井見
2020-02-12 04:19:14
32311文字
Public ロックマンX・ゼロ二次
 

【再録】さよならの星

ロクゼロの本にした小話集です
ゼロとエックスが話したり話さなかったりする小話集です。 ゼロがいないときはハルピュイアやファントム、あとなぜかダイナモがエックスとお話しします。


三日月の囁き

 扉を開くと、馴染みの姿がやはりそこにいた。暗闇に立つその姿は一層深く、夜の空にとけてしまいそうにも思えた。
 任務中の凛としたそれではなく、警戒を解いた彼本来の柔らかな声が、遠くの雑音を眠らせるかのように響いている。彼はこちらに気づいていない様子で、だからこそこちらからその声を断つのは憚られた。足音をできるだけ殺しながら、ゆっくりとそばに近づく。
 彼の手に握られている、いつの日かに渡した木箱からは規則的な音が小さく漏れていて、彼の声がその音に重なっている。音と声が合わさっている、ただそれだけなのに、まだ聴いていたいと思うのはなぜなのだろう。紡がれる言葉以上の何かが、この時間に込められているような気がした。
 持ち上げかけた腕を、何もせず下ろす。開きかけた口を閉じる。
 この一瞬を、この全てで、見つめたかった。 


***


 エックスはため息を一つ吐きながら、木の箱の側面の針の示す位置を見やった。とっくに日勤の定時の時刻は過ぎてしまっていた。少し驚いて周りを見回せば、先ほどまで一緒に書類を作成していたはずの人々は、いつの間にか夜勤の者たちに交代していた。
 もう今日中には帰ってこないのかもしれない。予定通りにいかないなんて、よくあることだ。エックスはそう自分に言い聞かせた。ハンターはその場で急遽イレギュラーに対応することも多いため、帰り道で何かに巻き込まれている可能性も高い。問題無く処理できたとしても、時間だけはままならないから。
ここでこうして考えこんでいても仕方がないともわかっていたので、ひとまず目の前に灯るディスプレイを消灯した
「お疲れさま」
 広げられた書類や荷物を簡単に片付けながら部屋の人々に向かって告げれば、「お疲れさまです」とまばらに声が返ってくる。誰かと通信中だったオペレーターは、答える代わりに微笑みを返した。
 元々の予定を抜いてしまえば、部屋に戻っても大してすることはない。眠ってもいいが、まだそういう気分にはなれなかった。ならば、とエックスの足は自然にあの場所に向かっていた。
 昼夜を問わず出動要請が発令されるハンターベースだが、夜間の通路は非常灯だけが暗闇を赤く照らしている。ここには人型や非人型、大きい者か小さい者まで、様々なレプリロイドが活動しているため、ぎりぎりどのタイプでも活動できる最大公約数的な設備が多かった。夜間は可視光線以外を利用することのできるレプリロイドが主に働いているので、共用スペースは彼らに適した状況に調整されていた。エックスにとっては少し暗かったが、もう随分と慣れ親しんだ廊下なのでそこまで苦労を感じない。赤いランプが申し訳程度にぽつぽつと点灯する道をまっすぐに進む。そしてカタンカタンと足音を鳴らしながら階段を登り、その終着点に鎮座する厳重なロックにエックスが右手をかざすと、個体識別用のシグナルを読み取ったセンサーはゆるゆると扉を開いた。
 扉の向こう側から吹き抜ける風は、今は冷たいくらいだった。しんと静まり返ったその空気の中に、貨物車を誘導する声やだんだんと遠ざかるサイレン、空へ向かって飛び立つ空用機のエンジンの音、そんな様々な音がかすかに浮かんでいる。その音に耳を澄ませていると、ほう、とエックスの口から逃げていく熱を持った排気が、空気に冷やされてちらちらと小さな白い雲を作った。じんわりと空にとけて消えていくその雲に、彼は冬の訪れを感じた。
 屋上の手すりから身を少し乗り出せば、人の活気を象徴する明かりが市街地に爛々と輝いているのが見える。建設物や道路の端々に電飾が存在感を放ち、電波塔すらも一種のオーナメントのように刻々と変わる光の模様を映し出している。市街地から少し離れているこのハンターベースには、その明かりの代わりに、どの建物にも空用機のための赤や緑、様々な色の誘導灯がちかちかと点滅していて、また違った輝きを作り出していた。
 まるで星空のようだ。そうエックスは微笑んだ。大気で霞む空の代わりに、大地に広がる一面の星空。もちろん人のいない場所で見上げる、空を覆い尽くす本当の星も美しい。しかしこの大地の星空は、一つ一つの光が人間やレプリロイドの生きている証なのだと思うと、また別の美しさがある。これが見惚れる、ということなのだろうか。
