mishiadd
2024-08-07 22:45:42
25650文字
Public
 

宮本伊織の「薔薇」トリロジー:薔薇の名前

現パロ。令和六年の盈月の儀。子供の頃に誘拐されて「女の子」として「躾け」られていた時期のある宮本伊織くん(14)に召喚されたセイバー。【!】アレルギー表記:モブ伊(未遂)、伊織くんの女装、セイバーの女装、剣陣営のキスシーン、伊織くんの精通シーン
※『宮本伊織の「薔薇」トリロジー』は完全な言い掛かりで伊織くんの幼少期トラウマを捏造するシリーズです


七、



What's in a name? That which we call a rose by any other name would smell as sweet.

名前に何があるものか。他になんと呼ばれようと、薔薇という名の花は変わらず甘く香るだろう



英語の授業で習ったシェイクスピアの一文が、脳裏をよぎる。
「未分化で――何者にもなれる我らはきっと、何者であってもよいのだ――と、セイバーが言った。







揃いの純白のワンピースを着た少女がふたり、夏の眩しい日射しの中に立っている。
白い大きなつばの麦わら帽子に、コットンのさらりとした生地。ノースリーブから伸びる腕は細く白く、まるで若木のようだった。

似たような背丈のふたりが手を繋いで歩いている。まるで双子のように見えたが、よく見ると体つきも顔つきも全く違い、肌の白さもタイプが違った。ただ、ふたりともそれぞれに整った愛らしい顔をしている。ひとりはおっとりとお淑やかな顔つきで、もうひとりは冷たく勝気そうな顔をしている。とても気が合うようには見えないが、それでもふたりでこそこそと耳打ちをしながら笑い合う姿はとても互いに似合って見えた。

「まあ、可愛らしいお嬢さんたち、お揃いでどこへいくの」

すれ違いざまに気のよさそうな初老の女性に声を掛けられ、大人しそうな顔の少女が驚いた顔をする。気の強そうな顔をした少女が、もうひとりの少女の手を繋いだまま振り向く。

「特にまだ決まっていないのだ。ご婦人、どこかお薦めの場所はあるか?」
「まあまあ、『ご婦人』だなんて。――そうね、そこのショッピングセンターの前に大きな噴水ができたわ。今日のような夏日にはいいんじゃないかしら」
「フンスイか! いいな、イオリ! そこにしよう」
――ええ」

『イオリ』が頷く。ふわふわした長い栗毛を揺らしながら、女性に頭を下げる。「行こう、セイバー」と声を掛け、手を繋いだまま歩き出す。
揃いの白い華奢なサンダルが、伸びやかな四本の脚の足元を飾っている。時折風に飛ばされそうになる帽子を手で押さえながら、白いスカートの裾をなびかせて走っていく。

「まあまあ、仲のいいこと」

ふたりの姿が見えなくなるまで目を細めて見送り、やがて彼女たちとは反対の方向へと初老女性も歩き出す。







ショッピングセンターの前には公園と呼んでも差し支えのない広い敷地が確保されており、その真ん中には巨大な噴水が建てられていた。
既に家族連れが何組か戯れており、幼稚園児くらいの兄弟がびっしょりと全身濡れそぼって水の中ではしゃいでいる。―― 十四歳で中学二年生、という己の年齢を考えて伊織は躊躇ったが、「ん」と目を眇めてこちらを見てきたセイバーに促される。伊織のお年頃の逡巡はお見通しのようで、伊織に有無を言わせぬよう真剣な顔を取り繕おうとはしていたが、その実口許が面白半分に弛んでいた。

伊織がサンダルを脱ぎ、幼児が入っても脛の半分にも満たないような浅瀬の池に足をつける。ひんやりとした水の心地よさに目を細めていると、横からぱしゃりと水を引っ掛けられる。驚いて見遣ると、とっくに池の奥まで入り込んでいたセイバーが噴水の水を両手に溜めてこちらに引っ掛けてきていた。なにを、と反射的に伊織も応戦し、足元から水をすくい上げてセイバーに浴びせかける。

「冷たっ! ――おい、髪が濡れたではないか!」

怒ったふりをしたセイバーの声がはしゃいでいる。お互いに水を掛け合って笑い合い、キャーーアア、と思わず甲高い声があがる。

「セイバー! 伊織ばかりに水を掛けないで、ずるいわ」
「なんの話だ、きみだってさっきからまったく遠慮なしではないか!」

ふたりでじゃれ合うように水を掛け合っているうちに、いつの間にか噴水の真下まで移動してきてしまったらしかった。ばしゃん、とまるでシャワーのようにまともに噴水の水を受けてしまい、セイバーが濡れねずみになる。伊織がそれを笑うと、意地の悪い顔をしたセイバーが伊織の手を引いた。同じように噴水の真下に引っ張り出された伊織も頭から水を受け、全身びしょびしょになる。
アハハ、と笑いながらふたりでもつれ合うように噴水から逃げ出して、日射しの下に出る。冷えきった肌が途端に温まるようだった。互いに向かい合って濡れそぼった姿を笑い合う。

すると、つんつん、と誰かに手を引かれたような気がして、伊織が見下ろす。先程まで水遊びをしていた幼い兄弟のうちのひとりが、名前の刺繍の入った小さなハンドタオルを差し出していた。

