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匣舟
2024-06-18 20:51:46
27049文字
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東リベ
東リべ短編まとめ
いままで書いたと〜りべ短編(〜10000字)のまとめです
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泡沫ヘブン
「怖くないのか?」
冷たい風が全身を震え上がらせているが、ふたりの繋いでいる手からは微かに暖かい温もりがあった。千冬は手を繋いでいる彼にそう問いかけると彼、千冬の反対側にいる武道は少し驚いた顔をしたと思いきや笑って怖くないよ。と言った。
千冬と武道がいるのは一歩、足を踏み出せば落ちてしまう断崖絶壁の崖。もう少しで夜明けになり、太陽が昇ってくるぐらいの時間帯で、辺りには人一人も見当たらない。まあこんな危ないところにこぞってくる来る人間など居ないだろうけども。風がびゅうびゅうと吹いている。もしかして風のせいで聞こえてなかったのかそれとも千冬の質問が悪かったのか武道は沈黙をしていたが、千冬の方を見て言葉を紡いだ。
「だって千冬と一緒だから。」
弱々しく笑ってみせる武道に千冬は泣きそうになった。武道の今の姿は見るに堪えないような姿で頬は痩せこけ、目の下にはくっきりと隈が刻まれている。彼はタイムリーパーとして幾度もなく同じ刻を繰り返し、本来ならば死ぬ運命に合う人々を救ってきた。
千冬が敬愛して止まない場地も武道に救われたひとりだったはずだった。そう、
だった
・・・
のだ。
武道の本来の目的は、未来で裏社会に君臨している東卍の内部抗争で死ぬ運命にあう中学生時代に彼の恋人だった橘日向を救う事が一番の目的であった。だけど彼は橘日向を救う過程で、タイムリープをしていき、人と関わるうちに彼女だけではなくより多くの人を救おうと決意してしまったのだ。
武道は正義感が強くて、お人好しだった。そんな彼をヒーローだと呼んだ人もいた。でもそれはその通りで彼は正しくヒーローだったのだ。彼の目的は橘日向の生存だ。だから彼は彼女を生存させるような未来を作れば良かったのに、彼は自分と関わった中で死ぬ運命にあう人々を救い始めたのだ。最初は八三抗争で死ぬ運命だった龍宮寺堅を。そして血のハロウィンで死ぬ運命だった千冬が敬愛して止まない場地圭介を。数々の人間の運命を捻じ曲げて彼はみんなが生存している未来を作り出そうとしていたのだ。
だけど、それが上手くいくはずもなく。日向を救ったかと思えば他の誰かが死んでゆき、他の誰かを救ったとしたら日向が死んでしまうという地獄のような展開が彼に降りかかりこうして仲間の死を忘れられないまま、こうなってしまったという訳だ。
武道がタイムリープをする度にあれほど仲良かった彼らとの関係はリセットされ、また一から関係を構築していかなければならない。しかし、千冬は本来ならば消えてゆくはずの記憶を保持していた。それは、千冬は武道のトリガーであったからだ。
本来なら消えてしまうような記憶も武道と握手をすることで所々ではあるが、脳に記憶が刷り込まれるようになっている。それが却って武道の心の救いになっているのだから千冬はこうして当たり前のように彼の隣にいて、相棒として手を握っているわけだ。
でも千冬は、こうして武道が弱っていく姿を見ることしか出来なくて結局なにも助けになれなかったなと思っている。いくら相棒としてそばにいても何も出来なかったのだ。橘日向が死んだ時、佐野万次郎が死んだ時、いやだ、いやだと泣きじゃくる武道を抱きしめながら、彼の震える手を握ることしか出来なかった自分の強く握った拳に爪がくい込んで血が滲み出ていたことを昨日のように憶えている。
「ちふゆ、もうやめたい。」
そう初めて本音を千冬に語った武道をタイムリープという地獄から解放してあげたくて、こうしてふたりで心中する為に崖に立っているわけだけども、こんな方法じゃなくて別の何か方法があったんじゃないかと思ってしまったが、隣にいる武道のこの世から早く去りたいとでも言うように清々しい顔をしているもんだから千冬は何も言えなくなってしまった。