 しばしエックスはそうして頭上の空と足元の空を交互に見つめた。手すりに両腕を乗せて、その上に頭を休めれば、なかなかゆっくりと眺めることができた。遠い水平線では、二つの空の光がとけあって一つになっている。大きな爆発の光や新しい一日を告げる朝日の力強い輝きに比べれば、その光はずっとささやかな光に違いないのだが、やはり、眩しい。必要も無いのに、彼は思わず目を細めた。
それからふと、エックスは左手の中にある物の存在を思い出した。机の上に置いたままにしておくのがどこか心配で、自室に持って帰ろうと思ったのだ。
それは人間より一回り大きいレプリロイドの手にはすっぽりと収まってしまうような小さな木箱で、背面には簡素な螺子が付いていた。せっかくだから、とエックスは箱の蓋を開いてその螺子をゆっくりと回し始めた。きりりと立てられる音に、「触っただけで壊しちまいそうだ」としかめた友の顔がよぎった。
 数回螺子を回してからそれを離すと、箱の中の金属板が針に次々と跳ねられて、小さな金属音が空に並んでいく。ぽろんと繰り返されるそれは単純な音ではなく、ひとつながりの曲だった。この木箱は単なる木箱ではなく、オルゴールでもあるのだ。
 ある任務の帰り、ゼロはこのオルゴールを握りしめて帰還した。ゼロとオルゴールという組み合わせの意外性に少し驚いた様子のエックスを見て、ゼロは帰路で助けた老人からお礼にと渡されたと簡単に説明した。礼を貰うような事じゃないと拒否したものの、その老人はかなり頑固だったようで、受け取らざるを得なかったという。「どうか私の代わりに持っていてくれ」と。
 ゼロはオルゴールが何なのかを知らなかったから、彼にとって手の中にある箱は妙に重い木の箱に過ぎなかった。エックスはその手の中から箱を受け取り、ゆっくり螺子を回した。するともちろん箱はオルゴールとしての機能を果たし始めた。ゼロは少しだけ目を大きく開いて、その様子をじっと見つめた。この目は驚いている時の表情なのだと、エックスはけして短くはない付き合いの中で知っていたので、ゆるりと微笑んだ。なんだかいつもよりも幼く見えてかわいらしかったから、ゼロのこの表情はエックスのお気に入りの一つだった。
 そう思い出をなぞる間にも、オルゴールは律儀にメロディを奏で続ける。エックスはそのオルゴールを回して眺めた。木で作られたボディの中に金属製の鍵盤が入っているだけの、オルゴールとしては単純な構造だ。と今まで思っていたが、よく見れば蓋の裏に何かが刻まれていることに、エックスは気がついた。
「これは……詩かな」
 彼は思わず、ぽつりと独り言を漏らした。誰に気遣う必要も無いが、少し気恥ずかしい思いにかられた。
 木に丁寧に刻まれたその文字は、経年劣化によるものか所々欠けてしまっていた。しかし幸運なことに推測することのできる範囲だった。目にしたままを口に出すと、同じような音節で区切られていることがわかる。もしや、とエックスはオルゴールの螺子を巻き直した。
 彼の予想は的中した。流れるメロディと詩の音節が合っている。単なる詩ではなく、歌詞なのだろう。このオルゴールを作った人が書いたものなのだろうかと、エックスは首を傾げた。しかし元の持ち主のことはゼロ以外知らない。そのゼロが今隣にいないことが、一層惜しく思われた。
 ひとりきりなのに、ゼロのことばかり考えている。
 心の中でそう呟くと、冬の風が吹き抜けた。北極や火口の近くなど極端な温度でなければ、機械の身体は多少の寒暖に不快感は覚えない。それでも、彼は「寒い」と思った。その感情を埋めるように、歌なんていつ歌っただろうかと、エックスは過去の記憶を探った。
エックスはかつてよく歌を歌っていた。しかしレプリロイドは歌を歌えないと知ってから、エックスは歌から離れた。理由は二つ。一つは物珍しがられるのが好きではなかったから。もう一つは、聴いたものを再生することしかできないなんて、悲しいことではないのだろうか。昔そう聞いた時、「なぜだ?」と言われてしまったのが、余計に悲しかったから。
 必要の無い機能かもしれないけれど。「無い」というのは悲しい。
 その時から、彼は歌うのをやめた。
しかしこのオルゴールは、奏でる旋律に歌が寄り添うことではじめて自身の役目を果たすように思った。最初に聞いた時、何かが足りないと感じていた。それはきっとこの歌だ。
 気配は何も無かったが、一応とエックスは入り口のある場所を振り返り、誰もいないことを改めて確認した。誰も聴いていなければ、何も悲しくはない。それから夜景へと向き直って、ゆっくりと口を開いた。口内に冷たい空気が刺さるのを感じた。歌詞を見つめながら、発声の具合を確かめる。
 やがて彼は少し巻き直した螺子を手放し、始めの数節に耳を澄ませた。
そして、声を、いや、歌を。

