mishiadd
2024-08-16 09:31:42
21856文字
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宮本伊織の「薔薇」トリロジー:アンダー・ザ・ローズ

霊基異常で「砕かれる」直前の宮本伊織の状態に戻ってしまった星4セイバー宮本伊織を星5セイバーヤマトタケルがカルデア内で「神隠し」する話。剣伊気味の加速するぐっちゃぐちゃのクソデカ感情が出てきます。【!】アレルギー表記:軟禁
概念的表面「カルデア剣陣営は恋愛ができない」:https://privatter.me/page/66aa36059dcca
後日譚:https://privatter.me/page/66d2bde3c475d


四、



私に言われるまでもなく、イオリは布団で寝ていることが多くなった。
私が所用を済ませて長屋に戻ると、布団に横臥してまどろんでいたらしいイオリがゆっくりと目を開ける。気だるげに上半身を起こして、「セイバー」と私を呼ぶ。

「今戻ったぞ、イオリ。よく休んでいたか?」

問いには答えず、イオリが私から目を離して明後日の方を向く。それすら許せず、私は畳の上に片膝を乗り上げてイオリの顎を掴む。苦しくない程度に軽く持ち上げて、その月夜の色の瞳を覗き込む。

――イオリ?」
「寝ていた。……ずっと眠っていたよ、セイバー」

ひどく平坦な、抑揚のないいらえに満足する。それから、イオリの髷が弛んでいるのを見つける。はらりとひと筋の癖毛がゆるやかに波打って肩にかかり、肩甲骨のあたりまで落ちているのを見る。
――いつもつんと取り澄まし、彼なりに美しく清潔に身なりを整えていたイオリの、髪が乱れている

そのひと筋を指先にとり、くるくると巻き取る。それでようやく自分の髷の状態に気付いたようで、「あ」とほんの少しだけイオリが恥じ入ったような顔をする。――その顔に、また悪いものが脊髄を駆けあがってくるのを自覚する。

「イオリ。きみは、しばらく外には出られない。四六時中ここで眠っているだけだし、そうしているべきだ。――であるならば、その髷は解いてしまってはどうだ。横になるのに邪魔であろう」
――これは」

ぼうっと、どこかまだ夢の中にいるようだったイオリが急に覚醒したように、私の顔を見る。わずかに抗議するような顔で言った。

「いや、だめだ。そうすれば、俺は本当にここから出られなくなってしまう。身なりを整えないということは、外に出る意志がないということだ」






――だからよいのではないか。






「そんなことはできない。――だから、セイバー」とイオリが嘆願するように私の目を見る。私に顎を掴まれたまま。――はは、と腹の底でせせら笑う。かつてイオリはいつもこうして私に要求を呑ませていたのだ。気に入らない相手との友諠も、無茶な作戦も。愛らしいことだ。――ああ、本当に愛らしい。

私が彼の言うことを聞いてくれない筈がないという、この揺るぎない信頼じしん――心地よく、他愛なく、そして――残酷なまでに、読み違えている

イオリの顎を掴んだまま、もう片方の手でイオリの髷に触れる。既に弛みきっていた赤い紐に指をかけ―― 一気に引き抜いた。

ぱさりと、イオリの長い髪の毛先が肩に散らばる。イオリの目がゆっくりと絶望に見開かれるのを見ながら、長い間結われて癖のついてしまった柔らかな癖毛に手櫛を通す。何度か梳いてやり、その豊かな栗毛の長い髪を背中側に流してやった。肩甲骨のあたりにかかった毛先を手櫛で梳いて整え、「ほら、楽になったであろう?」と耳元で囁いてやる。

「どうせ外には出ないのだから、袴も着物も脱いでしまったらどうだ? その方が横になりやすかろう」
……セイバー。――なぜ」

「うん?」とイオリに極力優しい声で返事をする。ふわふわと柔らかい癖毛のひと房を手に取り、気ままに弄んで口づける。かすかに鬢付け油の甘い香りがした。

「俺はいやだと――言ったのに」
「きみの髪は触り心地がいいな。こんなことならもっと早くに触れておけばよかった」

再び手櫛で梳く。指の間を流れる柔らかな癖毛にくすぐられる感触が心地よく、指を這わせてやがてイオリの頭部の毛に指を差し入れる。地肌から梳いてやると、するすると波打つ癖毛の長い髪が素直にまとまる。まるで人形遊びをするように、丹念に整えてやる。

