mishiadd
2024-08-07 22:45:42
25650文字
Public
 

宮本伊織の「薔薇」トリロジー:薔薇の名前

現パロ。令和六年の盈月の儀。子供の頃に誘拐されて「女の子」として「躾け」られていた時期のある宮本伊織くん(14)に召喚されたセイバー。【!】アレルギー表記:モブ伊(未遂)、伊織くんの女装、セイバーの女装、剣陣営のキスシーン、伊織くんの精通シーン
※『宮本伊織の「薔薇」トリロジー』は完全な言い掛かりで伊織くんの幼少期トラウマを捏造するシリーズです

一、



神隠しに遭ったことがある。

無論、隠語だ。この令和の時代に神隠しなど起こるわけがない。今から8年前の平成28年に起こった事件だ。当時6歳だった宮本伊織くんが、養父が目を離した隙に何者かに連れ去られた。
養父はすぐに捜索届を出し、自身も毎日ビラを配り歩き、知人に頭を下げて人探しのポスターを貼らせてもらっては、方々に出向いて幼子を探し続けた。

伊織が養父の元に戻ってきたのはそれから三ヶ月後のことだった。

健康状態は良好で、体を検分したが特に傷や痣らしいものも見当たらなかった。
どんなところにいたのか、誰といたのか、どんな暮らしをしていたのかを警察官が尋ねたが、健忘があるようで、普段の伊織に比してひどく曖昧な受け答えしかできなかった。
ただ、どうやら大人たちが危惧していたような酷い目には遭わずにすんだらしい――と養父が胸を撫でおろしたのも束の間。



まもなくして、伊織の言動に変化が現れる。



おととさま、きょうは、いおりはきれいなおべべをきなくていいの」

教えた覚えのない言葉、脈絡のない質問。養父は戦慄し、しゃがみ込んで伊織と目を合わせて尋ねた。

「伊織。……伊織は、きれいなおべべを着ていたのか?」
「あい。まいにち、あかいふりそでのおきものや、きらきらしたみずいろのドレスをきておりました」
「そうか。誰に着せてもらっていたんだ?」
おととさまです。おととさまとはちがうおととさまです。そして、まいにち、かみをゆってもらいました」
「そうか。他には何かしてもらったか?」
「いおりは、ほんとうはおんなのこなのだとおしえてもらいました。そして、りっぱなおんなのこになれるよう、いろいろおそわりました」

――犯人の目的はわからなかった。
実際のところ目的などというものはなくて、ただ気まぐれに伊織を捕まえて――まるで夏休みに子供が昆虫採集をするように――ただ気まぐれに伊織をそのようにしてみよう、と思っただけなのかもしれない。それこそ、子供が虫かごに捕らえた蝶の翅を、面白半分でむしってみるように。

体の表面に傷や痣はなかったように見えた。――ただ、目に見えないところで、伊織は確かに創り変えられてしまったのだ。

「おととさま」、と養父の膝の上に伊織が乗り上がってくる。養父の目を見つめ、小さな唇をちょんと尖らせる。愛くるしく小首を傾げてみせる。――コケティッシュに大人の男にキスをねだる仕草

養父はそっと膝の上から伊織を降ろし、大きな手で伊織の頭を撫でた。教わった通りにした筈なのに、教わった報酬を与えられず、伊織が困惑した顔をしている。

「伊織。――少しずつ、学び直せばよい。おまえは賢い。いずれは、己の道を選び取るだろう」
「おととさま?」
「師匠、と呼びなさい、伊織。儂のことは、師匠、と」
「ししょう」

うん、と養父が再び伊織の頭を撫でる。優しいその手に、伊織はくすぐったさを覚えて笑う。



――やがて、養父はこの世を去る。伊織が13歳のときだった。



養父が生前に話をつけてくれていた親戚の伝手を頼ることもできたが、伊織はこれを断る。養父の残してくれた遺産と、新聞配達などのアルバイトをこなしながら、親戚に名前を借りて都内に小さなアパートを見つけた。親戚――今や義妹が養女となった、その親戚――の邸宅から程近い物件、というのが条件だった。
伊織とは別の私立中学校に通う妹が、勉強や部活の合間をぬって毎日のように訪ねてきてくれる中、伊織はといえば日中は公立中学校に通う二年生として勉学と部活動――剣道部――に励み、早朝は新聞配達、土日は近隣の商店街の生き残りのような酒屋で配達アルバイトのようなものをさせてもらい、日々を過ごしていた。

そんな折、伊織に転機が訪れる。

夜の配達バイトをこなして日払いの給料を貰い、アパートへと帰る道すがらだった。
急に何者かに襲われ、武器らしいものも手にしていなかった伊織は咄嗟に落ちていた木の棒で応戦したが当然どうにもならず、というか、何か明らかに超常的な存在に襲われており、更にその超常的な存在――巨大な鎧武者――をどうやら付き従えているらしい学ランを着込んだ女子中学生らしき少女が伊織になにがしかを問いかけ、質問の意味がわからず、あれよあれよとしている間に何かが来た

