mishiadd
2024-08-16 09:31:42
21856文字
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宮本伊織の「薔薇」トリロジー:アンダー・ザ・ローズ

霊基異常で「砕かれる」直前の宮本伊織の状態に戻ってしまった星4セイバー宮本伊織を星5セイバーヤマトタケルがカルデア内で「神隠し」する話。剣伊気味の加速するぐっちゃぐちゃのクソデカ感情が出てきます。【!】アレルギー表記:軟禁
概念的表面「カルデア剣陣営は恋愛ができない」:https://privatter.me/page/66aa36059dcca
後日譚:https://privatter.me/page/66d2bde3c475d


三、



ものを食べさせる――という行為には、それだけで呪術的な意味がある。

かつてイザナミは黄泉戸喫よもつへぐいをしたために現世うつしよに戻れなくなり、ペルセポネは柘榴を食べて冥界に囚われた。
そうでなくとも、ものを食べさせるという行為は即ち、相手の内側に干渉するということだ。ひとつ食わせればそれは相手の臓腑に入り、血肉となって全身を巡る。朝餉と夕餉を食べさせればそれだけ相手の体はこちらが与えたものに置き換えられ――それをひと月も続ければ、相手の体はすっかり造り替えられてしまうだろう。

――そう、よくよく考えてみれば、盈月の儀を通して、この私の体はイオリに喰わされたものですっかり造り替えられてしまったのだ。それを一体イオリはどう思っていたのだろう。
米を炊き、私にねだられるままに御御御付を作り、膳を用意し――「よく食べる」とどこか満足げな顔をしていたイオリは、自分のしていたことにきちんと自覚があったのだろうか。
野良犬や野良猫に餌付けをするように――腹をすかせた動物を憐れむように、与えた餌にがっつく姿を愛でるように、軽い気持ちで私に喰わせ続け、その結果私がどうなったか。



――思い知ってほしい、という思いが、湧き上がる。







布団の中でまどろんでいるイオリに「朝餉ができたぞ」と告げると、目を幾度かしぱしぱと瞬いたのちに「……は?」と間の抜けた声をあげた。
ゆっくりと上半身を起こしてこちらを見遣るイオリに、準備した朝餉の膳を見せてやる。――白米、オミオツケ、香の物、焼いた鯵の干物。
どこか遠くの夢を見るようにうっとりとした瞼を大きく見開いて、「セイバー?」とイオリが改めて驚く。

「これは――どうしたことだ? おまえがこれを? 一体どうやって」
「カヤに習ったのだ」

嘘だ。本当はバレンタインの折に大変な思いをしてイオリ本人に習った。――だがきっと、握り飯の味の違いにも気付いていないイオリには違いなどわからない。

「今、きみは倒れていてまともな食事の準備はできないからな。その間だけでも私が代わってやろうということだ」
「それは――ありがたい、が――まさかおまえがそんな気を回してくれるとは」

