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井見
2020-02-12 04:19:14
32311文字
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ロックマンX・ゼロ二次
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【再録】さよならの星
ロクゼロの本にした小話集です
ゼロとエックスが話したり話さなかったりする小話集です。 ゼロがいないときはハルピュイアやファントム、あとなぜかダイナモがエックスとお話しします。
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最後にひとつだけ
重要な決定事項を記す書類はいまだアナログのものも多く、エックスはその書類一つ一つを丁寧に読んでは調印、署名を繰り返していた。日中は裁判や政務に忙しいので、これは専ら人の寝静まった夜に行うルーティーンだった。睡眠を取らねばいつか死んでしまう人間よりはずっと融通が効くこの機械の体は、こういう時には皮肉なほど便利だと、エックスは笑う。思考の効率は下がっているのだろうが、それよりも今は数をこなさねばならない時期だった。
カチリと音を立てて、時計の針が次の位置へと進む。エックスの手元に置かれた木時計は彼の大昔からの愛用品で、なんとか動いてはいるものの経年劣化のせいでほとんど壊れてしまっているから、時刻は正確ではなかった。手を加えれば直すこともできるのだろうが、あの日のままにしておきたかったのか、そのまま彼の側にあり続けている。
ペンが紙を撫でる音と、時計の音。そこにもう一つ、レプリロイドの足音が加わる。部屋の外を警護担当のレプリロイドが通り過ぎたようだ。万一の侵入者に対応するために配備された彼らは、きっと巡回する以外の役目を果たすことは無いだろう。それでいい、とエックスは思った。何も無いことが一番大切なのだ。本当は彼らにも休んでいてくれて構わないのだが、心配性の「エックスのこどもたち」がそれを許さなかった。
その内の一人の気配を、先ほどから背後にエックスは感じていた。隠密として完璧な気配の隠し方だったが、どこか感情が漏れている。いや、これは存在を気づかせるためだろう。対象の邪魔にならないようごく微かに、しかし確かに守られているという感覚。護衛としてもこれ以上はない。ただ一つ、護衛を頼んではいないというところだけが惜しいものであった。
「
……
ファントム」
「ここに」
名を呼べば当然のように現れるファントムに、エックスは振り返って微笑みを向けた。足音一つ立てることなく着地する様はもはや見事とも言いたいほどであったが、代わりにエックスは小さく溜息をついた。
「今、何時かな?」
「丑三つ時に
……
二時にございます」
「そうだね、ありがとう
……
」
やはり即答。目を閉じて、エックスは一呼吸置く。時計の無いこの部屋できちんと今の時刻を把握しているファントムの生真面目さは、さすがとしか言いようがなかった。彼の性格からして、適当な時刻を言っているわけではないだろう。しかし彼に時間の認識はあるということが、余計にエックスを悩ませた。
エックスは、ファントムのいる方へと体をくるりと向けた。仮面の中から覗く彼の目と、自らの目を合わせる。
「
……
キミは、いつ休むんだい?ボクが起きている間は、こうして見守っていてくれているよね。ずっとだ。しかし最後にボクが眠ったのは、いつだったか
……
」
「五日前にございます」
「そう、五日前
……
、じゃなくて、いい加減キミは休んだ方がいい。護衛は必要無いよ。もし問題があっても、他の誰かに頼むから」
「いえ、拙者の第一の役目はエックス様をお守りすること。それはいつ何時でも変わることはありませぬ。ましてやエックス様がお勤めの間に、拙者だけ休もうなど
……
」
