mishiadd
2024-08-16 09:31:42
21856文字
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宮本伊織の「薔薇」トリロジー:アンダー・ザ・ローズ

霊基異常で「砕かれる」直前の宮本伊織の状態に戻ってしまった星4セイバー宮本伊織を星5セイバーヤマトタケルがカルデア内で「神隠し」する話。剣伊気味の加速するぐっちゃぐちゃのクソデカ感情が出てきます。【!】アレルギー表記:軟禁
概念的表面「カルデア剣陣営は恋愛ができない」:https://privatter.me/page/66aa36059dcca
後日譚:https://privatter.me/page/66d2bde3c475d


八、



職員らの手によって長屋から救出されたイオリはひどく衰弱しており、数人がかりで体を抱えられながら意識も朦朧としていたが、譫言うわごとのように私の弁明を繰り返していたという。

曰く、

「過去の記憶をすべて失ってしまい、何も覚えていない。自分の名前以外何もわからないほどで、ここがどこなのか、なぜここにいるのか、自分が何者なのかもまったくわからない」

「セイバー・ヤマトタケルのことだけはかすかに覚えており、知人であることがわかったので内緒で世話をしてもらっていた」

「衰弱しているのだとすれば自分にサーヴァントの自覚がなかったためであり、セイバーは無関係である」

私の証言と矛盾しており、どちらかが嘘をついていることは誰の目にも明らかであった。しかし、この事件の被害者と目されるイオリがそう言い張る以上――彼らは、この件に関しての一切の調査を打ち切ることにした。







カルデアには謹慎室というものが存在する。

今では使われていないその部屋の鍵を借り受け、しばしの間そこで謹慎することにした。
今のノウム・カルデアのリソース状況を考えるなら霊基グラフに戻るべきであったのだろうが、私には自己を見つめ直す時間が必要だった。何よりも――イオリを、私から守らなければならなかった。
少し頭を冷やして――抹殺しなければならなかった。この、醜く爛れて肥大して、目も当てられない程に暴走した、私がイオリへと向けている感情のすべてを。

宮本伊織を、私という獣から守らなければならない。



薄暗く淀んだ空調に、硬い寝具ベッド。二つある二段ベッドのうちのひとつの下段に腰かけ、じっと冷たい床を見つめている。
そうしていると、不思議と何も考えずにいることができた。何も考えず、何も感じず。まるで、何もかもが遠い夢だったかのようにすら思えてくる。――そもそも、私がイオリと――宮本伊織と出逢ったこと自体が、なにかの――あの御山で傷を受けた私が最期に見た、夢のような夢だったかのように思えてくる。

ああそうだ、まるで夢のようだった、と今更ながらに思う。月の美しい夜だった。月光に照らされて、月下で私を見上げていた、あのときのきみ。



――あるいは、出逢ったこと自体が、間違いだったのかもしれなかった。



かちゃり、とドアノブの回る音がする。――鍵を、掛け忘れていたのだと知る。
忘れられた部屋だ。誰も訪ねてくる者などいない。この私自身に用のない限りは

ゆっくりと扉が開く。――鮮やかな青緑の着物に、しゃんとした美しい立ち姿。

身なりの整った、すっかり元通りのイオリが、そこに立っていた。



その姿に涙が滲む。思わず目を背ける。――ほら、やはり私はきみの傍にいない方がいいのだ。――わかっている。わかっているのに。

……どうしてここに来たのだ、イオリ。私がきみから離れるためにここにいるのだと、わかっているのだろう」

きみの姿を目にするだけで、私のすべてが甦るのだ。どうしようもなく。

そして、何もかもが元の木阿弥。頭を冷やせてなんていない。きみへの想いを殺せてなんていない。――きみと出逢ったこと自体が間違いだったとしても、それを正すことなどできやしない。できるわけがない。

