06.虚ろに幕引き
決戦の舞台は一段と広く大きく、あからさまに立派な扉が入り口である部屋を選んだ。巨大な水槽と青く色づいた霧には大変見覚えがあって、なんとも複雑な思いがする。
私はあくまでアメノサギリの前座でしかないつもりだったが、特捜隊メンバー達の弱点など手に取るようにわかっていた。ついでに言うと主人公、もとい、鳴上先輩が使えるペルソナの大体の弱点やスキル傾向も。伊達に寝不足になる程プレーしていない。弱点を突いてダウンさせるだけなら小手先のアイテムでも十分に可能なことだ。さらに弱点がなくとも状態異常・恐怖さえ決まればこちらには即死スキルがある。唯一懸念していたのは直斗くんだが、単純に戦力を削れば動ける者は即ちサポート一辺倒にならざるを得ない。ダメ押しにメギドラオンを挟むことで徐々にダメージを蓄積させてやれる。
なんというチート。なんという勝ち戦。あとは焦らずしっかりじっくり、詰めまで気を抜かずにいけばいい。私は逸る気持ちを適度に抑え込みつつ、襟元を正して自分の胸に呼びかける。手の中にはきちんとタロットカードが収まっていた。
「来て、
……『コトシロ』」
名前を口にすると共にカードごと手を握りこめば青い光が煌めいて、その異形が立ち現れる。水干に薄絹、巻子本、釣竿。濡れ羽色の長い髪。螺鈿細工の瞳。
ヒルコが今の姿
――コトシロになったのは、菜々子ちゃんのお見舞いに通い始めてから。そんなに前ではないけれど、かと言ってごく最近というわけでもない。しっかり使いこなせているかはさておき、おかげさまであちらの仲間達のペルソナが転生した時の例に漏れず能力は増しているし、めでたくマハンマオンもマハムドオンも使えるようになった。実に手っ取り早い。当たりさえすれば一発で戦闘不能。加えてコトシロはその名の通り、事代、託宣を司る神だという。神のお告げに通ずるところがある恩恵か、命中率もなかなかに高い。
「平和島、
……本当に、お前なのか
……?」
膝をつきながらも鳴上先輩はこちらを見据えて尋ねた。顔色が悪い。既に動けずにいる花村先輩も、千枝先輩も、雪子先輩も。完二くんも、りせちゃんも、直斗くんも、クマも。皆固唾を飲んで私に注目している。うろたえ悲痛の差した八つの表情、そうでなくとも嘘をつくのが苦手な私が一片の気まずさをも感じないというわけがなかったが、さりとて「いいえ本当は違います」などと言えたことか。
ペルソナの転生は覚悟のあかしだ。弱さを受け入れ、乗り越えた強い意志がもたらすもの。
役者が役者以上にはなれないのなら、取って代わってしまえばいい。
本当はここにいるはずのない存在、ならば私にもある意味『虚無』に同調する素質があるのではないか。
そう思い立ち心が決まってから、もう躊躇してはいられなかった。
シナリオは私の言葉を聞いてくれている。
「折角ご足労頂いて悪いんですけど、生憎、ご期待には添えなくて」
さて、このまま終わって霧に包まれたバッドエンドか、はたまたここから大逆転のグッドエンドか。
展開が後者ならば黄昏の羽根かコミュの絆の力か?いやでも、絆の力は真エンドにとっておくべきだろう。羽根はまだ発動していないように見えるが、まさか迷っているのだろうか?あるいはそもそもこの先の展開が前者なのだろうか?
