佐藤
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P4 chapter10:落花流水

12月頃の話。一周回って締めくくり(全7話)


05.この先、終点です

荒廃した水族館内の通路はあちらこちらへと曲がりくねり、散々続いたかと思えば突然行き止まりになることもしばしばのとんだ悪路だった。しかも階層をひとつひとつと上がるたびその程度は悪化して、徐々に暗さを増していく景色と重なりさながら先の見えない深海へと沈んでいるような錯覚を起こす。
ざわざわとシャドウ達の鳴き声が波音のように寄せては引いて、絶えず辺りに響いているが、何故か姿形は一向に見当たらなかった。

……なんだか、ヘンな感じ」

登っているのに降りている、騒がしいのに静まり返った、ちぐはぐな感覚。眉根を寄せながら何の気なしにりせがつぶやく。それに続いて一人、また一人と思い思いの言葉が連なり呼応する。

「シャドウに会わなくて済むのはいいけど、なんていうか、ちょっといつもと違うよね」
「ユキチャンのキモチ、クマもなんとなくわかる。おんなじテレビの中なのに、今までのトコとは全然別な匂いクマ。
落ち着くよーな、落ち着かないよーなで……、なんかムズムズしてきちゃったクマよ」
「取りあえず、今のところは至って穏やかなようですね。とはいえ、そう安易に気は抜けません」
「確かに、こう何もねーと逆に不審っつーか……ハァ。調子狂うよな」
三琴ちゃん、今頃どうしてるんだろ。何事もなければいいけど」
「里中先輩、何ネガってんスか。らしくねっスよ」

交わされる様々のやり取りをやや後ろに、足立は特に何を言うこともなく周囲を眺めながらゆっくりと歩いていた。当然といえば当然である。彼と彼らはあくまでも一時的な協力関係、それも10も年の離れた高校生達の輪に大の大人が割って入れるわけもない。もっとも、彼からすればそもそもさして興味も無いようで、単に小うるさい連中がいるなあとでも言いたげに少し眉尻を下げながら気だるげに先導を務めているだけなのだ。

しかしその一方でそんな足立に対してたった一人鳴上だけは、壁沿いにいくつも展示されたからっぽの水槽やそれらの割れて床に散らばった破片をじっくり見つめながら、ほとんど肩を並べるくらいの歩調でついてくる。普段テレビの中を探索するときの彼らにとってはリーダーが先陣を切るこの形が実際当たり前のものであるのだが、これが足立としてはどこか決まりが悪いようだった。

「君ってさ、ホントなんでこんなことしてんの?ぶっちゃけ、三琴ちゃんがどうなろうと君には知ったこっちゃないでしょ」

上に続く階段を辿り次の階へと足を踏み入れたとき、丁度真正面には巨大な水槽が設えてあった。モノトーンの大小様々な影が水の中でゆらゆらと当て所なく漂っている。
そんな景色をじっと見つめつつ、真横にいる鳴上にしか聞こえないような大きさで――けれどもはっきりとした言い草で、足立は独り言のように当て擦りをしてみせた。
すると鳴上もまたやはりその景色をじっと見つめながら、同じようにして言葉を返す。

……正直、わかりません。けど、少なくとも遊びのつもりじゃありません。
俺は真実が知りたいし、もし平和島が……俺と関わった人達が一人で何かを抱え込もうといるなら、もしそれを俺がどうにかできるなら、どうにかしたい。
理由なんて、それだけです」
…………あっそ」

面白くなさげに相槌を打つのが聞こえてすぐに鳴上はそろりと隣の様子を伺った。が、なんら変わった反応は得られない。

「ま、あんまり馬鹿なこと考えてなきゃいいけどね」

ただそう言う足立の瞳は水槽を見つめたままで、声音は呆れ返り――それから、底意地悪く笑っていた。



「会えるんじゃないかと、思っていました」

三方を青に囲まれ、赤い絨毯が張られた大きな広間、その中央。
ふわり、ふわりと空を浮かぶクラゲのような影に囲まれ佇む姿を見つめて三琴は言った。
するとウェーブがかったグレーの髪が微かに揺れ、白磁のような面差しと鮮やかな朱色の瞳が彼女の方へ向く。
二人の視線が真っ直ぐ交わった瞬間、イザナミは厳かに口を開いた。

「初めまして……でないことは、お分かりですね。『平和島三琴』さん」
……まあ、流れからして……たぶん、これで三度目ですかね」
「ええ、一度目は春、君がこの地へやって来た時。そして二度目はひと月と少し前、君が大衆の前に姿を示した時」

イザナミの口上を耳にするなり、既に浮かび上がってはいた二人の人物の記憶が、三琴の脳裏により濃く映し出された。稲羽市に来て最初に出会った人物である引っ越し屋と、成り行きで出場する羽目になったミスコンの後に声をかけてきた男子生徒。彼らに感じた既視感も違和感も、あながち間違いではなかったのだ。

「君はもともと、己が何者なのか……何を為し何を為さざるべき者か、理解していたのではないですか?
それが今やここに来て、自らを賭し役を変えようなどと……
何もしないなら放っておこうと思っていたのに、本当に滅茶苦茶なことをする」

重厚な言葉と共に注ぎこまれる朱色が、十月末の冷えた空気をフラッシュバックさせる。三琴は思わず唾を飲んだ。神に真名を知られてはいけない、というのがどこから来た知識だったか定かではないが、まさに名前を読まれんとしていたあの時、確かに不自然に動く気力を削がれていたのだ。もとよりああして自分に触れられるのが苦手なせいでもあるのだろうが、いま改めて思い返してもぞわりとうすら寒い心地がする。

「愚かな人の子、……否、ここでは人ですらない存在。君が望むことに、何の意味があると言うのです?」

ところが続いて付せられた明確な嘲りに対して、三琴は半ば自身も驚くほどに冷静だった。
――ああ、やっぱり、そうなんだなあ。
ようやく腑に落ちた感覚を十二分に噛み締め、納得した、と内心で一人呟いた後、彼女はゆるりと唇にささやかな笑みを浮かべる。

「不具の子として生まれて、すぐに流された神様……それがモチーフな時点で、今更と言いますか」

それは自らを皮肉るようでありながら、図らずも同時にイザナミへの意趣返しになっていた。

「私は、……そうですね。一言で言うなら好きになったキャラクターたちにはやっぱり皆、安らかで幸せに大団円を迎えてほしい。
それだけのことです」


<了>