井見
2020-02-12 04:19:14
32311文字
Public ロックマンX・ゼロ二次
 

【再録】さよならの星

ロクゼロの本にした小話集です
ゼロとエックスが話したり話さなかったりする小話集です。 ゼロがいないときはハルピュイアやファントム、あとなぜかダイナモがエックスとお話しします。


明日の朝には

 人間も機械も。皆が等しく眠りについた夜深く、ゼロはひとりレジスタンスベースの屋上で空を眺めていた。
 いつもは砂が舞い色褪せている空だったが、今日は妙に機嫌が良いようだった。辺りに他の明かりは無いため、どこまでも星のカーテンが広がっている。
 ゼロはそれに既視感を覚えたが、それがただの既視感なのか、友とのかつての記憶なのか、判別をつけようがなかった。こうしてなけなしの記憶を思い起こそうとして、それでもやはりさっぱりだと結論付ける行為を、かれこれ何十回と繰り返している。
「エックス、か……
 無造作に金の髪を地面に広げて、視界いっぱいに星を掬う。エックスのことは、彼のコピーとの戦闘や本人との会話を通して、おぼろげながら形を捉えられるまでには思い出したような気がしていた。具体的なことまでではない。ただ何となくエックスはあんな奴だったなとか、きっとあいつならこうするだろうとか。エックスという機体を示すデータだけを残して、他は全て抜け落ちてしまっているようにすら思えた。封印を解かれた際、自身の名すら覚えていなかったにも関わらず、エックスの名だけは聞いたことがあると確信したのだ。忘れてはならない名前だと、魂に刻まれているがごとく。
 このままきっとエックスのこと以外は思い出せないのだろうと、彼は何故だか直感していた。どれだけ星空を見つめても、知らなければ星座を結ぶことができないのと同じだ。ゼロにとって、眼前に広がる星空はどこまでも同じ空でしかなかった。
 そうやってあまりに同じことを繰り返していたおかげか、唐突に、いやようやくゼロは閃いた。エックスのこと以外を思い出せないのなら、いっそエックスのことだけを思い出そうとすればいいのではないか。そう思うや否や彼は目を閉じて、メモリに浮かぶ淡い友の姿に意識を向けた。闇雲に昔の出来事を思い出そうとするのは止めだ。空は掴めなくとも、星にならば触れられるかもしれない。水の中の光景のように揺らぐ青い姿、籠もる青い声を離すまいと、必死にしがみついた。
 遠い昔に何かがあったはずだ。珍しく星の瞬いた、今日のような夜に。
 すると、先ほどの無為な時間よりは手応えを感じた。しかしおそらく時系列の管理が上手くいっていないようで、悲しんでいるエックス、笑っているエックス、怒っているエックスなどがよぎっては去っていく。久しぶりにこんな百面相をした友の姿を見たような気がした。記憶の中の友でしかないのだが。
 そういえばあいつはうるさいくらい賑やかな相棒だった。今のエックスは、同じ微笑をいつも貼り付けている。
 もう少し意識レベルを下げて、壊れかけのメモリを隅々まで検索する。一応ここは外なので、外部の刺激にぎりぎり反応できるほどには起動させておくことにする。ベースの中に戻ればいいとも思うのだが、ここにいればもしかしたら彼に会えるかもしれないという根拠のない期待を、不思議とゼロは捨て切れなかった。

 そして人間が夢を見るかのように、ゼロは微睡みに包まれながら、そのおぼろげなその記憶を再生し始めた。

――さらさらと、己の髪を風が撫ぜる。何か用があったのか、オレはエックスを探しにどこかの屋上まで登ってきたようだった。自分で自分を観察する感覚は、何だかむずがゆい。
 読み通りエックスはそこにいた。小さな木箱を手に空を見つめている。レジスタンスベースの屋上から見ていたのと同じ、満天の星空だ。
 エックス、と声をかけようとして、オレは思い留まった。不思議な音が彼の方から聴こえてくる。
 木箱からは、金属を跳ねるような様々な音。そしてエックスからは、その音に合わせたひとつながりの声。
 これは、歌だ。オレは知っている。歌詞はところどころ欠け思い出せないのに、妙にはっきりとエックスの声がメモリに響く。記憶の中のエックスが、本当に今目の前で歌っているようだ。