私に言うことを聞いてもらえなかったことが余程堪えたらしいイオリが「……セイバー……」と弱々しい声で名を呼ぶ。――私も私だが、イオリもイオリだ。出逢った頃の私はこんなものだったではないか? ――いや、そんなことはないか。

あの頃の私だったら、イオリの髪にこんなふうに触れたりはしない。

「セイバー、なぜ」
「私がきみの要求を呑んでいたのは、あの頃はそれが唯一のやり方だと思っていたからだよ、イオリ」

イオリの言うことを聞いてやることが、イオリの要求に折れてやることが、あの頃の私の愛のかたちだった。
――イオリのあの顔で頼み込まれると、あの瞳で見つめられると、どうしても逆らえない。それは、ありていに言えば「惚れた弱み」というものであったのだろうし、そうしてイオリのやりたいようにやらせてやることが、イオリにとっての最善なのだと思っていた。それこそが、友として、サーヴァントとして、私が彼にしてやれる唯一のことなのだと。

それが間違いだったとは、今でも思っていない。――ただ。



随分健気ないいこにしていたものだと、我が事ながら嘲笑する。――あの頃の私は「宮本伊織」に余程入れ込んで現を抜かし、彼のこと以外を考える暇などなかったのだろう。――それこそ、私自身の願いのことすらも



イオリが私を覚えていないと言ったとき、私は二度目の死を迎えた。そして生き返った――



私は、私の欲を諦めない。――歪み、増殖し、反転し、昏く善くないものになり果てていたとしても。――私は、もう二度と、イオリを諦めない



「綺麗な髪だな、イオリ。――私はきみの髪が見てみたいと思った。ただそれだけだよ」
「セイバー……

イオリが私の目を見る。こちらの様子をじっと窺うような、観察するような、何百回、何千回と見た、すべてを見透かすような瞳。――透き通って剣呑な、美しく鋭い瞳。
なにも隠すことなどない。敢えてイオリにすべてをさらけ出すように、真っ直ぐにその瞳を見返す。口許に笑みすら浮かぶのを自覚する。どうあっても、イオリが私を見るというのは心地のよいものだ。うっとりとどこか遠くの夢を見るような瞳でも、優しい兄のような瞳でも、私を斬ってその屍を越え、その先にある月へと至るための試練を見るような瞳でも。
どんな瞳でも、イオリであれば心地よい。

やがてイオリがふっと私から目を逸らし、布団に視線を落とした。その拍子にさらりと肩を流れて前に落ちた波打つ癖毛のひと房を手でふわりとすくい上げて軽く揺らす。かすかに残る香油の甘い香りを気に入って、また弄んでは口許に近づける。

「セイバー。――わかったよ」

イオリが、ぽつりと言った。私を見て、私の頬に左手で触れた。――もはや令呪のないその左手
その手の甲がイオリの視界に入っていない筈がなかった。それでも、イオリの顔色は一切変わらなかった。身じろぎすらしない。

まるであのランサーの、聖女のように清廉で敬虔な顔で、イオリが言った。

「わかったよ。――おまえの、望む通りにするよ。――すべて」
……イオリ」

イオリの髪に触れる。手櫛で梳いて整え、赤い紐でひとつにまとめて束ねる。その毛先に口づけを落として、囁くように言った。

「では、ここで寝ておいで。――袴も着物も全部脱いでしまって、襦袢だけでおいで。きみはここから外に出る必要はないのだから
「わかった」

イオリがするりと袴を弛めて長い脚を抜き去り、鮮やかな青緑の着物も肩からすとんと落としてしまう。紺色の襦袢だけを身にまとった姿で、再び布団に横臥する。そこから私の顔を黙って見上げてくる。
その頭を軽く撫でてから、私は畳から降りて土間に立つ。「また、夕餉頃に来るからな」とだけ告げて、長屋を出る。