 あなたは どこまでゆくの
 ふりかえることもせずに
 かぜをわたり そらをこえて
 かがやく ほしになる
 わたしは どこまでゆくの
 かえりみることもせずに
 うみをわたり ひかりをこえて
 あなたと ほしになる

 ほう、と息をつく。もう歌詞に続きは無かった。オルゴールも歌が終わったことを理解したかのように、ちょうど旋律を紡ぐのをやめてしまった。
 口を閉じ、オルゴールの蓋も閉じてしまえば、そこには一面のしじまがあった。遠くから聞こえていたはずの音たちも、もう眠ってしまったようにも思えた。
 どこまでも穏やかで、どこまでも静かだ。
 そして、どこまでも──。
「エックス」
 待っていた声が、後ろから降る。エックスはたまらず振り返った。
赤い身体を少し汚したまま、待ち人は佇んでいた。
「ゼロ……
 良い言葉が見つからず、エックスがただそのまま名を呼び返すと、ゼロはほんの少し口角を上げた。
「悪いな。今日も遅くなっちまった」
「ずいぶんと待ったような気がするよ」
「これでも急いだんだぜ? 全部ほっぽってこっちに来た」
「それはそれで問題じゃないか」
 少し意地の悪い返答をすれば、ゼロは「許せよ」と楽しそうに笑いながらエックスの隣に並んで、手すりに両腕を軽く休ませた。
「よく、ここにいるってわかったな。連絡してもなかったのに」
「オレを待ってくれている時は、だいたいここだろ」
「そうだったかな」
「そうだったさ」
にやりとゼロは笑った。他愛のない会話だ。いつでもできる会話だ。しかし、今しかできない会話だった。
それからゼロは黙って、手すりの向こう側に広がる夜景を見つめた。先ほどまで彼が守っていた街は、彼のことなぞ知る由もなく爛々と輝き続けている。少し意味ありげに細められた青い瞳を覗くことは憚られ、代わりにエックスは手すりに背を預けた。赤と白で彩らたゼロの身体は、夜の闇にあっても鮮烈にその存在を主張している。そしてその彼の背を隠す長い金の髪を、冷たい銀の風がふわりと靡かせた。するとその髪の一本一本は、夜を吸いながらきらりと月のように輝いた。
「なあゼロ」
 エックスはその様子に目を奪われながら、言葉を零した。
「なんだ?」
「ほしになるってさ、どういうことだと思う?」
「星? ああ、さっきの歌か」
……キミ、もしかして後ろで黙って聴いていたのか?」
「お前が歌うなんて珍しいから、つい、な」
「ずるいじゃないか。恥ずかしい」
「オレしか聞いてないんだ。いいだろ? それに途中からだったから、全部聴けたわけじゃないしな。
 で、星になるだったか。文字通り星になるんじゃないか? 恒星になるのは難しいだろうが、流星くらいなら大気圏にでも飛び込めば誰でもなれるだろ」
 ゼロは逸れかけた話題を自ら戻した。こいつ、うまく追及を逃れたなと部外者のように感心している自分にエックスは気づく。しかしまだどこか論点がずれているようなところは、やはりゼロらしいと思った。
「実現可能性の話じゃなくて考え方の話さ。そもそも人間には、大気圏に突入するのも難しいよ」
「? なんでここで人間が出てくるんだ?」
繋がりが見えないといった様子で、ゼロは首を傾げた。
「あのオルゴールをくれたの、人間のお爺さんだったんだろ? キミがそう言ってたじゃないか。さっきの歌、多分そのお爺さんが書いた歌だと思うんだよ。だからその人は何を考えていたのかな……ってさ」
「あれはお前の歌じゃないのか?」
「違うよ。ほら、これ」
 エックスは左手に仕舞われていたオルゴールの蓋を開いて、ゼロに手渡した。ゼロはそれを受け取り、しげしげとその中を見つめ始めた。
「そっちじゃなくて、蓋の方。文字が書いてあるだろう」
「ああ、なるほどな。これを歌ってたってわけか」
「そういうこと」
「オレはてっきり、お前の作った歌かと」
「残念だったね。でもどうして?」
「さあな。なんとなくそう思った」
「そっか」
