ゆき
2024-03-24 12:43:50
13020文字
Public さめしし
 

さめしし お片付け箱

さめしし/短いのまとめて置き場。手前ほど新しい。


2024.6.30 醒めし視界に愛は降る 無配
ポストカードに両面印刷していました(裏獅子神、表村雨)

臆病者のマイルストーン


「なぁ、映画行かねぇ?」
 キッチンで淹れたコーヒーを村雨のところに持っていくすがら、なんでもないことのように声をかけた。
「何か見たいものでも?」
 そう問われて、上映作品も時間も、まったくチェックしていなかったことを後悔した。
「いや、株主優待。使いきらねぇんだよな、あんま映画も見ないし」
 無策でかける言葉じゃなかったな。でも口に出してしまったからには撤回できない。カップを渡してやって、一瞬だけ迷って隣に座った。両手で受け取る様が、いかにも育ちが良さそうで、なんとなくできるだけ静かに椅子を引いた。
「なのに金を出したのか、あなたらしくもない」
「あ~~、お前と外で待ち合わせてデートする口実にって、」
「まわりくどい」
「別にいいだろ、付き合い始めた頃ちょっと下がってたんだよ」
 半分本当で半分嘘だ。優待目的の投資はほとんどしない。使わないものも多く、管理するのも面倒で、そうなると利回りがいいとは言えず微妙なものもある。
 ただ、その時は、それが妙に目に留まった。
 自分が持っててもいいと思える条件で、半年ちょっと先に招待券の出るようなそれが。映画くらいだったら、いいかもしれない。その時持て余してしまったら、雑用係に福利厚生にやってしまえばいい。
 そうならなかったらいいなと、わずかばかりの期待を込めて買いを入れた。その優待の期限が、六月末に迫っていた。
「期日はいつまでだ」
……今月末まで」
「あなたな、ギリギリまで溜め込むなんて、もっとらしくない」
「そう言うなって、忘れてたんだよ」
……三十日ならあいている」
「じゃ、行こうぜ映画」
「外で待ち合わせて、か?」
「そ、メシも予約して」
 仕方がないなと、村雨が目尻を下げて柔らかい表情を向ける。
「あなたの高い映画代に免じて、食事は私が手配しよう」
「はは、期待しとく」
 自分もきっと、緩み切った顔をしているに違いない。
 ささやかな願掛けだったチケットを忘れるくらい、村雨はいろんなことをかなえてくれた。もどかしかっただろうに。なんだか腹のあたりが温かくて、ダイニングテーブルに投げ出された村雨の手を、そっと握った。

***

 獅子神がささやかな目標を、ひとつずつ仕掛けているのを知っていた。
 名を呼ばれた時、手が触れた時、手持ち無沙汰な沈黙が訪れた時、私の反応を見ては、わずかばかり肩の力が抜ける。
 確かめているのだと気づいて、その思考に丁寧に蓋をして脳の片隅に追いやった。指摘して好転する類のものではない。気が済むまでいくらでも付き合うつもりで、かなえられることならば惜しみなく。そう決めていた。
 そうして一年が経ち、すっかりと獅子神の中で私の存在が当たり前になったころ。
 何か言いたそうにしながらコーヒーを淹れていたくせに、終わるまでに覚悟がつかなかったらしい。ああ、じれったい男だ。そこが可愛いところでもある。
「なぁ、映画行かねぇ?」
 まだ、その程度を躊躇させるような私しか、見せられていないのだろうか。ほんの少し愁いたのも、つかの間。ただ、気恥ずかしかっただけなのか。待ち合わせて出かけるような外出は、確かに少なかった。映画に食事なんて、なんと初々しいことか。
「期日はいつまでだ?」
 望むのなら、惜しみなく。あなたにこそ与えられるものだと、ありったけの想いを込めて。



蛇足
某エンタメ企業、保有確定日から数ヶ月すると半年の期間のある招待券がもらえるんですけど、それをほぼ半年放置してる間に関係性も丸くなりました、という話でした。流石にそこまで入りきらなかった