ゆき
2024-03-24 12:43:50
13020文字
Public さめしし
 

さめしし お片付け箱

さめしし/短いのまとめて置き場。手前ほど新しい。


2024.7.21 既刊春になったらロールキャベツ時空
本編の次の夏くらいです

なついろナポリタン


「お、おかえり。昼飯ぴったりだな」
 村雨が予定通り獅子神の家を訪れると、家主はキッチンに立っていた。この家の合鍵を得て、しばらく経つ。昼に間に合うならお前のも作っておくけど、という獅子神の申し出に甘えて昼を摂らずに訪れた。
「いい匂いだ、トマトか?」
「んー、今日はナポリタン」
「ああ、あれはずいぶんおいしかった」
「そ、お前が前に気に入って、冷凍用に分けてたやつまでおかわりした、あのナポリタン」
「すまない、おいしかったので」
「ま、予定は狂ったけど、たくさん食べてくれるのは嬉しいよ」
 今日はいっぱい作ったからなとソースを摂り分けてボウルへ移し、フライパンを一度洗う。大鍋ではパスタがぐらぐらと、ちょうどいい硬さになるまで踊っていることだろう。
「わり、暑かったろ。冷蔵庫に麦茶冷えてるから」
「大丈夫だ、自分でできる」
「すぐできるから、ついでにフォーク出しといて」
「心得た」
 こういうお願いも、もうずいぶん自然にもらえるようになった。それが誇らしく、愛おしく、幸福だ。今は空腹を訴える腹も、すぐに満たされることが約束されている。背の高いグラスを二つ取り出し、氷をからからと音をさせながら入れてから、麦茶を注ぐ。最近気に入りだという、昔ながらの製法で炒られた麦茶は濃く香ばしい匂いがする。ひとつを獅子神に渡せば、小さく礼を言って一気に煽った。
「あなたも暑いだろう。水分補給はしっかりするように」
「はいはい、気を付けます」
「室内でも熱中症になるからな」
 麦茶を注ぎ足してやり、自分の物も入れて口をつけながら、ふたりで立ち寄った骨董市で買い求めた皿を二枚、作業台の方に置いてやる。
 麦茶ポットは食卓へそのまま持って行き、布巾でざっと食卓を拭いてから旅行に行った際に揃いで買ったランチョンマットを敷いて、フォークとスプーンを並べておく。カトラリーレストも、以前焼き物の有名な土地に行ったときに買った、やたら胴の長い動物の形のものだ。犬と猫をそれぞれに使っている。
 テーブルセットが終わると手持ち無沙汰になった。広いダイニングであれば、カウンターから様子を除くのも一興ではあるが、ここはあいにくのミニキッチンだ。席について、獅子神の準備が終わるのを待つことにした。

 キッチンタイマーが鳴り響いて、パスタがザルごと引き上げられる。ボウルからソースをとって深めのフライパンへ入れ、引き上げたパスタを一人前ずつ絡めて軽く炒めていく。再び熱せられたそれらと、オリーブオイルのいい匂いがする。
 ぐう、と腹が大きく鳴ったが、換気扇と炒め物の音のなかにいる獅子神には聞こえなかったようだ。

「はい、おまちどうさま」
 村雨の前によく冷えたトマトと玉ねぎのサラダと、獅子神の皿の倍はあるだろう大盛のナポリタンスパゲッティが運ばれる。
「ありがとう。とうもろこしか」
 以前はピーマンとたまねぎ、ソーセージの一般的な具材だった。今日はとうもろこしとナス、たまねぎに、ベーコンだ。どちらも、同じようにおいしいだろう。
「そう、朝買い物行ったら目についてさ。夏だよなぁ」
「実を全部外したのか、それは重労働な」
「おおげさ、コツがあんだよ。ほら、召し上がれ」
「いただきます」
「ん、いただきます」
 手を合わせてから、スプーンとフォークで具とパスタをうまいことまとめて口へ入れる。大人になってこの食べ方はどうという話もあるが、今は自宅だし、これだけ具の多いものをおいしく食べるには必要だろう。どうせ残ったものを掬うのに、スプーンを出してくることになる。それを獅子神が咎めることもない。
「とうもろこしの甘さと、ナスの味の沁み方がすばらしい」
「そりゃどうも」
「家で食べるナポリタンというと、どうもケチャップの味が強すぎるイメージがあるが、あなたのは絶妙だな」
「おまえのお母さんケチャップ味なの?」
「どうも角のある味というか、あれはなんなんだろうな。あまり得意ではなかった」
「オレのは昔バイトしてた喫茶店のやつだからなぁ」
「なるほど。金のとれる味というわけだ」
「ま、そうとも言うか? ケチャップとトマトと両方いれんだけど、たぶんお前が得意じゃない理由も、なんでそうなのかも、オレちょっとわかる気がする」
 獅子神の皿は男性一人前にしては少なめのパスタと、どちらがメインかわからないような、パスタと同じくらいの量の生野菜の上に、同じトマトのサラダが乗せられている。それを器用にフォークを使って口に運ぶ。
 村雨には調理のことはわからない。めずらしく獅子神だけが正解を持っている会話の流れに、村雨はその先を促すように視線を送った。
「野菜を入れる順番とか、さっきみたいに一人前ずつ和えるとか、細かいコツが結構あんだけど」
 途中で会話を切って、パスタをひとくち。行儀のいい男は、口に物が入ったままなにかを話すことはない。ぽつりぽつりと、テンポの悪い会話も二人の食卓ならではだ。
「んー、でもやっぱ企業秘密ってことで」
「なんだ、もったいぶって」
「食べたくなったら、いつでも作ってやるよ」
 その方が嬉しいだろ、と穏やかに笑う恋人に村雨は、口の中でぷちりとはじけたとうもろこしのその歯ごたえと甘みを重ねた。