mishiadd
2024-08-16 09:31:42
21856文字
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宮本伊織の「薔薇」トリロジー:アンダー・ザ・ローズ

霊基異常で「砕かれる」直前の宮本伊織の状態に戻ってしまった星4セイバー宮本伊織を星5セイバーヤマトタケルがカルデア内で「神隠し」する話。剣伊気味の加速するぐっちゃぐちゃのクソデカ感情が出てきます。【!】アレルギー表記:軟禁
概念的表面「カルデア剣陣営は恋愛ができない」:https://privatter.me/page/66aa36059dcca
後日譚:https://privatter.me/page/66d2bde3c475d


五、



イオリの前では、極力彼の見慣れた姿でいることにしていた。
それが私としても自然だと感じていたこともあるが、もしかしたらそれで――万が一 ――なにかのはずみで――それがきっかけとなって、イオリが儀のことを思い出すこともあるかもしれないと、詮無い希望を抱いていたこともある。
そしてなにより私自身、その姿でいることで、彼との想い出に縋ろうとしていたのかもしれなかった。たとえその左手にもはや令呪がなくとも、あの頃の姿のまま、イオリとふたりで並び立っていれば、あの日々の続きの夢が見られる気がしていた。

――であるならば。

私の――神格としての姿を彼の前に顕すことは、あの甘やかで優しく、我欲の入り込む余地などなかったあの美しい日々との訣別であり――イオリに「そう」と知らしめる行為そのものであるのかもしれなかった。







イオリに手ずから食事を与える行為にも慣れたもので、イオリとしても嚥下したあとに咳き込むようなことはほとんどなくなった。やはり彼は覚えがいい
箸であったり、手であったり、あるいは口移しであっても、すべてを従順に赤さのちらつく口の中へと迎え入れ、咀嚼して飲み込む。少し意地悪をして口許から箸を離してやると、畳に手をついてやや身を乗り出して、まるで猫かなにかのように口を開けてねだる。無意識の仕草なのだろうが、ひどくいじらしく見えて愛おしさを覚える。

御御御付を口移しで飲ませてやると、合わせた口の隙間から少しずつ流し込まれる汁を上手に口腔内で受け止め、こくり、こくりと器用に飲み下していた。口を離した拍子にイオリの口の端からわずかに液体が伝ったので、親指で拭ってやる。御御御付の汁とも、互いの唾液とも知れなかった。

食堂から貰ってきた梅の握り飯を手に取り、イオリの口許へ持っていく。慣れた、とはいえ食べやすい形状であればその方がいいようで、イオリがほっとしたような顔をする。私が差し出した握り飯を咥えようと、イオリが口を開けたときだった。ふ、とせせら笑うように、私は言った。

「まるで真逆だな、イオリ。――本来ならば、きみが私に供え物をするところを」

……?」とイオリが口を閉じ、訝しげに私を見る。その目に畏怖の色を見たくて、私は続ける。

「曲がりなりにも、私は『神』だからな。知らなかったか? ――まさか、あの鳥越神社に誰が祀られていたのか、知らぬきみではあるまい」

――あるいは、イオリが私を見る理由を――彼が私に釘付けになってくれる理由を、ただのひとつでも増やしたかったのか。

「私は神で、きみは人だ。――私がきみを欲したのなら、逃げられるなどとはゆめゆめ思わぬことだよ。イオリ」

握り飯をイオリに差し出したまま、じわじわと――イオリの目の前で再臨を果たす。編んでいた髪がほどけ、身にまとっていた衣装が変じる。ビリビリと稲妻のように迸る神気も隠す気は毛頭ない。
気配が、姿が、すべてが変化した私を、イオリがわずかばかり目を見開いて見ていた。――圧倒的な力の差。存在の差。武力の差。支配しようとすれば容易にそうできるのだという、その誇示。
その左手に令呪のない今となっては、イオリに私を拒む手段などなにひとつ残されていないのだという、その通告。