喜びよりは戸惑いを露わにしたイオリに、私の機嫌が少しだけ損なわれるのを自覚する。ふん、と殊更に拗ねた調子で言ってやる。

「随分な言い草ではないか。私が気を遣うのはおかしいか?」
「いや――ただ、意外だっただけだ」

せっかく準備をしてくれた相手に失礼だった、とでも思い至ったのか、イオリが布団の上で胡坐をかいて背筋を伸ばす。すらりと美しい所作で頭を下げた。

「かたじけない、セイバー。では、心していただこう」
「そのようにかしこまるものでもないがな。――では」

箸で干物の身をほぐし、欠片をつまみ上げる。布団の上に座ったままのイオリの口許に持っていく。「……ん?」とイオリが訝しげな顔をして私の顔を見る。

「『ん?』ではない。口を開けよ」
「え? ――いや」

イオリが戸惑ったような顔で、違和感を訴える。

「飯を用意してくれたのはありがたいし、俺は不調ではあるようだが。……腕を怪我したわけではないのだ、自分で食える」
「だから?」
――『だから』?」

それっきり口を噤んだ私の顔を、イオリが見つめている。じわじわと、その顔に浮かぶ焦りのようなもの。――なにかがおかしいと、彼の本能が訴えている。

「セイバー、俺は」
「イオリ。……口を、開けて」

囁くように――噛んで含めるように告げると、イオリが恐る恐る口を開く。そのわずかな隙間に、鯵の身を捻じ込む。「噛んで」と告げると、イオリがゆっくりと――わけのわからないなりに、私の言う通りに噛み、そして飲み込んだ。
今度は白米を箸ですくい上げてイオリの口許へ持っていく。イオリが、「セイバー」と心許ないような小さな声で呼ぶが、聞こえないふりをした。

「イオリ、口を開けよ」
……

イオリが口を開ける。あまり血色のよくない、白みがかったピンク色の舌が覗く。口の中に米を捻じ込む際に白い前歯に箸が当たって、かちり、と硬い音がする。口を閉じてイオリが咀嚼するのを眺める。こくん、と飲み込むと同時に白い首に浮いた喉仏が上下するのが見える。
そうしたのち、今度こそ戸惑いを隠さない顔で、イオリが私の顔を見た。

「セイバー、気遣ってくれるのはありがたいが、俺は自分で食えるし、これでは朝餉を終えるのに四刻はかかってしまう」
「だから?」
「『だから』……?」
「四刻かかるなら四刻かかればよい。――イオリ」

箸を膳の上に置き、イオリとの間を詰める。わずかにイオリが身動ぎをし、反射的にうしろに下がろうとするのを胡坐の膝に乗り上げて押さえつける。――恐らくは私のただならぬ気配に反応して体が反射的に拒絶しようとしているのだろうに、イオリは私を疑えない。その、相反する心身の反応のエラーにつけ込んで―― 一気に距離を詰める。

「きみの食事はすべて私が持ってこよう。きみの食すものはすべて私が準備しよう。――きみが口にするものはすべて私が手ずから食べさせよう
……セイバー……?」
「だからきみは、私の手以外からものを食べてはいけない。たとえきみ自身の手であっても」

なぜ、とその月夜の色をした瞳が問う。なんのために、とその端正な顔が問う。それでも、イオリはそれらの言葉を口にしなかった。
ただ私の顔を見て、それから何かを察したように――「わかった」とだけ言った。

その答えにひどい充足感を覚え、口の端が笑みのかたちに歪むのを自覚する。

それから膳の上に目を遣り――そこに御御御付のお椀が載っているのを見つける。「ああ」と手を伸ばす。

「でもこれは、このままきみの口に運んでも、きみは零してしまうだろうな」
――……
「仕方がない」

御御御付のお椀のふちに口をつけ、少量の汁を口に含む。じわりと口の中に味噌の旨味が広がるのを感じながら、乗り上げたイオリの膝の上でわずかに背伸びをしてイオリの両頬を両の手で捉える。イオリの口に己の口を重ねると、イオリがすべてを察したように――おずおずと、なにかを諦めたようにわずかに口を開いた。その隙間から液体を流し込む。たった少しの量ではあったがイオリが飲み込むと同時に激しく咳き込んだ。けほ、という乾いた音と共にイオリの目尻に涙が滲む。

その姿にひどくなにかが満たされるのを感じた。決して善いものではない。はあ、とイオリが胸のあたりをさすり、なんとか呼吸を整えている。――じわじわと、昏い欲望が湧き出でるのを自覚する。

「さあ、イオリ。――まだこんなに残っている。早く食べねばすっかり冷めてしまうぞ」

再び箸をとり、香の物をとる。すると、イオリが私に言われる前に口を開いた。その姿に、そのちらりと赤さの覗くイオリの口の中に、ぞくぞくとした善くないものが脊髄を駆けあがるのを感じる。

「ああ、とても――きみはとてもいいこだ、イオリ――

うっとりと、熱に浮かされたような声で、私は言った。