mishiadd
2024-08-07 22:45:42
25650文字
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宮本伊織の「薔薇」トリロジー:薔薇の名前

現パロ。令和六年の盈月の儀。子供の頃に誘拐されて「女の子」として「躾け」られていた時期のある宮本伊織くん(14)に召喚されたセイバー。【!】アレルギー表記:モブ伊(未遂)、伊織くんの女装、セイバーの女装、剣陣営のキスシーン、伊織くんの精通シーン
※『宮本伊織の「薔薇」トリロジー』は完全な言い掛かりで伊織くんの幼少期トラウマを捏造するシリーズです


二、



「今のきみはまだどちらにでもなれるのだよ」、というのが、その男のお気に入りの言葉だった。







盈月の儀、とやらに巻き込まれたらしいところまでは伊織も理解した。元から思考が柔軟で大抵のことは難なく受け入れて順応してしまう性質である。
とはいえ、急に伊織の『生活』が儀に置き換わってしまうわけではない。超常の存在に明日襲われようが他の陣営と明後日同盟を結ぼうが、学校を無断欠席すれば大騒ぎになるし、働かなければ飯は食えない。
飯が食えない、というのは儀のパートナーであるセイバーにとっても死活問題である。伊織の置かれた状況には一も二もなく理解を示し――まずは伊織の『日常』を最優先とすること、を是としてくれた。

朝食を終えたあと、登校準備を整えている伊織にセイバーが言いつける。

「きみがガッコウにいる間は霊体化して適当に周辺にいるから、何か異常があればすぐに呼ぶのだぞ」

それから、ふと言った。

「で、ガッコウが終わったらきみは何をするのだ? 働いて日銭を稼ぐのか」
「そうだ」

ぱら、と壁に唯一掛けられているカレンダーをめくりながら伊織が答える。アルバイト先の酒屋でノベルティとして作っているカレンダーで、富士山の写真の下に大きく店名が入っていた。
細かく予定が記入されているのを伊織の背中越しに眺めながら、セイバーが尋ねる。

「きみが言っていた配達の『アルバイト』か」
「ああ――いや、今日は違うな」

今日の日付をなぞりながら、伊織が答える。「今日は別だ。ついてくるのなら構わないが」。
んー、と大きく伸びをしながら半ば面倒そうにセイバーが答える。

「正直興味があるわけではまったくないのだが、目を離した隙にきみになにかあっても困るからな。――それに、きみは私の飯代を稼いでくるのだ。せいぜい付き合おう」
「別に貴殿の飯代というわけではないが、まあ半分はそうだな」
「だろう。そうでなければ困る。そのつもりでしっかり稼いできてくれなければな」

「バイト先には学校から直接向かうから」といって、学生鞄と部活用の鞄の他に、もうひとつ鞄を引っ張り出してくる。
布の掛かった箪笥からなにかしらを引っ張り出してぞんざいに詰め込むと、鞄を三つも背負った姿で玄関を出る。―― 一歩、外に踏み出すと共にセイバーが姿を消した。

ちら、と伊織が己の背後を見遣る。誰もいない。周囲を見回す。誰もいない。

「セイバー?」

密やかな声で尋ねたが、答える声はない。――途端に、なにもかもが夢だったかのような気持ちになってくる。

ゆるゆると首を左右に振り、伊織がいつもの通学路を歩き出した。眩い、爽やかな青の光に満ちた朝だった。







伊織が校門を出ると同時に、ゆらりと気配がする。横を見遣ると、セイバーが隣を歩いていた。白妙の出で立ちは多少は目立ったが、物珍しそうに向けられた周囲の目は「そういうファッションもあるかもね」とすぐに興味を失ったように方々へと向けられる。
「で、どこに向かうのだ、イオリ」とセイバーが尋ねる。

「言ってもわからないだろう――ここから少し歩いた住宅街だよ。アパートの一室だ」
「うん?」

わかったようなわかっていないような顔で頷き、そのままセイバーが伊織の歩調に合わせて歩き続ける。五ブロック程歩き続けると、少し鄙びた雰囲気のアパート群に辿り着く。
その中でも比較的新しく、築30年もののアパートを改築して気持ちばかりのオートロックを備えた棟の入り口に近づく。――と同時に、伊織が急に思い出したようにセイバーにひそりと告げた。

