mishiadd
2024-10-06 15:49:29
25632文字
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インプリンティング・ラヴァーズ

生前の伊織くんが死ぬ程好きだったけど伊織くんの意思を尊重して最後まで友情を貫いたヤマトタケルが記憶のないカルデアの伊織くんに「私たちは恋人同士だったんだよ」って嘘ついて始まる一度はやらなきゃならんやつ。いつもの感じの(ろくでもない)剣伊。ハッピーエンドです。

インプリンティング [imprinting]
刷り込みのこと。刻印づけ。ガンやカモといった鳥類などの動物が、孵化した直後に初めて出会った動く物体を母親と認識して追従するなどの学習形式。







一、

カルデアに所属しているサーヴァントとしての宮本伊織の純朴さは、単なる記憶喪失の一言ではとても片付けられない。
生前の彼を知る者はそう多くはないものの、とはいえ今の彼の危なっかしさは以前の彼を知るまでもなく明らかだった。――とかく、ひどく騙されやすいのだ。

生来の義理堅さからか、「本人不在の場所であれこれ他人を批評するのは道義に悖る」と考えているからか、彼に関しては敢えて多くを語ろうとしない由井正雪ですらも、彼が誰からか「ここではこういうものなのだ」と教え込まれたのをあっさり信じて『猫の日』に猫耳カチューシャと動く尻尾をつけたままカルデア内をうろうろしていたのを目撃してさすがに溜息を漏らしていた。――曰く、

「善悪や真偽のよくわからぬものをありのまま受け入れて泳がせることは確かによくしていたが、とはいえそれは彼が持つ警戒心と観察眼による制御と併せてのことだ。わざわざ逆らうのが面倒だからと諾々と他人の言うことを聞くことはあっても、あのように本気で信じ込んでまんまと踊らされるような男であったものか」

『警戒心』と『観察眼』――とは、カルデアの宮本伊織だけを知る者からすれば、なかなか彼とは結び付かない言葉だった。対極にある、と言ってもいい。

ふとすれば剣呑な顔つきにも見える整った顔は、尊敬する剣豪を前にすると少年のように屈託なく綻び、憧れや疑問をそのまま口にする言動は年齢に不相応なほど素直で――そして致命的に自分への好意に疎くてにぶい。彼に好意を示している人間は――その「好意を示している人間」本人の周囲への厳しい牽制もあってか――片手で数えるほどで、そのためエピソードのサンプル数も極少数ではあるが、しかしそのひとつひとつの説得力が尋常ではなかった。ヤマトタケルとの噛み合わない会話を漏れ聞いた無関係のサーヴァント達が何度額に手を当ててその不憫さを嘆いたかは数えきれない。――無論、日ノ本の大英雄の不憫さをである。

まあ、「自分への好意に疎くてにぶい」点に関しては、正雪も「そこは――生前に比して特筆すべき差があるとは思わないが」と苦々しい薄ら笑いを浮かべていたが、とはいえ「にぶさ」それ自体に関しては一言あるようで、曰く、「人を見なくなった」。

「以前は、出逢う人出逢う人、その各々の魂の奥底まで覗き込むような貪欲さで理解しようとしていた。敵味方を判断する前に、まずは相手を受け入れて、その心の裡にぬるりと入り込んで理解する。それを不快だと思う者もいれば、相手の在り方を尊重する優しさだと受け取る者もいただろう。――だが、今はそれがない」

つまり、今の伊織には彼を保護するファイアウォールがない。物事をただ素直に、ありのまま受け入れて――受け入れた物事の善悪や真偽を精査することなく、そのまま鵜呑みにして信じ込んでしまう。その、あまりにも無防備な無垢さ。純粋で脆く、傷つきやすい剥き出しの卵のような。――あたかも、孵化したての雛のような――

自身のその危うさを、伊織当人は無論自覚などできていない。わかっているのは――



当然、彼の庇護者のみ。






二、

「きみ、また騙されたんだって」とタケルが呆れた声で言った。

伊織の長屋風の自室である。畳の縁に腰かけながら、伊織はといえば地下図書館から借りてきた本を読んでいた。三国志演義好きが昂じて四大奇書から更に興味を広げ、今は封神演義を読んでいる。
うん、と紙面から顔をあげた伊織が、自分の正面で仁王立ちになっているタケルを見た。