「イオリ。ここから立ち去るのだ。――私に、これ以上きみを傷つけさせないで」
「おまえが俺を傷つけたいのなら、傷つけたらいい。俺は構わない」

イオリが、以前と同じ言葉を繰り返す。

「おまえの気の済むように、おまえの気の済むまで」
……傷つけたくないんだ」

ふ、と自嘲する。今更一体なにを虫のいいことを言っているのかと、自分でも思う。

「私は、きみを恨んでなどいないんだよ。――信じてもらえないかもしれないけれど」

イオリが、私の対面のベッドに腰かける。その、なんの感情も読み取れない端正な顔に、いつものイオリだと頭の片隅で思う。

「私はただ――ただ、きみが」

まるで、叱られるのを待つ童のような心持ちだった。イオリの顔を見ることもできず、足元に視線を落としたまま、言った。

「私はただ、きみが欲しかっただけなんだ。――ただ、きみのすべてが欲しかった。欲しくて欲しくてたまらなかった。
全部手に入れて、大切にしまい込んで、私だけのものにしてしまいたかった。どこにも逃がさないで、誰にも見せないで、ずっとずっと、永劫に――私だけのきみでいてほしかった。きみに、私だけを見ていてほしかった。
だから、これは『怒り』などではないのだ。怒りなんて立派なものじゃない。――もっと浅ましくて、もっと穢らわしくて、もっと――

――自分勝手で独善的な、おぞましい『欲望』。

「だから、きみは私に近づかないで。私は、きみの贖罪に値しない」
「セイバー」

イオリが、ベッドから立ち上がる。彼が真っ直ぐに歩いてきて、私の隣に座るのを、私はただ呆けて見ている。――彼が、一番大切なときに私の言うことを聞いてくれた試しがなかったことを、今更になって思う。
月夜の色をした瞳が、私を見ている。――真剣な、真摯な眼差しで。

「おまえが俺を欲しいと思うなら、おまえに全部あげるよ。もう、そう言ったよ」
「でもそれは、私がきみを恨んでいると、きみがそう思っていたからだろう。――そうじゃないんだよ。怒りならばいつか冷めるだろう。恨みならばいつか晴れるだろう。でも、私のこれはそうではない。――そんなものでは、ないんだ」

「イオリ、」と名を呼ぶ。――その、口にするだけで心が震える、狂おしいほどに愛しい名。

「私は――とっくに壊れてしまっているんだよ」
……セイバー」

イオリが、私の手を取る。イオリの、剣を握る大きな手。それが、まるで兄が弟にするように、友が友にするように、そっと気遣わしげに、私の手を握りこんだ。

「すまん。……俺には恐らく、おまえの言っていることがよく理解できていないのだと思う」
――だろうと思ったよ」
「でもおまえは、俺の言うことがわからなくても――俺の『気持ち』がわからなくても――おまえは、俺のところまで来てくれて、最期まで付き合ってくれただろう」

顔をあげる。イオリの――兄のように優しい、友のように穏やかな、柔らかい笑みとぶつかる。

「おまえの言うそれはきっと、おまえにとってはとても大切なことなのだろう。――だから俺も、たとえ俺にはわからなくても、最後までおまえに付き合うよ。
おまえが壊れるのなら、俺も一緒に壊れるよ。おまえが堕ちていくというのなら、俺も一緒にどこまででも堕ちていくよ」



――善悪も、清濁も、真贋も。

すべて曖昧なまま呑み込んで、受け入れてしまうのが彼だった。



謹慎室の扉の鍵を掛けていたかもろくに確かめなかった。
その日、初めて自我を失わずに彼を抱いた。少しも優しくはできなかった。それでも――彼の息遣いを、あえかな喘ぎを、身じろぎを、彼を欲する私を見る目を――初めて、この目にした。



――その、柔らかく細められた、私への兄のような慈愛に満ちた瞳に――ああ、このためにこそ私は狂ったのだと、悟る。



この、どこまでも欠けている、世にも美しく哀しい生き物は――決して私のものにはならない。私のところまでは堕ちてこない。ただ、隣に寄り添ってくれるだけ。――どこまでも綺麗なまま。



――であるならば。



私のこのおぞましい『欲望』もまた、永劫に満たされる筈はなく、であるならば私は、



永劫に、この身の裡を焦がして燃え上がる、彼へと向かうこの醜悪な感情のすべてから解放されることは、決してないのだろう。






永劫に彼に囚われている






――その、夢のような甘美なる永劫を想い――私はうっとりと、イオリの白い肩に犬歯を突き立てた。