「姿、消してくれ」
「ん?」
「インターホンにカメラがついてる。貴殿が共にいることがバレる」
「あ? ああ、わかった」

声と同時にセイバーが姿を消す。それから、伊織がバイト先の相手を呼び出す。三十代くらいの男の声がすぐに出る。

『はい』
「伊織です」
『どうぞ』

ガラス張りの自動ドアが開く。
小さなエレベーターに乗って四階で降り、奥から二番目のドアの前でインターホンを押した。間もなくして、かちゃり、と中からドアが開いた。
「こんばんは。今日もよろしくお願いします」と伊織が折り目正しく挨拶をすると同時に、中へと引き入れられる。

部屋は、住居用の一室を改造したスタジオになっていた。

薔薇色の背景紙が壁一面に貼られ、大型のライトがいくつも設置されている。
部屋の中央にカメラがセットされており、その正面に深紅のソファが置かれていた。

それを見て、伊織が「今日は赤なんですね」と特に感銘を受けたわけでもない、ただ事実を確認するかのような無感動な口調で言った。長髪をオールバックにしてひとつに括り、几帳面に髭を整えた男が「そうだよ」と答える。

「さあ、早く準備をしておいで。時間は限られている。わかっているね、その髪をよくとかしておいで」
「はい」

慣れた様子でバスルームに入る。水音と共に三十分を過ごし、バスローブを身にまとって出てきた伊織の髪は濡れていた。男がその髪に触れる。ひと筋を指先ですくい上げ、くるくると絡ませる。伊織の、肩よりやや長い癖毛が、しとどに水に濡れて豊かなウェーブを描きながら、幼さの残るすっきりとした輪郭に張り付く。その髪を伝う水滴を男が指先で払う。ぴしゃ、と水が伊織の広い瞼に当たり、思わず顔を顰めて目を閉じる。

「もう少しきちんと拭いておいで。だらしがない」
「あなたが、これからオイルをつけるのでしょう」
「それにしたって濡れすぎだよ。一体何度これをやっているんだい」

伊織が、うっそりと含み笑いをするように目を細める。

「だって、あなたが好きでしょう。伊織の髪を拭くのが」

虚をつかれたように男が言葉を失い、それから肩を竦める。伊織の髪をタオルでうやうやしく挟むようにして水分を取り、それからオイルを取り出す。オレンジ・スイートとイランイランの香りのするオイルを手櫛で細かくつけると、伊織の癖毛からますます美しいウェーブが生まれてくるようだった。重い前髪の毛先が遊び、濃い睫毛の周辺を飾るように跳ねる。

「ほらご覧。こうしてみると、きみは本当に何者でもないようだよ。この国の子供のようでもあり、どこか遠い国の子供のようでもあり」

男が伊織を姿見の前に立たせる。伊織の背後から手を回し、バスローブの肩に豊かな栗毛のウェーブがかった髪を広げた。それから背後から顎を軽く掴んで持ち上げる。自分の白い喉が鏡に映るのを、伊織が目を眇めて見る。

男のようでもあり女のようでもある。今のきみはまだどちらにでもなれるのだよ。きみのような、まだ未分化の、すべてを内包した子供はね」
――……
「さあ、着替えておいで」

伊織がバスルームに戻る。しばらくすると、学ランの肩に濡れたような艶の長い髪を下ろした姿で出てきた。手には真紅の薔薇柄のドレスを手にしている。

「そこのソファへ」
「いつもの通りに」
「そうだ。わかっているじゃないか」

伊織が、深紅のソファに腰かける。そのまま寝そべるようにしながら、目線だけをカメラに寄越す。「いい、いいね、いいよ」と男がシャッターを切り始める。
連続でフラッシュが焚かれる中、伊織がなんの指示もなく次々にポーズを変えていく。目線だけは決してカメラから外すことのないまま、長い髪を遊ばせたり、顎に手を触れたり、上半身を起こしたり、腰を捻ったり、まるで自分がレンズ越しにどのように見えているか、男の目を通してすべて把握しているかのようだった。
やがて、ソファの足元に置いていた真紅のドレスを片手で引っ張り上げる。ばさりと音を立てて薔薇の刺繍とレースを広げる。そのまま、半身だけをドレスが覆うように右肩に掛けた。右半分の髪は繊細なウェーブを描いて肩まで下ろしたまま、左半身の学ランが見えている側の髪の毛を左手で掻きあげ、まるで短髪のように見せかける。