「『カルデアでは当番制でメイド服を着る習慣があって、今日の当番は宮本伊織さんです』などと言われてまんまと着せられたと聞いたぞ。そんな当番、私は聞いたことがない」
「? ――そうか、あれは嘘だったのか」

たった今知ったとばかりにわずかに伊織は目を見開いたが、すぐに話題に興味を失って紙面に目線を戻してしまう。
その頁の上に両手を翳して視線を遮り、「なんだ」と不満げに伊織が顔を向けたところでぐっとタケルが顔を近づけて言った。

「ちゃんと真面目に聞いてくれ。今回はたまたま害のない嘘だからよかったようなものだ。これがもし悪意のある嘘だったならば、きみは無事ではなかった」
「カルデアで『悪意のある嘘』なぞに晒されることがあるものか」
「もしもの話だ。――頼むから、もっと警戒してくれ。これでは、きみの命はいくつあっても足りない」
「大袈裟だな、セイバー。俺だってマスターの生命が絡むようならば易々と騙されたりはしないさ」
「リツカの話などしていない。きみの話をしている」

タケルの真剣な面持ちも、伊織には碌に響かない。ふうん、となかば面倒そうに肩を竦めたあと、タケルの両手を本の頁からちょいちょいと払いのけて、続きを読み始めてしまう。
――ぐ、とタケルが奥歯を噛みしめる。きっと、生前の宮本伊織ならば今のやりとりは決してしなかった。たとえタケルの想いを受け入れてくれることは未来永劫なかったとしても――彼の真剣な表情を読み取れない宮本伊織では決してなかった。

心の奥底に黒い澱が溜まろうとするのを振り切って、タケルは強い口調で言った。

「『騙されても構わない』などと言っていいのは、己の意志で『騙される覚悟』を選んだ人間だけだ。きみはただ、いいカモにされているだけではないか」

かつてのきみはそうだった、という言葉はすんでのところで呑み込んだ。
伊織が紙面から目線をあげる。ぱたん、と両手で本を閉じて、タケルを見た。

「俺がいいカモにされて騙されて、それでおまえになにか問題でも?」

タケルが息を呑む。喉の奥に引っかかりを覚え、言葉に詰まる。それに気付いているのかいないのか、伊織はなんでもないことのように淡々と言葉を重ねた。

「俺が勝手に騙されて、勝手にヘマをしたところで、おまえには関係ないだろう? おまえには迷惑をかけないよ」
「イオリ」

タケルの足元がふらつく。怒りと落胆と、さまざまな感情がないまぜになって彼の内側で荒波となって押し寄せたあと、血の気と共にさあっと退いていくようだった。
なかば呆然とした頭で、ふと思う。伊織は自信満々に言ったのだ。――このカルデアで、『悪意のある嘘』なんかに、出逢うわけなどないのだと。

そうだろうか、と思う。
騙されても大して困らない、ほんのいたずら心の『嘘』なんかよりも、もっと悪意に満ちた、もっと利己的で、もっとおぞましい『嘘』。

――出逢わないなどと、そんなにも自信があるというのなら。



まんまと騙されてあとで吠え面でもかくがいい



「関係あるに決まっているだろう。私の大切な恋人が他人にいいように騙されているのだ。私の心情として、到底許せるものではない」

伊織がタケルを見る。うん、と軽く小首を傾げてタケルを見上げている。
思いの外淀みのないはっきりとした口調で、タケルは言った。

「記憶のないきみを驚かせてはならないと思って今まで黙っていたが、きみがそうも意固地になるのならば仕方がない。
――きみと私とは恋人同士だったのだ。互いに深く愛し合い、たとえ儀が終わり別れの時が来ようともこの気持ちは決して変わることはないと誓い合った仲だった。
だから、関係あるのだ。きみが他人にいいようにされているのは私が我慢ならない。私の愛おしいきみよ」

声が震えなかったのは――恐らく半分は本心だからだろう、とタケルは思った。

ぽかん、とした顔で伊織がタケルを見上げている。それから、ややあって、「そうなのか?」と存外あっさりした声で尋ねた。

「俺とおまえは恋人同士だったのか」
「あ、ああ――そうだ」
「そうか」

そしてやっぱり、碌に疑問にも思わず、碌に精査もせず――

「そうか、そういうものか」






――宮本伊織は、あっさりとヤマトタケルの嘘を信じた。