mishiadd
2024-10-06 15:49:29
25632文字
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インプリンティング・ラヴァーズ

生前の伊織くんが死ぬ程好きだったけど伊織くんの意思を尊重して最後まで友情を貫いたヤマトタケルが記憶のないカルデアの伊織くんに「私たちは恋人同士だったんだよ」って嘘ついて始まる一度はやらなきゃならんやつ。いつもの感じの(ろくでもない)剣伊。ハッピーエンドです。


六、

ありていに言えば、それは単なるひとつの「失恋」の物語であったのだろう。――どこにでもありふれている、成就しなかった片想い

むかしむかしあるところで、ヤマトタケルという神霊が、宮本伊織という人間に恋をした。
神霊は人間に新しい名を貰い、大いに喜んでその名を名乗り、そしてその在り方を変えてまで彼の後ろを健気について回っては、その隣に並び立って彼と同じものを見ようとした。
そして神霊は気付く。恋した人間ひとを理解しようとしたからこそ、気付いてしまった。

――宮本伊織という人間は――



神霊と出逢うずっとずっと以前から――とうの昔に心奪われて、その身を焦がし続けるような、ひどく切ない恋をし続けているのだということを、知ってしまった。







恋をしている人間は魅力的に見える、などという妄言があるものだが。
――であるならば、色恋沙汰の気配が微塵も見えない、むしろ禁欲的ストイックの具現といえるような伊織が身にまとう滲むような色香は、確かに彼が「恋」をしているからなのかもしれない、とセイバーは妄言に輪をかけて詮無いことを思ったりなどもした。



決して叶うことはない、無下に散らされるのを待つばかりの『片恋』――



セイバーにとっては、身に覚えのある痛みだ。現在進行形で、今まさに身につまされているような痛みだ。

不思議な感覚だった。彼が恋する人もまた、彼と同じように決して報われぬ恋に身を焦がしている。伊織が決してその恋を手放すことはないだろうことを、誰よりもセイバー自身が一番よく知っている。

――『月』に嫉妬などできない。

自分の想いに応えてほしい、という思いより、このつらく切ない思いを自分の想い人もまた抱いているのだという、連帯感の方が勝る。

決してこちらを振り向いてくれることはない愛しい人の目線の先で冷たく輝いている、あの月。その月光に照らされた、美しいばかりの横顔。月に囚われ、月に魅入られ、必死に手を伸ばしながらも届かずに。こんなにもその身を捧げてすべてを投げ出しているのに、決して受け取ってはくれない相手を想い、その一途な身の裡を焦がしている。――恋焦がれている。

そんな彼の姿を目にしていながら、「私を見てほしい」などと言えるような恋であったならば。






――きっと、最初からこんなことにはなっていないのだ。






七、

伊織からしてみれば、それは当然の疑問なのかもしれなかった。あるいはきっと、――至極当然の、歓迎すべき好奇心なのだろう。

ふたりの関係の始まりに、興味を持ってくれるということは。

「あまりくっつくな」と牽制されたことを律儀に守り、伊織がタケルを抱き上げることはなくなった。その代わり、タケルが畳の上で座しているすぐ横で、頬杖をついて横臥し、くつろいで過ごすことが多くなった。
なんの心境の変化か――恐らくは、彼なりに『恋人同士』の関係性というものを学習したのか――ふたりきりで過ごすときはかしこまるべきではない、という結論に達したようだった。
畳の上で肘をついた伊織が、必然的に上目遣いのあどけない表情でタケルを見上げている。ひどく無防備で幼く見えて、目が合うたびにタケルの心臓が跳ねる。

「最初は、当たり前のマスターとサーヴァントの関係だったのだろう? おまえが以前言うには、俺達は『互いに深く愛し合っていた』とのことだった。――どういうきっかけで関係が変わったのだ?」
――あー……うむ」

口篭もり、タケルが目を逸らす。――そのような事実がない以上、何をどう言ったものか。
タケルのその仕草を照れとでも受け取ったのか、ころん、とやや身を転がした伊織が、「口に出して改めて言うのは恥ずかしいか?」と気遣わしげに言う。

「すまんな。俺自身が覚えてさえいれば、おまえを困らせたりしなかったものを」
「ああ、――いや」

タケルが目を伏せる。それから、わずかに自暴自棄にでもなったような――小さな決心をするように、口許を引き結んだ。

セイバーと伊織の間に、そんな事実はなかった。――それでも、タケルが夢見た光景ならば、この瞼の裏にある。
何度も何度も夢想した。こうだったらいいのにこうなったらいいのにこうなれたらいいのに――。まるで幼い女の子が人形遊びをするように。何通りも、何十通りも、その瞬間――夢見た。幾度も、幾度も。繰り返し、繰り返し。

だからまるでそれは――彼にとっては、つい昨晩に見たひどく幸せな夢のように、いっそ現実感を伴うような色鮮やかなだった。

「最初に想いを告げたのは、私の方だったのだ。――美しい、桜の樹の下でのことだった。きみは、桜の花を見上げていて――私は、きみの隣に立っていて。
私は――言葉にするのが、怖くて。ただ黙って、きみの手を握ったのだ」

あるいは、紅葉の木の下で。あるいは、夜桜の下で。あるいは、生い茂るすすきの中で。あるいは、海辺で。あるいは、橋の上で。
たくさん、たくさん夢想した。――決してやってくることはない、その瞬間を。

「すると、きみが――握り返してくれて。きみを見上げると、きみも私を見ていた。――だから、私は言った。『イオリ、私はきみのことが好きだ』と」

――「好きだ」と。それ自体は、告げたことがあった。――何度か。
だからきっと、こんな一言では、あの宮本伊織にはセイバーの真意などきっと伝わらなかっただろう。――でもこれは、タケルの『夢』の話であるから。

「するとな。――そしたらな。……イオリが――きみが言ったのだ。『俺も、おまえのことが好きだ』って」

タケルの声がかすかに震える。鼻腔に流れた涙で声が濡れる。――それは、かつてセイバーが夢見た夢だった。



月に囚われ夜空ばかりを見上げている彼が、こちらを振り向いてくれる夢。こちらの目を見て、愛しさに微笑んでくれる夢。

朝、目覚めて――

眩い日の光の中で、厨房に立つ彼の後姿を見て、すべてが夢であったことに気付いて、それでも確かに覚えているその胸の高鳴りと喜びに、思わず泣きたくなるような。



夢のように幸せな、決して叶うことのない、夢。



「セイバー? ……なぜ泣いている……?」

伊織がタケルの手にそっと己の手を重ね、ぽんぽんと優しくあやすように叩く。声を殺して涙を流し続けるタケルの様子に、伊織が身を起こす。そっと両腕でタケルの肩を抱き、兄が幼い弟にするように、ぽんぽんと優しく頭を撫でてやる。

「おまえにとってはつらい思い出だったのかもしれん。無理に話させて悪かった。――俺が、そう言ったのだな? 『おまえのことが好きだ』と」
――……

タケルは答えなかった。タケルのつむじにそっと口づけを落としながら、伊織が言った。

「すまんが、この俺は覚えていない。だが、そう――かつての俺がそう言ったのなら、俺もそう言おう。何度でも。――俺はおまえのことが好きだよ、セイバー」
「っ――



それは、確かにタケルが夢見た夢だった。



――タケルは、己の夢で、かつての想い人を裏切った