「察するに」、と来た。

――で、酷くぶっきらぼうでつっけんどんで悪態ばかりつきまくるどうやら同い年くらいの『セイバー』を名乗る恐らく男子――伊織の見る限り、これは剣を振るの手――の暴走をなんだかいつの間に左手に浮かび上がっていた痣を消費して制止したりなんだりしながら命からがら自分のアパートまで逃げ帰ってきた。

「きみ――その――なにか才はないのか? 剣とか、魔術とか」

どうやら想定していたより働かされたらしいセイバーが伊織に喚き散らす。むっとした伊織が言い返す。

「剣も魔術もそうほいほいできる人間がいてたまるものか。もしそれができる――なんといったか、『マスター』? ――を引き当てたのなら、その『サーヴァント』は随分な強運だよ。『マスター』ガチャ大当たりだ」
「ああ、そうかもな! おまけにきみは子供だ」
「なにか問題でも?」
「いいや、なにもない。大人の男で剣と魔術ができてついでに飯の炊けるマスターなどという高望みをするつもりはないし、そもそもマスターなど私には不要だからな。いなくなったらなったで私としてはやりやすい」
……竹刀でよければ振るうが」
「シナイ?」

怪訝そうな顔をしたセイバーを尻目に、とりあえず冷蔵庫から作り置きの麦茶のピッチャーを取り出す。伊織の許可なくアパートに上がりこんできたセイバーは、ぱたぱたと部屋を一周したのちに「なにもないな!」と感嘆した。

「きみ、その歳でこんな殺風景なところにひとりで住んでいるのか? 食事はどうしているのだ?」
「随分だな。一応食べているよ」
「肉付きがあまりよくないが」
「貴殿に言われたくはないな」

お互いに仁王立ちになって向かい合う。目線が似たようなところにあるのでまともに視線がかち合い、最初はむっとした顔でお互い睨み合っていたのだが、だんだん馬鹿馬鹿しくなってどちらからともなく噴き出してしまった。
伊織がピッチャーから麦茶を注ぎ、セイバーに手渡す。百円均一のプラコップを受け取ったセイバーはそれを一口で飲み干してしまい、自分の濡れた唇を舐めとりながら改めて部屋を見渡した。

「本当に何もないな。不安になるぞ」
「貴殿は先程から本当に発言に遠慮がないな。ここががらんどうだと何か貴殿に不都合でも」
「言ったではないか。これから我らは寝食を共にするのだ。――あの、ベッド? なるものが当世の寝具なのだろう。あそこに我らふたりで寝たのではな。いくらきみが小柄とはいえ」
……うん?」

伊織の部屋には、小さなシングルサイズのパイプベッドがひとつだけ置いてある。これから成長期にようやく差し掛かろうという中学生ひとりが寝るには充分なもので――今なんといった?

――寝るのか?」
「うむ?」
「貴殿。俺のベッドで寝るつもりなのか」
「他にどこで寝ろと?」
「え? いや――

そこの壁に寄りかかってとか、と口走りそうになり慌てて伊織が首を左右に振る。さすがに、こちら側から言い出すことではないだろう。慌てて言葉を選び直した。

「『サーヴァント』? とは、寝るものなのか」
「いや、必要ないが。――だが私は趣味で飯を食うのでな。趣味で寝たりもするぞ」
――で、その『趣味』のために俺のベッドを半分占拠したいと」
「どうせ余るのだろう? きみが大の大人で、狭苦しい煎餅布団に寝ているようなら私だって遠慮して無理は言わないが、きみは子供で小柄だしベッドには若干の余裕がある。まあ、若干だがな。
だいたい、きみは全然戦闘に貢献できないではないか。ここまで役立たずだと思わなかったぞ。であるならば、日々の戦闘に備えて私の方は少しでも多くの魔力を回復する必要がある。故に、私は居心地のよい寝床を所望する」
「んー……

ぽりぽりと癖毛を掻き混ぜ、伊織が困惑する。しかし結局考えること自体が面倒になったようで――そもそもいつの間にかセイバーがここに住むことまでは既定路線になっている――「わかったよ」と溜め息まじりに頷いた。

「で、他にご注文は」
「夕餉を所望するぞ! 何かないか」
――朝の残りの白米と、確か梅干しと惣菜がなんとか」
「おお!」

保温にしていた炊飯器を操作しながら、伊織がこれまた百円均一で購入した陶器の茶碗に飯を盛る。義妹が来たときのために購入した茶碗のためピンクの花柄だ。明日にでももうひとつセイバー用に買わなければ、と頭の片隅で思う。
物珍しげに冷蔵庫を開け閉めしていたセイバーが、ふと部屋の隅に目を遣る。「イオリ」と声をかける。

「そこは? ――箪笥? のような――布がかかっている」
「ああ」

特にセイバーが指さした方へは目もくれず、タッパーから惣菜を取り分けながら伊織がこともなげに言った。

「たまに使うんだ」
「ふうん」

しばしその布の掛かった箪笥を見つめていたセイバーは、やがて伊織が溶いてくれたインスタントの味噌汁の香りにすべての興味を奪われた。



――こうして、セイバーと伊織の、子供だけの共同生活が始まった。