佐藤
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P4 chapter10:落花流水

12月頃の話。一周回って締めくくり(全7話)


03.初めから始めましょう

「あたしたちの推理、間違ってたのかな」

白く霞みがかってひっそりとしたフードコートで、里中の零した呟きはどこか切なげに揺れている。
一言限りのそれに応える声はなく、ただ薄い靄に紛れ静かに飲み込まれた。

あの晩、淡々と語られた言葉を噛み砕くのもそこそこに、俺たちは平和島を追いかけた。
まさか、と思った。
信じられなかったのだ――たぶん、俺たちの誰もが。
でなければ、平和島の背中が視界から消えるまでに誰かしらの足が動いてもいいはずだった。
けれども俺たちは皆揃って唐突な宣告にひどく狼狽え、ともかくまずはもっと詳しい話を聞こうとようやく決断できた頃、彼女はもう病院の中のどこにもいなくて。
ついでに言うと平和島のことを探し回っているうちに、足立さんの姿も忽然と消えてしまい。
結局動揺を抑えきれないまま、明くる日いつもの場所に集まって――テレビの中に、俺たち以外の誰かが――平和島と思しき存在が確かにあるということだけがわかった。
それだけ、だった。

(本当に、平和島が)

脅迫状についての証言。テレビの中の気配。
状況証拠はばっちりだ。彼女は今、あの霧の中にいる。
………けれども、やはり。

「でも」

不意に、いつものどこか明るく繕われたものとは違う真っ直ぐで力強い声が、その場の空気を切り取るように発せられた。

……でも、私は今までのこと全部、三琴がただ楽しむためにやってたなんて……絶対ムリ。考えられないよ」

そう言って、りせはきゅっと表情を引き締めた。眼差しはしっかりと意思を持っていて固い。あまりに毅然とした振る舞いで思わずその場に緊張が走ったが、ほんの一瞬すればそれはむしろ心地よい安堵へと変わった。
ああ、そうだな、と張り詰めた呼吸を抜きながら一言返し、誰からともなく無言で見合わせたそれぞれの顔に否定の色は一つも無かった。
どうやら皆同じ気持ちらしい。

「ったく……やっぱヤメだ、ヤメ。こんなとこであーだこーだクダ巻いてても始んねッスよ。
こーなったらとっとと捕まえに行って、洗いざらい全部さらけさしてやろうぜ」

ニッと口角を上げて完二が意気込む。胸の前でぱしんと右拳を叩く軽快な音を響かせ、すっきりと潔い決意を宿した姿。つい先ほどまで辛気臭さに辟易していたものとは違っていかにも彼らしかった。
濃霧に掠れて消えてしまいそうだった灯火が今、再び燃え始めたかのように。俺もまた、りせや完二に倣ってきりりと居住まいを正してみせた。
とは言え――さて、実際にはまだいくつかの問題がある。

「けど、私たち、こうしてみると三琴ちゃんのこと全然知らない。勝手にわかってるつもりでいたのかも」
「聞き込みをするにしても、春の事件や不審人物についてはもはや新しい情報など出てきそうにありませんし……
かといって彼女の普段の様子を見るに、平和島さんのことをよく知っていそうな人というのもいまいち思い当たりません」
三琴チャンはあのミステリアスなとこがミリョクってコだけどこういうときには困りものクマね」

