ゆき
2024-03-24 12:43:50
13020文字
Public さめしし
 

さめしし お片付け箱

さめしし/短いのまとめて置き場。手前ほど新しい。


2023.9.17 しょくさい展示おまけ
ちょっと不穏銀河鉄道の夜ネタ

夜空をゆく

カタンカタンと車輪が線路を踏む音がする。窓の外は、割れたガラスをぶちまけたみたいにきらめいていた。
「前に、注文の多い料理店の話をしたのを覚えているか?」
「ああ。お前が、オレのこと煽った時な」
「逆だろう。あなたは私を煽るのが上手い」
「おくびにも出さないくせに」
「そんなことは、いや、あったりなかったりしたな」
「そうだろ」
「フフ、すまなかった」
「で、宮沢賢治がなに?」
「あのあと、他の作品は読んだか?」
「いくらか。お前が言ってた、電柱が喋るやつとか、鳥の話とか、ああ、あと嘘つきの狐の話」
「そうか。ちょうどこのような列車の話は、読まなかったか」
「オレの買った文庫には、入ってなかったなぁ」
「そうやって読んでくれたのなら、買ってやればよかったな。表題になっている文庫がいくつかある」
「本くらい、自分で買うよ」
「いや、そうだな、持っていくといい。私の、実家の本棚にあるはずだ」
「お前の実家に、行く機会は、」
「あるさ、すぐにでも」
……なあ、これ、オレの夢だよな」
「そうだ。私の夢でもある」
「なんか、嫌にリアルだ。オレあんまりこういう夢見ないのに」
「それは得をしたな」
「あ?」
「あまり時間がなさそうだ。ああ、彼は別の切符を持っているはずですから、はい。獅子神、ポケットからそれを出せ」
「あ?なんだこれ」
「大切なものだ、なくすなよ」
「おう。さっき、いっぱい降りてったな。前にお前が教えてくれた、星の名前の駅だった」
「ああ。そんなこともあったな。星のたくさん見えるところにも、行ってみようと言ったままだった」
「あー、そうだな、忙しくしててなかなか旅行って感じじゃなかったしな」
「すまなかった」
「いいよ、いつでも」
……ああ、あなたのそういうところが」
「うん?村雨?」

寝起きは悪い方じゃないが、うたた寝をするのは珍しかった。それも、こんなにはっきりとした夢を見るなんて。
村雨と古臭い列車の対面のシートに座って、星空の中を往く夢。こんなに童話のようなイメージが、オレの頭の中にあっただろうか。あったんだろうな。

起き上がって、あたりを見回す。日は夕方に近い傾きだ。
どこかぽっかりと穴が空いたような寂しさがある。ふいに、あ、嫌だな、と腹のあたりがぎゅっとした。ふとした時、この家に村雨の存在がないことが、寂しく感じるようになってきている自分が、なんとなく嫌だった。
それでも、村雨に早く帰ってきて欲しかった。
相変わらず家は別のままだけど、村雨の生活の拠点がほとんどオレの家になって久しい。村雨は年々忙しくなるだろう医師の仕事の合間に、ギャンブルだ趣味だ付き合いだをこなして、オレにもしっかり構う。
冬に一歩踏み込んだような今の時期の、日が落ち始めた頃の隙間風のような寒さを、早く暖かく埋めて欲しかった。

村雨を引き取りに来るように銀行から連絡が来たのは、その直後だった。


***


「オメーはもう少し鍛えろっつってんだろーが!!」
「やかましい、あなたほどではないが十分だろうが」
カラスの賭場の控室。上のホテルの備品だろうバスローブに身を包んだ村雨が、偉そうに座っていた。
「十分なやつは水に足取られて転んだりしねえんだよ、風呂より浅いとこで溺れやがって!!」
「ゲームには勝った」
「あたりめーだろ。ほら着替え」
「ありがとう。助かった」
「どういたしまして。足捻ったりとかはねーか?」
「今のところは」
詳しくは教えられないが、と前置きして説明された顛末は、水が溜まるタイプのペナルティのゲームで勝利した村雨は、その大掛かりな装置から出る際に、溜まった水なのか滑った床なのかに足を取られすっ転んだ。らしい。そして全身ずぶ濡れになり、重くなった服に邪魔され、結果器用に脛程度の水で溺れた。排水を待つとかなかったのか。いや、排水の勢いにもよるから、コイツの体幹だと流される気もする。
そもそも、その程度で意識を失うこともないはずなので、なにか悪趣味な観客を楽しませる仕掛けがあったんだろう。足元がおぼつかなくなるような。
「ホントに、なんで試合には勝つくせに、はける時に転ぶんだよ」
「思ったより足が上がってなかったんだろうな」
「あー、もー、肝冷えた。さっきうたた寝しちまって変な夢見たんだよ」
……どんな夢だ」
「あー、お前が、実家の本棚から本をくれるって」
「そうか。本棚はそのままだったと思うので、いつでも良いぞ」
「こういうの正夢っていうんだっけ?」
「それは違うんじゃないか?」
まあいいや、と空いた椅子に腰を下ろす。下着から靴まで一式をくるんで持ってきた。村雨は羊のぶら下がったロゴの紙袋の中身を改めると、自分の担当の渋谷を追い払って着替え始める。
「ししがみ」
「なに」
「一緒に帰ろう」
「あたりめーだろ、こっちは迎えに呼ばれてんだよ」