佐藤
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P4 chapter10:落花流水

12月頃の話。一周回って締めくくり(全7話)


01.審判はいかに

自分は、無力だ。
特捜隊の面々も医師も看護婦も皆病室を出て行き、しんとした静けさがどこまでも続いて終わらない。ベッドに横たわる小さな身体はくったりと力が抜けていて、クマは自分の胸のあたりをぎゅっと締め付けられるような気持ちになった。

……ナナチャン」

苦しくて、切なくて、たまらずそれを吐き出した。返事をしてほしいだとか、そういう意図はまったくなく、ただなんともならない深い悲しみを少しだけでもこの身体の外に出したい。でなければ、きっと自分がぷちんと押しつぶされてしまいそう。そんな気がして名前を呼んだ。クマの他には誰も自ら言葉を発することができるもののいないその場所で、無機質な機械音は彼の意を汲むことなく淡白で規則的に流れている。

自分の世界で起きたことなのに。
自分がずっと過ごしてきた世界で、皆と一緒に進んできた世界のことで、大事な人がこんな目に遭っているのに。
それでも、何もわからない。

「ゴメン………クマ…………

頭の中がいっぱいになって、ぽつりと呟いた声は震えていた。

からり、とひどく遠慮がちな響きで開かれた扉に気づいて目を丸くしたのは、それからほんの一刻後のことである。

…………三琴、チャン………?」

呆気にとられて、部屋には入らず引き戸から手を離さずにその場で立ったままの影の名前を、確かめるように呼んだ。
すると「うん、」とごくあっさりとした肯定の声があって、それから困ったようなぎこちない笑いと、表情の割にはどこか落ち着いた瞳。
それらを耳にしあるいは目にしたクマは、何故だか一瞬だけふと自分の思い悩んでいたことをすっかり忘れられた。
しかしなんとも間の悪いことに、どうかしたのかと問いかけることまで忘れてしまい――
結果として三琴が次の言を紡ぎ始めたのは、彼が再び口を開くよりも先になる。

「あー、……大丈夫、っては言えないか、流石に。わかってるのに、私も今、思ったよりずっと苦しいしね。
…………けど、」

まだ、決まらないよ。

置き去りにされていった台詞は断片的に過ぎて、クマはまたも閉口した。



急ぎ呼びつけた医師に堂島を預けて、足立は再び生田目の病室へ駆けた。菜々子の息が失われ、生田目への憎しみが煽られている今、堂島だけでなく彼らもまた少なからず何をするかわからない。若く正義感に満ち溢れた年端もいかない少年少女は、時としていとも簡単に、潔いほど残酷に他者を断罪する。

もっとも、鳴上たちが生田目をどうしようと足立には実際どうでもよかった。
彼が気がかりにしていたのは専ら、医師を探して廊下を走っていた最中、ひどく見覚えのある体躯の影が視界の端をかすめそのまま曲がり角の先に消えていったことだ。

(冗談、キッツいよ……

見間違いかもしれない。あの子が走るところなんてほとんど見たことないし、そんなこと滅多にするとも思えない。もしかすると姿だけよく似た全然関係ない別の誰かだったのかもしれない。思い浮かぶ考えは全て生ぬるく、希望的な推測だ。ともすればそのまま思考を停止し放棄することをどこか望んでいる自分もいた。
だけど、いやに胸騒ぎがする。
良くない意味で逸る鼓動と荒がりかけた息を抑えつつ、ようやく扉に辿り着いて中の者たちに気付かれないようそっと手を添えたときである。
ほんの僅か開いていた隙間からあまりに聞き馴染んだ少女の声が足立の元へ漏れ出し、彼の胸により大きな重石を乗せたのは。

「それをしたら、全ておしまいになります」

遠巻きながら、薄暗がりながら、鳴上たちはみな扉側を向いておりその表情は真剣だ。
しかし彼らの視線を真っ直ぐに注がれている三琴の方はといえば、完全にこちらに背を向けており全く表情は窺い知れない。

一体、何を考えているんだ。

頭は急速に熱くなるのに、つま先は一気に冷え切っていく。そんな感覚だった。
しかしちょうど折良く後方から徐々に近付き聞こえてきた小走りな足音に意識を弾かれ、咄嗟に扉を開け放つだけのことはどうにか彼にもなし得たのであった。


<了>