07.甘やかにとろける
そうだ、ケーキを食べよう。
何だか気だるい調子で帰り支度をしている最中、
三琴は天啓か何かでも受けたようにふと思い立った。
なんだかここのところ厄介ごとが続いていたし、疲れていたからかもしれない。
中間テストでめでたく学年一位を取ったわけだし。
自分で祝わなきゃ、誰も祝ってくれないしな。
そんな言い訳を誰にともなく心の中だけで思い浮かべるやいなや、彼女の手指はスカートのポケットから徐に携帯を取り出し、最寄りのケーキ屋を検索し始めていた。
そうして携帯の画面とにらめっこしながら辿り着いた先、様々な種類の洋菓子の並ぶショーケースの前に居た先客には見覚えがあった。
「
……あ」
「、?」
もしや、本当に天啓か何かだったか。
三琴がそんなことを考えているうちに思わず口から飛び出た声に振り向いた彼は、
三琴の姿を見てほんの少し目を丸くする。
「
……あ、えっと、転入生の」
「えーと
…あー、小西くん」
「ん
……平和島、だっけ」
「うん」
三琴はできるだけ素知らぬ素振りを心がけつつ、小西は軽く尋ねる調子で。
互いに名前を確認し合ったところで、クラスメイトではあるが別段よく話すわけでもない間柄特有の微妙にぎこちない空気が漂い、二人の顔はほぼ同時にショーケースの方へ向く。
しかし若干のいたたまれなさに苛まれながらも、両者とも気を遣わずにはいられない性分なのか、相手の様子を伺うようにぽつりぽつりと言葉を交わしあっていた。
「うーんと
……何買うの?」
「
……シュークリーム」
「
……そっか。好きなの?」
「まあ、結構」
「じゃあ、私もそれにしようかな。どれがおすすめ?」
「
……普通の、カスタードのやつ」
「おっけ」
いくつにしようかな、と小さく呟きながらちらりと横目に覗き見た小西の顔は、綺麗に並べられたシュークリーム達をどこかもの悲しげに眺めているように
三琴には思えた。
それもそうだ。
冷蔵庫から彼の知らない間に消えることはなくなったシュークリームをそれでもまだ買うのは、一言では名状しがたい、複雑な感情が彼に残されているからだろう。
「
………あのさ、もしよかったら、今からどっかで一緒に食べない?」
「え、」
「あーいや、用事あるなら全然いいんだけど」
息を吐くように、自然と口から滑りだしていた誘い文句に一瞬小西が戸惑いの色を見せたので、
三琴は慌てて自分でフォローを入れる。不審に思われていないだろうか。延々と続いているような感じがする沈黙に内心段々と焦り始める
三琴だったが、小西は少しの間だけ閉じていた口をなんてこともなく開いた。
「
……別に、何もない。どこで食う?」
「どこでもいいよ、強いて言うなら学校以外がいいかな。仕事来そうで嫌だ」
「なんだよ、それ」
そう言う小西の口端には微かに笑みが乗せられていて、釣られて
三琴もふわりと緊張を綻ばせた。
*
「
……で、テスト前に来る奴の多さって言ったらないよ。具体的にどんな問題が出されるかなんてわかったらまず私だってまったく苦労しないで済むし、そんなもん無理だって察してほしいね
……」
「ハハ、確かに。まぁ、藁にもすがりたい気持ちなんじゃね?」
「おい待て私を藁呼ばわりか」
「っと、わり、そんなんじゃねーって。でもこの間学年一位取ってたよな、やっぱ次のテスト前も忙しくなりそうじゃね?実は知ってるんじゃねーのか、って」
「うわあ、不吉なことをおっしゃる
……純粋に努力の結果だと認めてもらえれば嬉しいんだけどな」
「真面目に勉強してそうだもんな。毎日予習復習ー、とかしてんの?」
「いや、流石にそこまでではないけれどもさ。それなりに、だよ」
鮫川河川敷沿いにある休憩スペースのベンチに腰掛けながら、
三琴と小西はそれぞれシュークリーム片手にすっかり談笑していた。つい先程までのぎこちなさが嘘のようだ。柔らかな皮にかじりつき、溢れ出すカスタードクリームの甘さを堪能しているうちに、どんどん解けていってしまったらしい。気づけば
三琴も小西もまるで以前からそうであったように自然な空気の中、お互いの近況などを話し合っていた。
「というか、あまり多く来られると先生に見つかるかもしれないんで正直困るっていうなぁ
……」
「あー、なるほど
……。大丈夫なのか?」
「金銭のやりとりしてるとこさえ見られなければいいかなとは。言っても一件一件は大した額じゃないし、カツアゲでもないから多分なんとかなってくれると信じてる」
「意外と度胸あるんだな」
「何をおっしゃる、私なんてチキンそのものですよ。先生に怒られたら大人しくやめるし
……学校では」
「懲りてねーじゃん」
呆れたような調子で言う傍ら、小西は確かに穏やかに笑っている。
小西早紀が死んでから、今はまだひと月かふた月といったところだ。
おそらくは、まだ彼も周囲から遠巻きに扱われているところ。
三琴は自分が自ら人に声をかけに行くような性質をしていないことをわかってはいたが、クラスメイトでありながら今の今までそんな彼になんの接触もしなかったことについて、少し申し訳ないような気分がした。
それからやっぱりすごく優しい表情をするんだな、としみじみとした思いに浸っていると、ふと小西の顔に曇がかかった。
「でも、事情があるなら学校からも正式にバイト許可降りるんじゃねーの?わざわざそんな危ない橋渡らなくても、その
…ジュネスとか」
どうかしたのかと
三琴が聞くよりも先に紡ぎだされた言葉の最後には、明らかに詰まりがあった。表情を伺うまでもない。
隠そうとしていないわけでもないのだろうが、あるいはそこまで打ち解けてくれたのだろうか。だとしたら。
――否、そうでなかったとしても。
「
……確かにそうだけど、まぁ別に、ジュネスだけが働き口じゃないしね。あっちもあっちで働いたら楽しいのかもしれないけど、今やってることが、なんだかんだで結構いいかなって」
小西には延々と続いているような感じがしていたかもしれない、ほんの僅かの間を置いて、
三琴はなんてこともなく正直に自分の言葉を返した。
「
……そっか。まぁ、見つからないように頑張れよ」
「ん、ありがとー。小西くんも来ることがあったら特別に初回タダでいいよ」
「はは、サンキュ」
返ってきた表情が一寸前の穏やかな笑みとだいたい同じであったことを確認した後、
三琴は二つ目のシュークリームに手を付けた。
<了>
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