天城と直斗が苦々しく顔を顰めて言い、クマが眉をハの字にしながらそれに続いた。
これまでテレビの中を探索するにあたってそうしてきたように、失踪した人物に関する情報収集にはもちろん取り掛かっている。それこそ平和島が居なくなった日の翌日からすぐ、放課後になれば特捜隊の全員で街じゅうをくまなく聞き込みして回った。しかし、既に把握している「すべての事件の発端である最初の騒ぎ」や「それに関連する人物」についての情報では彼女の居場所を突き止められなかったし、肝心の彼女に関する情報に至ってはとんと出てこなかった。
正確に言えば、俺たちが知っている以上のことは誰も知らなかった。
平和島本人は否定していたが、あれだけの有名人にもかかわらず、だ。
多かれ少なかれ、彼女には潜在的にかなりの注目があったはずだから、それに付随して何かしら周囲の人間に気付かれることもあるのが自然だ。どこか思い悩んでいるふうだったとか、少し様子がおかしかったとか。
なのに、こと平和島三琴という人物においては、不思議なほど何の話も見当たらない。そして、そのことを不思議に思いながら、なぜか周囲の誰もが不干渉のままにいる。

……ずっと、一人だったのかもしれないな。平和島は」

彼女は常に、一枚の壁を隔てた向こうにいた。いかに薄く透明で見えないものであろうと、そこにはくっきりと明らかな境界が引かれていた。平和島自身が望んでいたのかどうかはわからないが、「必要以上に彼女に触れない」ということは、いつか暗黙に了解されたタブーだったのかもしれない。噂好きなこの街の人間が、誰かの隠された物事を知りたいと望む人々が、彼女に限っては「そういうもの」として敢えて触れずにいたのだとしたら。故意や悪意ではないにせよ、言わばそこに居ることだけが当然で、何ら介入しようともせず漫然と過ごしていたのだとしたら。

「クッソ……どうすりゃいいってんだよ」

わからなければ手も足も出ない。歯がゆさに苛立つ陽介の声を宥めてやれるほど現状に策を持つ者はまだこの場にいなかった。かくいう俺自身、ここからどう動くべきなのか考えあぐねるばかりなのだ。
いい意味でも悪い意味でも、彼女は誰とどこにいてもおかしくなく、それでいていつも一人きりだった。占いの常連客はいても頻繁に言葉を交わすような特定の友人はおらず、かといってクラスで浮いていたということもないようだ。
基本的には話しかければきちんと受け答えしてくれるのだが、商売柄というべきか、どちらかといえば聞き上手であり彼女も自分のことを積極的には話さないので、好感を持たれる一方いかんせん抱えているものが見えにくいのだろう。天城、完二、りせ、直斗――これまでテレビに映った人物よりは身近で親しみやすい存在なだけに、その秘密を覗こうとするのは逆に躊躇われたとも考えられる。
人当たりは悪くなくごくごく一般的で、とても近寄りがたいとは言えない。だからこそ、さらに先へと踏み込むような真似はしない。そうして一定の距離を保ったやり取りをしても、あくまで彼女の表面だけを掬って眺めているにすぎないのに。

本当のところ、いったい平和島は何を望んでいるのだろう。
その真意を少しでも探ることができたなら。

(あるいは、唯一、平和島と深く関わりあっていた人さえいれば)

……二手に分かれよう。りせとクマは引き続き平和島を探して、あとの皆でもう一度聞き込みに行く」

取りこぼした何かが見つかるかもしれない、と言っても当てはなかった。さりとて何もせずにいても始まらない。机で可能性を考えてばかりいるよりとにかく今は、俺たちにできる限りのことをやるしかない。
焦る気持ちを落ち着かせながら席を立った時、ふと霧の向こうで人の影が揺れた。

「ちょっと待ちなよ」

――投げかけられた一言に、びくりと一瞬肩が震えた。予想だにしない、けれど耳によく覚えのある声音。
それに気付いたのは俺だけでなく、その場にいた全員が声のした方に顔を向け固まっている。
すると人影は俺たちをおかしそうに笑った後徐々に近づき、ゆらりと揺れてかたちを明らかにしてくる。

「心配しなくたって別にいま君らをどうこうする気なんて無いさ。……僕だってあの子に言いたいことが山ほどあるんだ、見つけるまで手を組もうって言ってんの」

身構える俺たちの前に姿を現し、彼は――
足立さんは至極気だるそうに頭をかきながら取引を持ちかけた。


<了>