ふたりで心中したところでこの世界はなにも変わらないだろう。それは千冬も武道も分かっている。ふたりが死んだとして、悲しんでくれるのは武道と千冬の両親ぐらいだろうとも。
なぜならば、今世ではふたりとも友達と呼べる者たちを作らなかったからだ。だから東卍との関わりは絶っているのはもちろん、溝中のメンツや、武道がタイムリープをする原点になった橘日向でさえふたりは関わっていない。
ほかとの関わりを絶ったのは、武道と同様に千冬も生きることに疲れたのだ。何度も武道の隣で身近にいた人たちの死を見てきたから。かつて一緒にいた人たちの大半の死を見てきてしまったし、記憶が曖昧な所がある千冬でも敬愛していた場地が死んだ時の状況とか、生ぬるい血が手にいっぱい張り付く気持ち悪いあの感覚も全部、ぜんぶ覚えているからタイムリープの記憶を全て保持している武道ならばもっと苦しんでいるのだろう。
「ちふゆ」
武道が千冬の名前を呼んだ。武道の瞳がこちらを見る。あんなに綺麗だった透き通った海のような武道の青い瞳は断崖絶壁の崖に打ち付ける波のように杜撰な黒に近い青に染まってしまっている。
もう彼、武道とこうして言葉を交わすのも、千冬、と名前を呼んで貰えるのも最後かもしれない。そう思った千冬は泣かないようになんだよ。と微笑んだ。そんな千冬を見た武道は一滴の涙を流しながら、オレの相棒がオマエで良かった。と笑った。
「なん
…
だよ
…
ッ、それ、」
もうそんなことを言われてしまったら千冬には泣くことを我慢することなどできなかった。腕で自分の目から溢れる涙を拭いても溢れるばかりだ。涙で視界がぼやけているけれど、武道がこちらを見て微笑んでいることは分かった。精一杯、ぼやける視界の中で彼の名前を呼んだ。どうした、千冬?と笑っている気がする。
自分はただ彼が苦しんでいる姿を隣で見続けることしかできなかった人間だから、まさか武道からそんなことを言われるなど思ってなかった。相棒などと呼んでいたくせにただ隣にいることしか出来ない自分がいつも腹立たしかった。千冬は武道のトリガーとしてそばにいることしか出来なかったのに、どうして武道はそんなことを言ってくれるのだろうか。もうすぐ死んでしまうから、餞別にでもそんな言葉を言ってくれたのだろうか。
もう一度、ぼやけた視界で武道を見てみると彼の瞳からは全く嘘を付いているようには見えないように感じた。武道が嘘なんてつくわけがなかった!と自分の頬をバチンと叩いた。武道は少しびっくりしていたけれど、もうすぐ死に近付いているのに泣く暇なんかあるか!ともう一度、自分を奮い立たせてなんとか泣き止む。
「オレも、オマエの相棒で居られて幸せだった。」
千冬がそう言った途端、今まで微笑んでいた武道も目に涙を浮かべて千冬のことを抱きしめた。ふたりは周りなんか気にせずに体の水分を出し尽くすように泣き始めた。
心中したらふたりは何になるんだろう。海の藻屑になって消えてしまうんだろうか。ずっとふたりで海の上を浮いているんだろうか。それとも、海に沈んでふたりぼっちになるんだろうか。
それでも一人ぼっちにならないなら別に千冬は良かった。武道とならどこへでも行ける気がしているからだ。だからもし、次の人生があるならばきっとふたりは一緒に居るだろうと心のどこかで確信をしている。武道と千冬はずっと一心同体だったから。
「ちふゆ、いこっか。」
「
…
ああ。」
ふたりは離れないようにと強く互いの手を握りしめて、寒い冬の海へとジャポン、と音を立てて沈んでいった。ふたりが沈んだ先にはもう、一瞬だけ水しぶきがたち、泡がぶくぶくとたった後に白波にかき消されてなにもなくなってしまった。まるで、最初からふたりがそこに飛び込んだことがなかったかのように。
武道と千冬、ふたりがいなくなってしまった世界で、彼らの両親以外の誰かがふたりの名前をポロッと口に出した。
「タケミッち
…
?」
「ちふゆ
…
?」
…
まあ、今更思い出しても、彼らを探し出したとしても遅い。ふたりはもう水の中へと沈んでしまった。数々の記憶とともに。
おわり
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