  ―――は どこまでゆくの
 ふりかえることもせずに
 かぜをわたり そらをこえて
 ―――― ――になる
 わたしは どこまでゆくの
 かえりみることもせずに
 うみをわたり ひかりをこえて――――――

「あなたと、ほしになる……
 青い歌声に重ねるように、思い出したばかり言葉が零れた。
……! ゼロ、どうして……
 すぐ隣から、記憶の中で聞こえていた、そして聞きたいと思っていた声を掴む。ゼロは驚いて覚醒し身体を起こした。そして声のした方を見やると、同じく驚いた様子のエックスが隣に座っていた。きらきらとデータの破片が青い衣の周りを舞っている。
「エックス……お前、来ていたのか」
『ああ……今日は星が綺麗だと思ってね……。それよりも、さっきの言葉……
「歌だ。お前、あの歌が気に入っていただろう。今それだけ思い出した。今日みたいな夜に、ひとりで歌っていたな」
……それだけかい?』
「それだけだ。……すまん」
 本当にそれだけだった。エックスが歌を歌っていたあの光景だけ。もっと思い出すべきことがあるだろうに、やはり届かないことが心苦しかった。
『ふふ……いいんだ。それだけでも、きっとボクは嬉しい』
 それでもエックスはふわりと笑う。それは少しだけ、昔の笑顔に似ていた。
『それにしても、ちょうどその歌を歌っていたからびっくりしたよ。眠っている様子のキミが、突然続きを当てるんだもの』
「星を見ていたら何か思い出せそうな気がしてな、メモリを深く検索していたんだ。ずいぶんと歌だけはっきりしていると思ったが、お前が本当に歌っていたとは。それが良いきっかけになったのかもしれん」
『聞かれるのは恥ずかしいから、聞こえないように歌っていたつもりだったんだけどな』
 困ったように笑ったエックスは、先ほどゼロがしていたように寝転んで、空を仰ぎ見た。それを真似て、ゼロも隣に寝転ぶ。
 そうしてそのまま何も言わずに二人で星を眺めた。あの日のような、本当に静かな夜だった。
 かつてないほどの繁栄とは言うが、ネオ・アルカディアの光はどこか乏しい。空の広さも、星の明るさも、昔の大戦の名残を感じさせる。中枢部は確かに栄えていたものの、このベースのあるようなネオ・アルカディアの辺境は端的に言えば質素、良く言えば清貧。そのような言葉が思い浮かんでくる。おそらく無駄な明かりが少ないのだ。エネルギーが足りていないという話は本当なのだろう。
隣に横たわるエックスがこのネオ・アルカディアを率いていたという事実は、ゼロにとっては未だどこか信じがたいようで、エックスならと納得する自分もいた。しかし彼の百年の歩みを、何も知らずに眠っていた自分から尋ねるのは憚られた。そのためか自然と、エックスが話し始めるのを待つ形になる。そうしてエックスの微睡みを見つめていると、おもむろに彼はその静寂を破った。
『機械の身体が無くなってしまって、このデータの身体も無くなったら、ボクはどうなるのだろうってたまに考えることがあるんだ。あの歌のように、星になれたらいいのにって……ゼロはどう思う?』
「そうだな……人間にも機械にも、星にだっていつかは終わりがある。終わりがくれば、全て無くなるだけだろうな」
『そう……キミらしいね』
……だが、無かったことにはならないだろう。星が無くなっても、星がお前を照らしたことは無かったことにはならない。きっとオレたちも同じだ」
 降りる沈黙に、何かまずいことを言ったろうかと、ゼロはエックスの方をちらりと見た。何故だかエックスは悲しそうな、さみしそうな、不思議な顔をしていた。どんな表情であれ、いつもの微笑が剥がれていることが嬉しいともゼロは思った。
……今日のキミは、随分と優しいな。すっかり覚えていないなんて嘘みたいだ。やっぱりゼロはゼロ、だね』
「優しくない方がいいのか?」
『そういうわけじゃないさ』