「いい、いい、素晴らしい――それこそがきみの美だよ、伊織! きみは何者でもある! この世すべての美を内包した、僕のミューズ!」

フン、と伊織が冷たく鼻を鳴らしたことに、男は気付かなかった。
右半身に掛けていたドレスを引き寄せ、左半身の学ランをすべて覆い隠してしまう。けだるげに濡れた髪を掻きあげ、ふっと視線をカメラから外す。男が歓声を上げた。

「素晴らしい、素晴らしい――ああ、本当にきみは僕を飽きさせない! きみの中の少女が僕を捉えて離さない! ――伊織、きみもそうなのだろう? きみの中には『少女』がいる。――彼女は、解放を求めている。彼女は、表層へ出たがっている――そして、この僕を誘惑している――
「伊織は伊織です」

短く答えて伊織がソファから立ち上がる。肩に掛けていたドレスを手早く畳んでソファに放り投げ、しっとりと豊かなウェーブを描いていた髪の毛を両手で乱暴に掻きまぜる。するとあっという間にいつもの癖毛に戻る。それを無造作にひとつに括ると、すっかり元通りの姿になった。ただの、男子中学生の宮本伊織だ。

「さあ、これで二時間経ったでしょう。今日はここまでです」
――そうだね」

興奮で肩で息をしていた男が長い長い息を吐く。そうして呼吸を整えると、財布から一万円札を数枚取り出して伊織に手渡した。枚数を数え、「確かに」と伊織が学ランのポケットに無造作に突っ込む。

「次は水色でやるよ。テーマは『マーメイド』だ」
「夏らしいですね」

無感動に言い、伊織が鞄の中にドレスを詰め込んで部屋を出る。去り際、男を振り返って微笑んだ。「それでは、またよろしくお願いします」との言葉と共に、ドアを閉める。







伊織のアパートに戻ると共にセイバーが姿を現わす。と同時に、素っ頓狂な声をあげた。

「一体あれは何だ!? ――なんだったのだ一体!?」
「『撮影』だよ。盈月は貴殿に教えてくれなかったか」
「そんなことはわかっている! ――あの男はなんなのだ!? きみ、なにかいかがわしいことをされていたのではないのか」
「なにを言っている。ずっと張り付いてその場で見ていたのだろう。俺はなにもされていない。せいぜい髪を触られて、写真を撮られただけだ。肌も出していない」
――それは――そうだが――

ううん、と納得できかねる様子でセイバーが両のこめかみに指先を当てている。
伊織が鞄からあの真紅のドレスを引っ張り出した。丁寧に広げてハンガーにかけ、箪笥に戻す前に部屋干しをする。なにもない殺風景な部屋の壁に、目に鮮やかな豪奢なドレスが不釣り合いに引っ掛けられている。
レースの皺を事務的に伸ばしながら、伊織が言った。

「『芸術』だそうだ。――俺にはよくわからん。だが、金になる」
「なんだかよくわからないのだが――あまりよい金の稼ぎ方には思えないのだが」
「なんでもいいだろう。使える武器はなんでも使うべきだ。――これは、俺が持っている唯一の武器だ。貴殿だって昨晩言ったろう。何かできないのか、と。これが俺にできることだよ」
「『武器』……
「武器だよ。――これなら、大人を思い通りに操れるんだ。俺が、大人に対抗できる唯一の手段だ」

そう告げた伊織の端正な幼い横顔に、セイバーの顔が曇る。「イオリ」と呟いた声に「ん?」と伊織が顔を向けたが、セイバーはそれ以上言葉を継ぐことができなかった。