その後に続くだろう言葉を少し言いにくそうな様子で、しかし言わねばならぬと決意したように、ファントムはエックスの瞳を真っ直ぐに見つめた。
「お言葉ですがエックス様。拙者よりもエックス様こそ休まれるべきかと」
忠言できるのは良い部下の証だ。この世に生まれて間もないというのに、なかなかどうして彼は従者として素晴らしい。その彼の忠言に従えるのが良い主なのだろうが、残念ながらそれはできないことが心苦しく思えた。
「ボクはいいんだ。何日も寝ないなんてことは、戦時中はしょっちゅうあったしね。今週中にはこの法案を通しておきたいから、それが終わったら少しお休みをもらうよ」
それに、とエックスは人差し指を振った。
「ボクが休んでいる間も、キミはなんだかんだ言ってボクの護衛をするつもりだろう?」
ボクにはわかるんだ、と柔らかく笑うエックスから、ファントムは図星を突かれたと言うかのように目をそらした。表情の変化が大きい方ではない彼が、そうして動揺するのは珍しかった。
再び視線を合わせたファントムの瞳は驚くほど不服そうで、エックスは思わずくすりと声を漏らした。目は口ほどに、とは言うが。
「じゃあこうしよう。キミが休んだ分だけ、ボクも休むよ。キミが休んだのを確認したら休む。良い条件じゃないか?」
エックスの言葉を受けて、ファントムは自分がどうするべきかをぐっと悩み始めた。エックスには休んでいただきたかったが、そのためには自分が休まねばならない。良い条件と言いつつも自分の要求を先に通すエックスの手腕に、彼はすでに敗北感じみたものを覚えた。
硬い表情を崩さないまま、しかしぐるぐると回る思考回路にファントムは酔いそうになる。そんな彼の真剣な葛藤とは裏腹に、こうして正面から見ると、やはり自分に似ているなぁなどとエックスは他人事のようにしみじみと思いながら、ファントムをじっと見つめ返した。人間のように誰かが腹を痛めて産んだわけではない彼らであったが、誰が言い出したか「エックスのこどもたち」とは確かに的を射た表現だと思った。
そんなエックスの意識の散歩を知ってか知らずか、ファントムは一度きゅっと瞳をつむってから、再びエックスを見据え、先ほどの提案に答えた。
「しからば
……
今日、暇を戴きたく存じます」
「うん。じゃあ今度一日ボクは休むよ。約束しよう」
ほら、とエックスは小指をファントムに向けた。ファントムはおずおずとその小指に自分の小指を絡ませた。
「はい、指切った」
大昔のこどもがやったような手遊びを、エックスは好んだ。
「じゃあ、ほら」
エックスは解いたその手を、そのまま寝具へと向ける。ファントムは主の意図がわからず、少しだけ首を傾げた。
「休むのだろう?ここにおいで」
「
……
!」
「キミが休むのをこの目で確認したいからね」
ぽんぽんと寝具を優しく叩くエックスを目にしてしまえば、拒否することなど難しかった。それにこのような提案は、例え畏れ多くとも、拒否するより従った方が主は喜ぶことをファントムはよく知っていたので、彼はおずおずと布と布の間に体を滑り込ませた。人間のそれと遜色のない、布と木で端正に作られた寝具はふんわりと柔らかく、硬いレプリロイドの体でさえも優しく包み込んだ。
まれにこのお方は不思議なことを言いつけなさるものだと、彼は戸惑いつつも微笑みを零しそうになる。眠りなどしなくとも、こうしてエックスと共にいるということだけで、彼はすでに安らぎを賜っているも同然だった。
エックスはベッドの側の小さな机にことりと壊れた時計を置いてから、それに備え付けの小さな丸椅子に腰掛けた。
「せっかくボクたちしかいないし、眠るまでに一つ、聞いてもいいかい?」
「何なりと」
目線を合わせないまま、エックスはなんとも小さな声で、ファントムに向かって問うた。
「
……
キミは、このネオ・アルカディアをどう思う?」
その問いはけして冗談めいたものではなく、心からの問いであると理解したファントムは、
「
……
何処にか、エックス様の治世を否定する不届き者でもございましたか」
