mishiadd
2024-08-07 22:45:42
25650文字
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宮本伊織の「薔薇」トリロジー:薔薇の名前

現パロ。令和六年の盈月の儀。子供の頃に誘拐されて「女の子」として「躾け」られていた時期のある宮本伊織くん(14)に召喚されたセイバー。【!】アレルギー表記:モブ伊(未遂)、伊織くんの女装、セイバーの女装、剣陣営のキスシーン、伊織くんの精通シーン
※『宮本伊織の「薔薇」トリロジー』は完全な言い掛かりで伊織くんの幼少期トラウマを捏造するシリーズです


三、



伊織とセイバーが共同生活を送りながら、儀がゆるやかに進行していく。
都内の有名大学で留学生をしているアーチャー陣営と同盟関係を結んだり、どこぞの教会に身を寄せながら盈月を狙っているというランサー陣営と交戦したりしながらも、日常は繰り返される。
「いざというときに動きづらいから、短期留学生という名目でアーチャーを大学に通わせているよ」という鄭成功の助言に従い、親戚の伝手を頼んで――カヤの説得も大きかったようだ――名前を貸してもらい、「遠方から短期で預かっている子」としてセイバーを伊織と同じクラスに編入させることに成功した。
貸与された制服はセーラー服だったが、特に不満も違和感もなくセイバーは着こなしている。「いいのか?」と一応伊織は尋ねたが、「まあ潜入するのならこんなものだろう」とセイバーはこともなげに言った。

同じクラス、更に周囲の配慮で隣同士の席となった伊織とセイバーは、いとこ同士であると周囲に関係を偽った。早速噂好きの女子数名にセイバーが取り囲まれ、「宮本くんと仲いいの? 一緒に住んでるの? ――ねえ、もしかして付き合ってる?」と矢継ぎ早に質問された。セイバーが何か言う前に「お似合いのカップルだよね」と興奮気味に言われ、否定も肯定もできぬままでいるところに伊織が「購買に行こう」と助け船を出す。ふたりで連れ立って教室を出るところまで、「やっぱり宮本くんって彼女庇うタイプなんだ」「美男美女カップルで眼福」ときゃあきゃあ身勝手に盛り上がられてしまう。

廊下に出て、言い訳ではあったものの昼食の準備もしていなかったので本当に購買へと向かう道すがら、たまたま周囲に人の姿が消える。すると、セイバーが後頭部で手を組んで「ハハハ」と荒っぽい仕草で笑い声をあげた。

「安心したぞ、イオリ。――きみ、割といっぱしのチュウガクセイとやらをちゃんとやれているのだな! 思ったより馴染んでいるではないか」
「俺を一体なんだと思っているんだ」

心外そうに目を眇めてセイバーを見てから、「学校は好きだよ」とぽつりと言った。
「ふうん?」とセイバーが物珍しげな顔をする。己がマスターが何かを好きだというのは滅多に聞かないことだった。

「子供は、護られるべきものだ。ここにいる皆、カヤと――義妹と同じだよ。皆、平穏で安全な日常を護られて、幸福になるべきなんだ。大人が手を出していいものじゃない。手を出したら殺す
……イオリ?」
「子供を搾取する大人も、子供から奪おうとする大人も、子供を操ろうとする大人も、皆嫌いだ。地獄に堕としてやる」

ぴた、と伊織が足を止める。リノリウムの床を上履きのゴム底が擦っていたキュッという音が止まる。伊織がセイバーを見る。

「おまえもだよ、セイバー。おまえも子供だ――おまえを搾取した大人のことも、俺は憎むよ」
……イオリ……それは一体、なんのことだか――

セイバーの声が掠れる。しばし、視線がかち合う中、遠くから教師の「おーい、休み時間もうすぐ終わるぞ」という呑気な声が聞こえた。先に視線をはずしたのは伊織だった。

「はい、先生。購買で昼食を買ったらすぐ戻ります」
「急げよ宮本ー」

伊織がセイバーの手首を掴んで歩みを速める。掴まれた手首を見下ろしながら、セイバーは自分の鼓動が早まるのを感じる。――ひどく、頬が熱い。







伊織が「購買」と呼んでいた校舎内の小さな売店には、文房具の他に総菜パンがいくつか置かれていた。
大半は既に売れてしまっていたようだが、コロッケパンや焼きそばパンなどまだまだ充分惹かれる商品が残っている。