「ん?」と伊織が首を傾げると、子供が改めてハンドタオルを伊織に差し出す。「どうじょ」とどこか怒ったような、生真面目な顔で言った。

「あらら、すみません」

母親らしき女性が駆け寄ってくる。

「あら、お姉さんにハンカチ貸してあげるの?」
「どうじょ」

小さな手に突き出されたハンドタオルを伊織が受け取ると、子供がむくれたように頬を膨らませて俯いた。伊織から見える小さなうなじが真っ赤に燃えていた。

「あら……照れてる」

母親が口許を押さえる。恐らくからかいそうになるのを慌てて自重したのだった。

「あの――ありがとう」

伊織が礼を言うと、ますます背中をまるめて俯いた子供がそのまま母親の手をぐいぐい引いて離れていく。「あの、これ」と伊織が慌ててハンドタオルを掲げると、苦笑しながら振り向いた母親が「ご迷惑でないなら貰ってください」とひそひそと言った。ふふ、と眉尻を下げて含み笑いをする。「親ばかですみませんが、かっこつけさせてあげてください」。

呆然と手の中のハンドタオルを見つめていた伊織の肩を、ぽん、とセイバーが叩く。ふっふっふ、と意地の悪い目をして笑う。

「きみはモテるな、イオリ」
――そうかしら」

ふふ、と伊織も苦笑する。







夏の日射しであっという間にすっかり乾いてしまったコットンのワンピースを風になびかせながら、ショッピングセンターの前に停まっていたキッチンカーに立ち寄る。味違いのソフトクリームをひとつずつ買い、齧るように舐めながらベンチに並んで腰掛ける。
噴水のまわりで遊んでいる家族連れや犬、買い物のためか足早に建物の中に入っていく女性会社員。空は青く、入道雲が出始めていた。夕方になれば夕立――もしくはゲリラ豪雨――が降るかもしれない。

「イオリ」

周囲を眺めていた伊織にセイバーが声を掛ける。見遣ると、ん、とセイバーが伊織の持っているソフトクリームを顎でしゃくった。
伊織がソフトクリームをセイバーの口許まで持っていく。そのまま、セイバーが遠慮もなく大きな一口を頬張る。口の周りを汚したまま、セイバーが伊織の口許に自分のソフトクリームを持っていく。セイバーよりは遠慮がちに、ちろりと伊織が舐める。おいしい、と目で示す。

「なあ、イオリ」
「うん?」
――今日は、楽しかったか?」

伊織がセイバーの目を見る。ふ、と目を細めて笑い、セイバーの口の周りを自分の指先で拭う。それから、ゆっくりと頷いた。

「ええ」
「きみの中の『少女』は、満足したか?」
――……

伊織が周囲を見遣る。戯れる子供と犬を眺めながら、言った。

――結局これがなんなのか、伊織にはわからない。セイバーはこれは『武器』じゃないって言ったけど――

伊織が自分の手のひらを見下ろす。剣道の、竹刀を握る剣だこのついた、少年の手

「なら、今こうしている伊織はなのかしら。――いつもの自分を偽っているわけでは決してないの。でも、今こうしている伊織も、自分を偽っているわけではないの。今、伊織はこの格好をしていることが自然だし、こういう話し方をしていることが自然なの。
――でも、この伊織でいたときはいつも悪いことが起こったから」
「それは、きみのせいではない。決して、きみのせいではないのだ。――実際、今日はなにも起こらなかったろう」
「セイバーが一緒にいたからかもね」

伊織が笑い、それから空を見上げた。高い、高い、抜けるような青い空だった。

「これが『武器』ではないのなら。これもの一部なら。――『薔薇の名前』――

英語の授業で習った、シェイクスピアの一文。――ロミオとジュリエット。

「無理に名前をつけなくても、いいのかもしれない。俺は俺なのだと。俺の中の『少女』もまた、俺だというのなら。『武器』では――忌むべき、罰するべきものではないのなら」
「イオリ」
彼女が生まれたきっかけは、きっと忌むべきものだったのだと思う。――でも、彼女は生まれてしまった。彼女はずっとここにいる。俺は――彼女を『武器』とすることで、切り離したかったのかもしれない。俺の記憶の中の忌むべきすべてを押し付けて、切り離すことで、なかったことにしたかったのかもしれない。あるいは、彼女を『武器』とすることで、彼女が生まれた意味を見い出したかったのかもしれない。そうすることで、俺自身の忌むべき記憶に意味を見い出したかったのかもしれない」
――イオリ」
「でも」

伊織が立ち上がる。くる、とその場で一回転をすると、柔らかくワンピースの裾がふわりと浮いた。

今日楽しかったから――この伊織も、楽しいって思ってもいいんだね。セイバー。
まるで普通のことみたいに、当たり前のことみたいに――ここにいても、いいんだね。セイバー」

セイバーが目を細める。まるで、なにかひどく愛らしい、眩しいものを見るような目だった。

……そうだよ、イオリ」

セイバーが立ち上がる。自身も揃いの白いワンピースを着たまま、伊織の左手を取る。
令呪の刻まれた手の甲に、まるでおとぎ話の王子様がするように、そっと恭しく口づけを落とした。

伊織がはにかむように微笑んだ。うっとりと感じ入るように目を閉じる。それから、どこか遠くの夢を見るような瞳を開いた。

「ああまるで、まどろむ少女の見る夢のよう――