 ゼロはオルゴールの蓋を閉めて、左手でくるくると弄びながら、空に浮かぶ星を仰ぎ見た。
「星ってことは光ってるわけだ。人間は発光しないから、概念的なことだろうな」
 先ほどの話を再び続ける。
「誰かの光に……みたいな?」
「わからんがな。なんだ? お前もあの爺さんよろしく星になりたいのか?」
「どうかな。そうなのかもしれない」
 ゼロは笑って、空いた右の手をぽんと軽くこちらの頭に乗せた。
「星になるっていってもな、星だっていつかは爆発しちまう。だがきっとお前はその光を覚えてるだろう。
光ってなら、お前もいろんな奴の光だろうさ。それこそ星も顔負けのな。眩しくて、お前のことを誰も忘れやしない」
まるで何か記憶を思い返しているように、ゼロは目を閉じながら、ひどく優しい声で告げた。
たまに彼は、自分は関係がないとでも言うかのような口ぶりをする。
そのことがたまらなくなって、エックスは思わず、
「ゼロもそうだろ? 眩しいよ、ゼロは」
 と被せるように言った。するとゼロの青い瞳はにわかに大きく開かれ、しかしすぐさまそれは長い金の睫毛の向こう側に隠れてしまった。それから、口元が小さく動いた。
 そして彼は、ふと思い出したかのように、今しがたまでこの頭に乗せていた右手を引っ込めて、左手に包まれているオルゴールの螺子を指先でそうっとつまんだ。そして少しずつ丁寧に回し始めた。螺子はきりきりと音を立てた。
「ずいぶん扱いが上手くなったな。前は壊しそうだとか言っていたのに」
螺子に触ることすらあまり乗り気ではなかった昔が懐かしくなるほど、彼の動作は適当だった。エックスは思わずその様子を見守ってしまった。何故今ゼロがこの行動を始めたのか、という疑問は芽を出さなかった。
「そう何度も同じ失敗はしない」
 得意気な声を響かせながら、ゼロは手を動かし続ける。そうしていくらか回すと、これでもう十分だろうとでも言うような満足そうな顔をして、彼は指を離した。木箱の中の小さな金属板は再び命を与えられて、音を作るために跳ね始める。
「なあ、もう一度歌ってくれよ」
 その言葉とともに、ゼロは手の平に乗せたオルゴールをエックスに差し出した。丁寧なことに、蓋の文字が見やすいように配慮されている。どうやら冗談ではないらしい。
……恥ずかしいって言ったろう。特別上手とかではないし」
 歌を歌えるといっても単純に動作として可能という段階の話で、歌唱が優れているわけではない。そもそも先ほどの歌は、勝手にオルゴールの旋律に合わせて詩を読み上げただけのようなものだ。誰かに聞かせるためのものではない。
 しかしゼロは、低く凛とした声で、エックスのこの思考を否定する。
「関係ない。お前の歌う歌が聴きたいんだ。一回だけでいい。覚えるから」
 彼は青い瞳で、じっとエックスの瞳を見つめた。エックスの額にある赤いクリスタルが、それを照らしていた。
そう見つめられると、つい頷いてしまう自分がいることエックスは知っている。そしてゼロも、それを知っていた。
 キミはいつもずるいんだ。
 エックスは諦めたように笑った。
……仕方ないな。じゃあ、一回だけ、な」
「ああ」
 それだけ言い残し、ゼロは再び手すりの向こうに見える暗がりに向き直った。彼はいつも簡潔だ。
人間がするように、エックスは息を吸い込む。レプリロイドにとっては必要の無いこの儀式的な行為は、むしろこれから歌うのだということを印象づけた。。
すうっとエックスの口の中から立てられた音に合わせて、ゼロは目をつむった。エックスはこっそその横顔を覗いた。いつもの真顔のようでいて、少しだけ口元が綻んでいるのがわかる。
 この歌を聞くのはゼロだけで、この顔を見るのは自分だけ。
 それならいいか。それなら。
 この一瞬が、続けばいい。せめて、この夜だけは。

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