 やっぱりちょっとずれているんだよなぁと小さく呟く声が聞こえる。ゼロからしてみればエックスも相当ずれているように思えるのだが、なんとなくここは黙っておくべきだと壊れかけのメモリが強く主張していたので、とりあえず「そうか」と相槌を打った。エックスは、自らの身体からちらと零れる光の欠片を掴む遊びをしながら、そのまま話を続けた。
『こうしていると、今までのことが全部夢みたいだ。いつかゼロとこんな風に星を見ながら、うっかり眠ってしまって見る夢。目が覚めたらいつものように出動要請が降りてさ。慌てながらミーティングに参加するんだ。そしてイレギュラーをどうにかして、夜にまた星を見ながら帰還するんだろうな』
 本当に夢を見ているように目をつむるエックスが、ひどく幼く見えた。今すぐにでも、きらきらとした破片になって消えてしまいそうだ。
「夢か。なら夢から覚めるまで、もう少しここで足搔くしかないかもな」
『そうだね、もう少し……
 ため息のような音を漏らしてから、キミは、とエックスは身体を起こしてゼロの紺碧の瞳をのぞきこんだ。そこには電子の瞳が写り込んでいた。エックスはほんのわずかに目を細めて、それから一度だけぎゅっとその瞳に瞼を被せた。そして今の行為を無かったことにするかのように、ぱっと目を開いた。
……いや、なんでもない。忘れてくれ』
 そう言ってエックスは空へと目を逸らす。この様子の友はどうしたって口を開いてくれないだろうことも、使い古しで摩耗したメモリは叫んでいたので、そのままゼロは黙ることしかできなかった。
 そして空気を一転させるように、エックスは珍しく元気よく立ち上がった。そのまま努めて明るい声で話し始める。
『そろそろボクは戻るよ。久しぶりにキミとゆっくり話せてよかった』
「もう戻るのか」
『うん。空も白んできたし、こちらにいるのも疲れるようになってきてしまってね』
 ゼロはその言葉に少し驚いて起き上がった。東の方を見れば、確かにそろそろ太陽が出てきそうな頃合いだった。思ったよりも長い間、ここにいたようだ。
「一つだけ教えてくれ。……あの歌はお前にとって重要なものだったのか」
 あの歌はゼロが封印される前のもの、ということはつまり百年以上も昔のものだ。それを今も歌うのは、何故なのだろう。
 少しだけ、エックスの瞳が揺れた気がした。
……ひみつ。思い出したら教えてあげるよ』
……エックス、お前、少しずる賢くなったな」
『ゼロは忘れん坊になったね』
……そうだな。すまない」
 またもやゼロは言えることが見つからず、役に立たない口をつぐんだ。
『ごめん。ボクも意地の悪いことを言ってしまった。でも本当に大したことではないんだ』
「わかるぞ。その口ぶり、大したことあるんだろう。……まあいい。オレが思い出せばいい話だな」
『それまで気長に待ってるよ』
「ああ。頼む」
 終わってしまった会話に続く次の言葉は別れのものしかないのだと互いにわかっていたので、それを少しでも先延ばしにするように、ゼロは黙ってエックスを見つめた。エックスも、同じようにゼロを見つめた。
 エックスの背後から射す、昇ってきたばかりの太陽の光が、彼から散らばるデータのかけらに反射して、ゼロには眩しいくらいだった。段々と彼の末端がその光に溶けて消えていくのが、辛うじてわかる。
 幾つかの息の音を挟んだ後、エックスは口を開いた。
『本当はさ、一つだけ、キミに言いたいことがあって来たんだ』
 彼は笑っているのだろうか。
 あまりに彼を照らす輝きが眩しかったから、ほんのひと時だけ、ゼロは瞬きをした。
本当に、ほんのひと時だけだったのだ。
『おはよう、ゼロ』
 目を開いた時には、日の光だけが輝いていた。

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