――もう、ここにいるのはあの頃の、彼のセイバーなどではないのだと。



イオリが、私の目を真っ直ぐに見つめる。それから、何事もなかったかのように、私の手から握り飯を喰らう。私の指の先についた米粒を舌の先でそっと舐めとり、再び私を見た。
すっと背筋を伸ばして、静かで穏やかで清廉な――敬虔な殉教者のような声で、言った。

「おまえが俺を欲するというのなら、全部おまえにやる。――俺のなにもかも、おまえの好きにしていいよ。セイバー」

言葉を失う。呆然としている私の目を真っ直ぐに見つめたまま、イオリが優しい清らかな声で続けた。

「おまえが俺を閉じ込めたいのならそうしていい。おまえが俺を壊したいのならそうしていい。――おまえにはその権利があるし、おまえにそうされるのなら、俺は構わないよ」
「イオリ。――イオリ」
「すべて、おまえの気の済むように。――おまえになら、何をされてもいいよ」

――イオリは聡く、理解が早い
きっと、周囲や私からもたらされる断片的な情報を搔き集めた結果、状況を理解するに至ってしまったのだ。そしてきっとその内容は、大して間違っていない。
その上で彼なりの結論に至ってしまった。――『贖罪』という結論に。



違うのだと、そうではないのだと、言うべきなのだろう。きみにそんなものは求めていない、あの夜が間違いだったなどと今でも私は思っていないと。



――それでも。



この機をみすみす逃せるような正気など私はとうに失ってしまったのだ
ここにあるのは狂気だけ。狂おしい欲望と、おぞましい執念だけ。――どんな手を使ってでもイオリが欲しいのだという、すべてを黒く塗りつぶして燃やし尽くす、この醜悪な衝動だけ。

神とも英雄とももはや呼べぬ、この激情だけ。

「イオリ」

イオリの手首を掴む。強く引き寄せると、イオリがわずかに体勢を崩しかけたがすぐに持ち直す。頬を打たれるとでも思ったのか、大人しくその場に胡坐をかいて背筋を伸ばしたまま、そっと両の目を閉じている。



――私自身、この感情の正体などわからない。もうずっと、わからないままでいる。

イオリが欲しい、ということだけはわかる。手に入れたい、囲い込みたい、閉じ込めて、永劫に私だけのものにしたい――それが、どういうことなのか、なにをすればそれが叶うのか、ずっとわからないままでいる。
ただ、ずっと――この、行く末もわからない、正体も分からない、昏く燃え上がるような欲望――出口を探して、彷徨い続けている。



――イオリ。……私が欲しいと言って」

イオリがうっすらと、濃い睫毛に縁どられた瞼を開ける。戸惑いと、単純に言われたことの理解ができなかったという顔で、私の顔を見る。

「イオリ。もし私にすまないと思うのなら、きみのすべてを私にくれると言うのなら、私が欲しいと言ってくれ」
「セイバー……?」



――ああきっと、この私はとうの昔に壊れている。



「『おまえが欲しい』と言って、イオリ。ただ、その一言だけでいい」
……あ」

戸惑いがちにイオリが私の顔を見て、それから考えを巡らせるように明後日の方を見る。それからもう一度私の顔を見て、自分が何を言わされているのかまるでわかっていない顔で、言った。

「おまえが欲しいよ、セイバー。俺はおまえが欲しい



――もう、なんでもよかったのだ。

物事の真贋も、清濁も、善悪も。なにもかもがどうでもよく、そして私にはそれを判断する正気など、もはやどこにも残されていなかった。
無理に言わせたイオリの言葉に、身の裡を焦がす昏い焔がますます勢いを増すのを自覚する。乱暴にイオリの体を引き寄せ――そして、この手に掻き抱いた。



口移しの言い訳なしに吸いついたイオリの唇は、柔らかく、ほのかに梅の味がした。