
その柔らかく濡れた感触に脳髄が痺れるたびに、タケルの心にどす黒い後悔と自己嫌悪の澱が溜まっていく。――それでも、やめることなど到底できなかった。

――己の心と体がばらばらになっていくのを感じながら――そのぼろぼろに崩壊しかけた両腕で、ようやく手に入れた『恋』を掻き抱いた。