と主を脅かすものの存在を訝しんだ。イレギュラーも昔に比べて減ったとは知っていたが、それでもまだ少なからずネオ・アルカディアの内外を跋扈しているのも事実だった。
「そんなんじゃないさ。ただ
……
」
ファントムの懸念に気がついたエックスは、ゆるりと笑ってそれを否定した。そして続くべき言葉を探す間、手持ち無沙汰の指先は時計を撫でていた。
「
……
時々、不安になるんだ。これでいいのだろうかと。ずっと手探りで明かりのない夜道を歩いているような、そんな気持ちでね」
今さらのことかもしれないけれど。
口の中で付け加えた言葉が、ファントムに届いているのかは、エックスにはわからなかった。
ファントムは少しの間を空けてから、言葉を紡いだ。
「──夜深まる頃、この塔より見下ろすネオ・アルカディアには、人々の営みが輝いております。拙者はこの世界の他に知るものはございませぬ」
まだこの世に生まれて程無い彼には、ネオ・アルカディアが民に如何にして望まれ作られたのか、永遠に知ることはできない。
「しかし戦火に焼かれ、明かりの失われたこの世界を照らしたのはエックス様に他ならず、御身という光に照らされた世界こそがこのネオ・アルカディアなれば、ただ一重にこれを守りたいと
……
拙者は存じます」
「
……
そう、かい」
エックスは口をきゅっと結んでから、少しだけ目を伏せて、それからファントムの額のクリスタルをそろりと撫ぜた。
「キミは本当に、優しいね」
その言葉にファントムは反駁しようとした。御身こそ、誰よりも優しいのだと。
けれども口が思うように動かなかった。体は鉛のように重く、瞼を開けることすら容易ではない。ともすれば異常事態だったが、しかし彼は不安だとは思わなかった。これがきっと「眠い」ということなのだろうかと、閉じられた瞼の中でうっすらと去来する思考を抱えながら、彼は一つ息を吐いた。満たされるような心地ですらあった。そう感じたのを最後に、意識は彼の元を離れた。
***
微動だにしなくなった体から、ゆっくりとした排気音が微かに聞こえる。彼の目元を覆う仮面をこっそり外してしまえば、エックスと双子のように瓜二つの顔が露わになった。眠る自分の鏡を見ているような不思議な感覚に襲われる。
確かに、死んでいるみたいだ。
ある日いつの間にか眠ってしまった時のことを、エックスは思い出す。エックス様と叫んでいたあの騒がしさはファーブニルだったかレヴィアタンだったか、誰かにいたく心配されたが、きっとこういうことだったのだろう。辛うじて聞こえる排気音のおかげで生きているということはわかっても、この閉じられた瞳は永遠に開かれないように思えた。
こんな所まで似なくてもいいのに。
四天王のそれぞれに、自分のかけらを感じることが、微笑ましく、そして痛ましかった。
しかし謝ることは、相応しくない。彼らは彼ら自身、そしてこの我が身にすら誇りを持ってくれているのだと、エックスはわかっていた。
そうしてエックスは、机に積まれた書類を視界の片隅で捉えた。
ここが明かりのない夜道ならば、これから明かりを灯せばいいのだ。
今と、そして未来を生きる者たちへ、何かを残しておきたかった。
人間が人間を裁くように、レプリロイドがレプリロイドを裁く。人間もレプリロイドも同じ命である以上、存在して然るべきであるこの裁判制度は、戦火に誤魔化されて未だ確立されていないままだった。戦争が収まった今、そして自分が政治の中心に立った今がようやく訪れた好機だった。多少横暴な形になったとしても、必ず実現させてみせる。人間にもレプリロイドにも、代わりはいないはずだから。
ただ、これが最後の仕事になるかもしれない。
エックスは、身体を覆うローブの胸元を、皺が付きそうなほど強く握った。
「嘘になってしまったら、どうか許してくれ」
そう呟いて、彼は静かに眠るファントムの額に口づけを落とした。指切りの歌の続きが何であったか、もう思い出せないでいた。
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