佐藤
Public Fate
 
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Fate



4日目

雑司ヶ谷霊園は池袋駅東口から十五分程歩いた場所にある、都立霊園の一つである。
面積は10ヘクタール。およそ東京ドーム2個分超といったところ。
住宅地の中とあって閑静、かつケヤキや銀杏が多数植樹されていて比較的緑豊かな環境だ。
著名な人物の墓所が多くふらりと散策に訪れる者もおり、霊園でありながらある意味観光スポットとも言える。
園内の管理事務所では案内地図を入手でき、夏季にはご丁寧に日傘の貸し出しまでしているらしい。

「君の所も色んな人にお墓参りされてそうだよね」
『あぁ、全くだ。死んだ後に自分の墓標に拝まれようと落書きされようと、俺には等しくどうにもならんしどうでもいいが』

冴え渡る毒舌を聞きながら三琴は頬を掻き苦笑いした。確かに自分の死んだ後のことは既に自分には関わらない世間の話になるのだが、それにしたってさっぱりしているというか、割り切っているというか。飾り気なく物を言うアンデルセンはきっとつまらなそうな顔をしているのだろうと、薄曇りの空をそろりと見上げながら考える。
というのも三琴らがこうしてここに赴いた理由、目的たるものの気配が、いくら探してもとんと見つからなかったためだ。

『昨日、一昨日よりも幾分か”らしさ”はある……というだけだな。何のことはない、雰囲気だけのとんだ期待はずれだったか』
「ううん、面目ない……。この辺りでそれっぽい場所ってここしか思い当たらなくて」
『はぁ? お前が謝ってどうする、筋違いも甚だしい。お前の謝罪ひとつでこの土地の不毛さは解消されるのか?』
……確かに、それもそっか」

案の定零れてきた文句に三琴が頭を垂れれば、アンデルセンはそれこそバカバカしいと言いたげに口を尖らせた。明らかな揶揄に思わず面食らいつつも、三琴の表情はふと和らぐ。
いかにもこの場が霊地として十分足りるものではなかったとて、本来それは三琴に無関係な事象である。ましてやどうにかすることもできるはずがない。
けれどそれはそれとして、これからどうしたものだろう。当て所なく園内を歩き回るのも悪くはないが進展は望めない。

『おい。”アレ”は何だ』
「うん?」

腕組みをしてううんと唸っていた三琴には、アンデルセンの指す”アレ”が何なのかすぐにわからなかった。
何しろ彼は霊体化しているから、指差す場所を窺おうにもまずその指先すら見えていない。
ぐるりと辺りを一通り見回してみても気になるものは見当たらず、頭上に疑問符を浮かべているうちに「真正面だ、馬鹿者」と呆れ声が飛んだ。
それに従い改めて正面に向き直れば、そこには特徴的な黄色いヘルメットを被り真っ黒なライダースーツに身を包んだ人影が空を仰ぎ佇んでいる。

……セルティ」

ほとんど無意識に漏れ出た、独り言のような声音だった。しかしそれを自分の名を知る者の呼びかけとして聞き取った彼女、セルティは、声の主を探して振り返る。
三琴は思わず口元を覆いかけた手の意味の無さにすんでのところで気づいて、とりあえずそれを顔の近くでひらひらと振ってみせた。

「こんにちは」
【こんにちは、三琴
【学校……は、もう放課後か】
【こんなところでどうしたの?】

ぎこちない音をした挨拶には気づかず、セルティは三琴に近寄ると手慣れた動作で取り出したPDAを打ち込んでから首を傾げた。
引き締まったクールな印象を与える外見に反して、どこか可愛らしいその仕草を見て三琴はふっと口元を緩める。

「ん、ちょっと気分転換というか……散歩。セルティはお仕事?」
【いや、私も少し気分転換したくて】
【ここは静かで落ち着くよね】
「そっか、お疲れ様。最近会ってなかった気がするから、元気そうで良かった」

どこか他人行儀ではあるが、いたって普通の、ただの和やかで他愛ない世間話だ。何も知らない者であれば、きっとそのように片付けたことだろう。
けれど三琴のその言葉を受けたセルティの指先は、キーボードを叩く寸前で確かにぴたりと止まった。