「イオリ、すごいなここは!」

一目で気に入ったらしいセイバーが歓声をあげ、販売員の中年女性がからからと笑う。「見ない顔だね、転校生?」との問いに、「そんなようなものです」とセイバーではなく伊織が答えた。

「俺はハムたまごパンにするが――セイバー、どうする?」
「私はこれとこれとこれとこれだ! あと、これも!」

残っている総菜パンすべてを一つずつ指さしたセイバーに販売員が笑う。「お嬢さん、そんなにお腹に入る?」とからかう。

「セイバー、そんな金はないぞ。せめて三つにしてくれ」
「ううーん、いや四つだ」
「ダメだ。もうひとつ諦めろ」
「イオリぃ」

情けない声でごねようとしたセイバーの手首をまた伊織が掴む。はっとしてセイバーが伊織を見遣ると、じっとこちらを見つめてくる視線とぶつかる。伊織が少しだけ小首を傾げて、わざと伊織の目線がセイバーの目線よりも下になるようにする。そのまま、じっと上目遣いに、うっとりと夢見るように重い瞼の、けぶるような濃い睫毛の合間から、セイバーを見上げてくる。

セイバーが思わず目を逸らして黙り込む。それを是と受け取った伊織が、けろりと姿勢を正して販売員に言った。

「では、これとこれとこれを。――残りは明日な、セイバー」
……ひとつ、訊いていいか?」
「うん?」

頬を順当に赤くしたセイバーが「はあ」と溜息をつきながら額を掻いている。腰に手を当てて立つ姿はあまり女生徒らしくはなかった。

「きみ、それ、やっぱりわかっていてわざとやっているんだよな?」
「それ、とは?」
「わかった、質問を変えよう」

伊織が販売員からビニール袋に入れたパンを受け取る。廊下を戻りながら、セイバーが言った。

「きみの『武器』は、なんのためにある?」
「無論、大人に対抗するためだ。悪い大人から子供の平穏を護るためにある。これが、無力な俺の刀みたいなものだよ」
「では、子供相手にはそれは使わないのだな?」
「使うものか! 使ったところでろくに効かないだろうし――使う意味もないだろう? こんなのに引っかかるのは大人だけだよ。しかも、子供を搾取しようとする悪趣味で邪悪な大人だけだ」
……うーん」

セイバーが伊織から目を逸らす。――ということは、完全にあれは無自覚なのだ。恐らく当人が自覚しているよりも、その仕草は彼の根底に沁み込んでしまっており――わずかにでも、相手を意のままに動かしたいと思ったとき、つい表層に出てきてしまう。――そして当人の自覚なしに、本当にその通りになってしまう。たとえそれが、相手に惣菜パンをたったひとつ諦めさせる程度の、些細なことでも。
そして残念ながら、『子供』は彼が思っているほどはっきりと、大人との境界線が白黒はっきりしているわけではない。――効果はあるのだ。大人相手にだろうと子供相手にだろうと。

だが、それはきっと伊織にとっては知りたくない現実だ。

……まあ、いいか」

柄にもなく伊織を甘やかしてしまっているような気がするが――本来であれば甘やかされるべきは自分の方だと、セイバーは思う――自分さえ伊織の多少の理不尽に耐えて我慢していれば、きっと伊織は護るべきものの境界線のはっきりした、彼にとっての住みやすい世界に住んでいられるのだ。

教室の戸を開けながら、伊織がセイバーに言う。

「パン、昼食まで預かっておくぞ」
「なんだきみ、私がハヤベンすることを警戒しているのか?」
「早弁――って、また妙な言葉だけ盈月から教わっているな……

ふたりで並んで席に着く。――国語の授業の始まりだった。