だとすれば些か信じ難い気もするが、まぁそれはそれでいい。いずれにせよすべての責任の矛先は私となる。定められた運命の照準があの人から逸れればそれでいい。円満解決、万々歳。
そう思った。
「へぇ~、少し見ないうちにずいぶん変わったねぇ。それ、いつの間にそんな姿になったの?」
語調は間延びしているのに、明らかに嫌味を滲ませている、よく耳慣れた声が聞こえるまでは。
「僕に黙って勝手なことして、それなりの覚悟はできてるんだろうね。
三琴ちゃん」
*
ぞわ、と旋風が巻き起こった気がした。
「取り敢えず、僕の役目はここでおしまい。あとは待ってるからよろしくね」
――この広間に入る直前、そう言って先導を退いたはずの足立さんがゆっくりと扉の外から姿を現す。
「人の気も知らないで、ホンット何しでかしてくれてんだか」
俺たちよりも数歩だけ平和島に近づいたところで、足立さんは歩みを止めた。それからわざとらしいくらいに大きなため息が聞こえた後、ぱきんと何かが割れる音。馴染みがありすぎて耳に入った瞬間には何ら違和感がなかったが、次の一瞬、突如吹き出した禍々しい空気に思わず目を見張る。
気だるげな様子で頭を掻く足立さんの背後には、俺が手にした最初の力、イザナギに瓜二つの姿をしたペルソナが顕現していたのだ。
「何から何まで一人でぜーんぶ抱えて、聖人君子だとでも言われたいわけ?悪いけど君にそういうの頼んでないし、まずウソってことが見え見えなんだよね」
「だいたい、君って出来ないことには自覚あるくせに、自分がいかにも人の好さそうなキャラしてるとかって自覚はないでしょ。実際この子たちにだって全然信じ込ませられてないし、付け焼刃でどうにかなるわけないって思わなかった?だとしたら無自覚にも程があるって話だけど」
「あぁ、それとも何、むしろ自分を人質に僕をここまで引っ張ってくるための作戦だったとか?それならとんだ名女優だね、見事に引っかかっちゃったよ、ハハ
……」
「まぁ、この際それはどっちでもいいや。言っておくけど、初め一方的に話進めたのは君のほうだからね。今更『待った』とか聞かないよ」
「それにほら、『ウソつきはドロボウの始まり』って言うでしょ。僕これでも一応お巡りさんだし。不良少女を補導すんのもケーサツの仕事」
つらつらと悪言を捲したてる足立さんの顔は、俺たちからは見えない。
「、
……すみませんが、何のことだかおっしゃっている意味が」
「うっわ、この期に及んでまーだしらばっくれるつもり。君ってつくづく頑固だよねぇ。何企んでんだか知らないけど
…やっぱいっぺん、みっちり教え込んだ方が早いかな」
不意に肩口からこちらを振り向いて、足立さんが俺たちを見下ろしぶっきらぼうに呼びかける。
「何ボサッとしてんのさ。さっさと立ちなよ、加勢してあげる」
予想だにしなかったその一言に目を見開いたのは俺だけでなく、平和島も同じのようだった。
彼女の表情に一筋の困惑と焦燥が混じる。
「無意味です、そんなことをしても、別に貴方に良いことなんて」
「関係ないよ。僕がどう思うかなんて僕の勝手。ていうか君に責任押し付けたところで寝覚め悪いし、ガキに庇われるのも癪なんだよね。
だから君の言うことなんか聞いてやんない、君がどんな覚悟でここまでして、他にどんな手用意してようと、そんなの僕にとっちゃどうでもいい。全部丸ごと叩きのめすだけ」
「
………失礼ですけど、できるかもわからずに、大きなことを言いますね。
第一わかってるんですか、貴方がそうすることで、認めることになるんだと」
「いいから、ごちゃごちゃ言ってないで早く来たら?
……ねぇ、ところで、弱点は克服できた?」
「っ!?」
「ハハ、なーんてね。さっきまでのを見る限り一応どうにかマシにはなってんだろうけど、体力ないのは相変わらずだったりして」
「
…あたしら、完ッ全に蚊帳の外だね」
足立さんたちのやりとりをよそに素早くそれぞれの回復を済ませ、再び態勢を整えていく。そんなとき、ポツリと里中が呟いた。すると皆は誰からともなく一様に呆れ、それでいてどこかすっきりとした笑みを浮かべる。
そこには言葉こそなかったが、何だか胸のすく思いがした。程よく肩の力も抜けて、決意が今一度溢れてくる。
足立さんを連れてきたのはやっぱり正解だった。
互いが互いを思い、食い違って、でも向き合うことはやめない。
二人して独り善がりで、その実掛け替えのない存在で。
一人でもなんてことないという振りをしながら、相手のために辛酸をも飲んでみせる。
だからここまでくれば、きっと大丈夫だ。
そんな気がして、俺は手のひらに浮かんだカードを強く握り込んだ。
<了>
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.