佐藤
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P4 chapter10:落花流水

12月頃の話。一周回って締めくくり(全7話)


04.進め、息を潜めて

「あなたが手を貸してくれるなら、願ったり叶ったりです。こちらこそよろしくお願いします」

鳴上が答えを出したのは早かった。まるで選択肢など浮かんでいなかったかのように迷いも恐れもなく確かな声音に、彼自身を除くその場にいた全員――ほんの一瞬だが、足立でさえも――が目を丸くした。
ガタンと椅子から立ち上がり、テーブルに叩きつけるような勢いで手を付いて、花村が鳴上に食い下がる。

「おま……正気かよ!平和島の言ってたことがホントかウソかはまだわかんねーけど、どっちにしろこいつは限りなく黒にちけーんだぞ!?」
「こらこら、人聞き悪いこと言わないでよ~。ていうか、僕はただ三琴ちゃん探しで協力し合おうって言ってるだけで、君たちの言ってることに関してはまだなんにも認めちゃいないからね?」
「なっ……よっくも堂々と……!」

心外だと口を尖らせる足立の表情は特捜隊の面々にもよく見慣れた、どこか抜けていて頼りないような、刑事らしからぬ男と同じものだ。しかしその口から紡ぎ出された言葉には到底そんな気配を感じず、むしろわざとらしく小狡さが滲ませられている。
そんな煽りを受けて千枝は反射的に声を上げたが、やはり意にも介さないまま足立は飄々と次なる皮肉を謳い上げる。

「ま、仮に君たちが正しかったとして……例えばもし『今すぐ僕を犯罪者って認めさせて留置所にブチ込みたい!』とかって話なら、それはそれで別にいいよ。三琴ちゃんあれで結構突飛なことするから、そうこうしてるうちに何しでかすかわかんないけど」

世間話でもするかのように何の気もない語調。眉を下げ肩をすくめる男に集まった視線の色は様々だった。驚き、焦り、迷い――怒り。取り分け突き刺すように睨みの利いた完二の顔を見ると、足立はその威圧から自らを抱きしめ一歩身を引くような素振りをしてみせた。もっとも、もはやそれしきのことで彼が真に恐れていると信じる者はこの場におらず、未だ緊張は解けぬままだ。

「うわ、こっわ……。いくらなんでもそんなに凄まなくたっていいでしょ、さっきから言ってるじゃない。僕は三琴ちゃんを探し出したい、それだけだよ。何も企んじゃいないって」
「どーだかな。平和島見つけた途端、『何か』すんじゃねーのかよ」
「あのねぇ……。君たちはどんだけ僕を極悪人にしたいの?だいたいそんなことしたらそれこそ即おしまいじゃない、すぐそばに君たちって証人がいるわけだし。
実際そういう監視的な意味も含めてさ、僕が怪しいっていうなら君たちにとってもなおさら悪くない提案だと思うよ?」

足立がやれやれとため息を吐く。「さ、どうすんの」彼が小首を傾げて尋ねると少年少女はまずぐっと押し黙った。それから神妙な面持ちで互いに顔を見合わせ、今度は誰からともなく誰もが自然と彼らのリーダーに視線を向ける。
自らに集まった注目のそれぞれをしかと受け止め、頷いたのち、鳴上は改めて足立に向き直る。

「手を貸してください、足立さん。おそらくこの町の人間で平和島のことを一番よく知っているのはあなたで、俺たちだけではきっと平和島を見つけられない。だけどテレビの中を、まだ何があるかわからない領域を探索するのに長けているのはたぶん俺たちの方だ。
……そういう意図の取引、ですよね?」
「はは、さっすが悠くん。話が早いね、不本意だけどその通り。
じゃ、取引成立ってことで」
「センパイ、ホントにいいの?ていうか、三琴を見つけるためとはいえ、こっちこそ不本意なんだけど」

依然としてへらりと笑い軽い調子で口を叩く足立をりせがじとりと睨み、鳴上は苦笑いする。
しかしそれからすぐ後、鳴上が目配せしながら零した台詞に、足立はようやく――些か居心地が悪そうに――態度を崩した。

「まあまあ、抑えて。りせ、これは俺の個人的な考えだけど……足立さんは俺たちが思ってるより、ずっと真剣に考えてると思うよ。少なくとも平和島のことに関してはね」
……ちょっと、やめてくれない?
買い被りすぎだよ」



ゆらめく水面を映す光に目を落とし、少女はひたすらにぼんやりと佇んでいた。辺りはしんと静まり返り、彼女を除く人の気配はない。ただ深々と青い、何度も赴きつかの間のいとまを過ごして見慣れた世界に来たようである。しかし、ここがかの安息の場所とは似て非なる地であることを、彼女は確かに認識していた。

……ひっどいな、これは」

三琴は思わず苦笑する。ぐるりと四方を囲む形で立っているタワー型の水槽はすべて空っぽ。けれど元は生き物、あるいは少なくともそれなりの量の水は入っていたのであろう。割れて鋭く尖った硝子が、すぐ下の床に広がっている大きなしみが、かつての姿を薄らながら物語っている。
そのさらに外側、目の前の壁一面に広がる巨大なパノラマ式の水槽には大小様々の魚影が遊んでいたが、全てが白黒のグラデーションだけで完結している。じっと見ていると動きも一定で、どこか生気が感じられない。

(いつもの所……とはまた別なのか、あるいは……

これが今の私の心の有り様ってことなら、まぁ随分なものだ。自嘲するようにひとりごちて、三琴はやや深くため息を吐いた。この部屋に見覚えはないが、いつもの水族館だって内部をあちらこちらと歩き回ったのはもう随分前のことだ。それもあの時は足立と一緒だったので、一人で自由気ままに隅々まで探索したというわけではなく、絶対に違う場所だとも言い切れない。

……ひとまずは、ゆっくり、歩いてみようかな)

この先は何があるのか、どんなイベントが起きるのか。先日三琴が為した本来の流れを明らかに捩じ曲げる行動で、物語は確実に変化したはずである。しかしどの程度まで変わるのか、どこまで進むのか、具体的には何もわからない。
とは言えおそらくそう遠からず、どうにかして鳴上たちが自分を追ってくるのがお約束であろう。ならばそれまでに何か良い筋書きを練り上げる必要がある。
三琴はやや悩ましげに眉を顰めた後、くるりと身を翻して出入り口らしき扉へと歩を進めた。


<了>