佐藤
Public Fate
 
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Fate



3日目

――急で悪いんだけど、今日は留守番しててくれないかな。
あ、いや、厳密には別にずっと部屋に居てほしいわけじゃない、むしろ外出してもいい。ただちょっと用事があって、学校終わってからすぐ人に会わないといけなくなって。
やっぱり君をすぐ側でほっぽってるって思うとどうにも気になってしまうし、相手も相手で妙に勘がいいから、家で待っててくれると助かる。何かツッコまれたときに上手く誤魔化せる自信がない。
部屋に置いてあるもの――って言ってもそんなに大したものないけど、何でも触って構わないよ。テレビとか本とかゲームとか……あ、飲み物とか食べ物ももし欲しければ適当に。
私の部屋のPCはロックかけてあるけど、このタブレットは解除しといたから好きに遊んで。多分君なら説明書とかなくても平気だろうし、まあ何かあったら連絡してくれれば。
それじゃあ、そういうことでよろしく頼みます。

そう言って出かけていく三琴を玄関先で見送って、誰も居ないリビングダイニングへと戻り。
自らの置かれた状況を顧みて、アンデルセンは短いため息を吐いた。

「つくづく通常の聖杯戦争では考えられんな、まったく」

普通なら、サーヴァントを連れずに単身外を出歩くなど自殺行為に他ならない。たとえ召喚したのが戦闘能力皆無の三流サーヴァントでも――マスター自身が優秀な魔術師だとか戦闘に慣れた者であるならいざ知らず、彼女はそうではないのだから。
しかしここでは当然のようにそれが罷り通る。何の危険もない宝探し、彼女の名前が冠する通り、あくびが出るくらい平和ボケした世界。
大変結構、と男は肩を竦めた。退屈なのは頂けないが、暇であるのは悪いことではない。
セルフサービスとはいえ資源を自由に扱えというのもなかなかの厚遇。魔術的な物資ではないがそもそもソレが不要である以上、理想的な環境と認めてもいいのだろう。
そんなことを考えながら室内を見渡せば、丁度三琴の寝室に続く扉の横、壁沿いに設えられた書棚が目に留まった。大体アンデルセンの背丈程度の高さのそれこそは、三琴が本やらゲームソフトやらをまとめて収納しているもので。そうと気づけば僅かながらに作家の好奇心がもぞりと首をもたげる。
――どれ、我がマスターの選書は如何ほどのものか、すみずみ鑑定してやろう。
持ち物には持ち主の趣味嗜好が反映されて然るもの。何でも触って構わないと言われたのだから、行儀よく座っている筋合いはない。彼は好機とばかりに書棚へ歩み寄る。
まずは一番上の列。並んだ文庫本の背表紙をひとつひとつ追っているうち、ふと覚えのある名前の入った娯楽小説ライトノベルを見かけたアンデルセンは徐にそれを引き抜き、表紙を確認して思わず訝しんだ。ナンバリングは第3巻――シリーズタイトルには【グリム】を挙げている一方、サブタイトルには【人魚姫】と書かれている。

……まさかこれが触媒ではあるまいな」

グリム兄弟も名を借りられながら自らの手掛けたものでない話が混ざり込んでいては心外だろう――とは思ったが、「まあ、所詮は娯楽」と男は即柔軟に思考を変える。
物語における着想モチーフの出典元が多少違っていようと、元の作者やその愛読者以外にとって、そんなのは瑣末事。
実際、本人らはとうの昔に死んでいるのだから文句を言うべくもないしな! ――と、終いには鼻で笑って棚に本を戻した。
続き物の小説なのに初巻と次巻を飛ばした中途半端な巻数ということは十中八九借り物かなにかなのだろうから、これより前のものを読むには外へ出て本屋なり図書館なりに行く必要がある。けれどなんとなくその気にはならなかったので、機会があればそのうち目を通してみてもいいだろうと頭の隅にタイトルを放り込んでおくにとどめた。

「しかしまあ、これは」

残りの棚に収められた品物も一通り検分し終え、腕組みしつつ改めて全体の様相を眺め目を細める。
本は漫画や娯楽小説のほか一般文芸、各種神話に関する読み物、百科事典、風景写真集等々。ゲームはRPG、シミュレーション、パズル、音楽エトセトラ。
なるほど存外広く物事に興味があるらしい。何を隠すこともなく、しかして何か一つに定まることもない。
まるで整頓されているのにバラバラなおもちゃ箱だ。

性癖しゅみが反映されるどころか、持ち主そのものか」

直観的に抱いた所感。誰にともなく呟かれたそれに応えるものはなく。
アンデルセンはつまらなそうに肩を竦めて再び書棚に手を伸ばした。



「ただいま、アンデルセン」
「おかえり、マスター。五月蠅い小男から暫し解放された時間は快適だったか」
「いや、君は別にそんなでも……まあいいや。ちょっと疲れた……

帰ってくるなり卑屈な台詞を吐くアンデルセンへの返事もそこそこに、三琴はダイニングテーブルでタブレットを弄る彼を横切りよろよろとソファスペースへ直行した。次いで座面の端に腰掛けて背もたれに身を預けたかと思えば、ぽすんと上半身をまるごと横たえる。

「明日、探索再開しよう。当たるかわからないけど、一応あてができた」

ふう、と吐き出した一息の後、そんな提案が投げかけられる。アンデルセンは「ほう」と感心したように相槌を打ち少女の方を眺めた。それからゆっくり椅子から立ち上がると自身もソファスペースへと近寄り、その傍らで腕組みをしながら三琴を見下ろす。
するとスマホを弄っていた彼女の視線もアンデルセンに向けられた。

「てっきり従者を放ってプライベートな逢瀬かと思えば、情報収集だったとは恐れ入る。さては俺より働き者だな?」
「ん……いやまあ、私の話だし……? とりあえず雑司ヶ谷、霊園のあたりとかまわってみようかと」

何気ない戯言に苦笑しつつも返事して、三琴がそっと瞼を伏せる。途端にアンデルセンの表情がやや曇りを見せた。

……おい、そこで寝るなよ。運ばんぞ」
「うん、大丈夫……すこし休むだけ」

ぽそりと呟くように答えた後、目を閉じた少女の身体からふっと力が抜ける。
――一昨日の晩よりは酷くないが、それにしても随分疲労が溜まっているように見える。それもどこかおかしい、漠然とした違和感のようなものを孕んで。
アンデルセンは苦虫を噛み潰したような顔で少女を見つめ、今一度魔力の同調でもしてやるべきかと手を伸ばしたがぴたりとそれを止めた。
直後、まるで彼の手が引っ込んだのを見計らったように、三琴がぱちりと目を開く。

――うん、よし。
それじゃあまた明日、よろしくね。今日はお風呂入ったらすぐ寝るから」

大儀そうに身を起こしてそう言うと彼女は、何でもないように微笑んでみせて。
それがぎこちなく貼り付いたものであるとアンデルセンが指摘するより前に、逃げるようにそそくさと浴室へ向かって行ってしまった。
故に知る由もない。「自分の身は自分で養えと言っただろうに」と、残された作家がこめかみを押さえボヤいていたことを。


<了>