【そうだね、確かに】

そして少し考えるような仕草をした後セルティが打ち込んだのは、そんな台詞で。

三琴も変わりない?】
「え、うん、特に無いかなあ。これと言っては」
【そっか、それなら良いんだけど】

明らかな空気の変わりように、またか、とアンデルセンは黙ったまま顔を顰め眉間を押さえる。実に既視感がある、”当たり障りのないやり取り”だ。
聖杯の手がかりが無かろうとどうということもなかった彼の頭に、ぼたりと墨が落ちたように嫌気が差す。

三琴は何かと一人でどうにかしちゃうタイプだろうから】
【何かあったら、いや、何もなくてもいいから、私や新羅で力になれることがあったら相談してほしいっていうか】
【いやまあ他に話せる人がいるならそれでも全然構わないし、なんなら別に話したくないことを無理に話そうとはしなくていいんだけど、】
「ふ、セルティ、なんでそんな必死なの」

忙しく動き回る指とその度突き出される液晶画面に三琴は笑っていた。愛想笑いではなく、確かに友好を感じるような笑顔で。
――けれど、まるでそのまますぐにかすれ消えてしまいそうなほどに不安定な姿で。

『おい、何をダラダラとくっちゃべってる。聞くべきことならあるだろう、馬鹿者』
「、――――
『それともお前は、本当にただの散歩のつもりでここへ来たのか?』

明らかな苛立ちを含めた声を受けることでもってようやく存在を自覚するちぐはぐさに、アンデルセンは続けてわざと語気を尖らせる。

三琴?】
【どうかした?】
「え、……あ、ああ。ええと……、その」

なんでもないよと言おうとした喉はひくりとつっかえた。突き刺さるような視線を感じて、三琴は紡ぐ言葉を編みなおす。

「そういえば、ちょっと聞きたいことがあって。最近池袋まわりでなにか変わったことってないかな?」
【変わったこと?】
「ん、何か新しい噂とか。えーっと、そうだ、ちょっと前に掲示板で流行ったおまじないは知ってる? ああいうの、急に出てきたからなんとなく気になってて」

幸いにして、しどろもどろに口火を切り出した彼女の焦りがセルティに感づかれることはなかった。



「結局、有力な話は見つからなかったね。セルティもよく知らないみたいだったし」
「はん、最初からそう期待はしてない。で、そのセルティとやらは一体なんなんだ?」
「え? セルティは……池袋の都市伝説というか……。"首なしライダー"って呼ばれてて、デュラハンだって聞いた」
「デュラハン。アイルランド伝承の、死を告げる首無し精霊か」
「知ってるの?」
「ナメるな、無教養で作家業なぞやってられん。
しかし、あんなものが白昼堂々墓地を散歩とはな。なるほど、俺を一朝一夕で受け入れたのも頷ける」

蛇口を流れる水音と水切りカゴに食器の置かれる音を耳に、アンデルセンは淡々と切り返してマグカップへ口をつけた。
そうして皿を洗い終えタオルで手を拭う三琴をよそに、程よく冷めたコーヒーをこくりと飲み下し皮肉っぽく笑う。

「知人でもセルティくらいだよ、珍しいのは。本当に首がないんだって知ったのはわりと最近のことだし」
「十分だ、馬鹿め。死の預言者、ないし執行者たる存在と当然のように世間話する奴があるか。少なくともお前にとってはそこらを歩いている人間と同じ『ただの街の住人』だろう」
「それはまあ、そうだけど」

なんてことないような調子で語る彼女に対し、彼は改めて思考する。――これでは物語としてまるで成り立たない。ああ、なんとつまらないのだ、と。
首なしライダーだろうがなんだろうが狩沢と同じである。あれは”三琴についてある一定の事情を知っているが、その先には干渉できていない”人物の反応だった。
登場人物は増えたのに役割が増えない。折角現れた役者がどいつもこいつも何もしないまま死んでいく。いっそイラストパネルに差し替えても変わらない。なんのために現れたというのか。相手が何者であろうと動かないならば、そこで話は停滞してしまうだろうに。

――否、或いは。
まさか、それこそが。

……時に、マスター。一昨日の夜の話だが――

ふと浮かんだ一つの可能性を、確かめようと振り向きながら呼びかけて。アンデルセンは、はっと目を見張った。

「お前、また、」

カウンターの向こう側で、少女の身体がぐらりと揺れた。


<了>