今昔火群蝶

MHRウ教×ハ♀。相思相愛、婚約関係。
微妙に本編ネタバレあり。

お盆の時期を題材にしたお話。
ハンター♀母が故人設定(マイハンではありません)



赤々とした幻想的な夕暮れ。
珍しいほどの赤い夕陽も、やがて必然の夜闇の中に溶け込んで、月が空を飾り始める。

そんな夜空を、ウツシが普段より慌ただしく、翔蟲を使って駆け抜けていた。
真っ直ぐ向かっているのは、水車小屋。

(厳選してたら時間かかっちゃったよー!)

自分の作ったお面の中で、一番良い出来のものを。
そう思って家にある在庫や、集会所のお面売り場を行ったり来たりしてるうち、時間が経ってしまった。

今は夕食時だろう。

彼の片手には彼が作り、彼の選び抜いたタマミツネのお面が月光に照らされていた。

風のように無音で、水車小屋の玄関前に立ったウツシは、精霊馬を横目に見て小さく微笑みながら、行灯あんどんの明かりが漏れる引戸ひきどを軽く叩く。

「愛弟子ー? 俺だよ。入るね、お邪魔しまーす」

水車小屋の玄関引戸をゆっくりと滑らせて中に入り、土間に立ったウツシを、精霊棚の前にいた瑠璃色るりいろの浴衣姿の娘が、笑顔で出迎える。

「こんばんは、ウツシ教官。夕方言ってたお面ですよね?」
「うん! とびっきりのを持ってきたよ! 是非これを精霊棚に!」
「急なお願いだったのに、ありがとうございます」

土間に立つウツシが、畳の間の上がりかまちの方へ歩み寄り「はい!」と笑顔で、両手でタマミツネのお面を差し出した。
どうぞ出来栄えをご確認下さいと言わんばかりだ。

それを娘は畳の間で両手で受け取りながら改めて「ありがとうございます」と微笑む。

(お面、やっぱりウツシ教官らしさがあるなあ)

ウツシお手製のタマミツネのお面を見ながら、胸の内で納得したように呟く彼女の視線は、そのまま作成者であるウツシの方に移った。

「ウツシ教官。せっかく持って来て頂きましたし、よろしければ一緒にお供え……というよりは、飾りませんか?」
「えっ!? い、いいのかい? そうさせてもらえたら光栄だけれど……!」
「はい、是非」
「あ……ありがとう、愛弟子!」

娘に促され、ウツシは軽やかに脚装備を外して「お邪魔しまーす!」と、土間から畳の間へ上がっていく。

二人で精霊棚の前に立ち、二人でどこにお面を飾ろうものか相談して、最終的に花立の近くに置くことにした。

将来を共に生きることを誓った人が作ってくれたことと、彩り、という意味も込めて。

タマミツネのお面を花立近くに飾り置いてほどなく、娘はお面が想像通りの彩りとなってくれたことに、満足げにとろりと目尻を下げる。

「タマミツネのお面の色合い、お花みたい! とっても華やかになりました! ありがとうございます、ウツシ教官!」
「喜んでもらえて嬉しいよ、愛弟子。せっかくだから、お線香あげさせてもらってもいいかい?」
「もちろんです、ありがとうございます! ああ、火つけますね」

嬉しそうに微笑みながら、娘が精霊棚の水蝋燭に、同じく精霊棚の上にあったマッチを使って慣れた様子で火を灯す。
水に浮かぶ球体の蝋燭は、その水面にぼんやりと幻想的に炎を映し、どこか浮世離れしているようにも見える。

娘の横顔を真っ直ぐ見ながら「ありがとう!」と律儀に告げたウツシが、慣れた様子で線香をあげる。
頭が鎮まる深い沈香じんこうの香りをともなった、細い細い煙が立ち昇る中。
彼は軽く頭を下げると、静かに目を閉じ、全ての武器を扱う武芸百般の両手を、指先までピンと綺麗に伸ばし合わせ、祈り始める。

そんなウツシの姿を見た娘の口元には、満たされたような、穏やかな笑みが宿っていた。
近い将来、彼は自分の夫になる人なのだと、本当の意味で家族になる人なのだと実感できたような気がして、純粋に、とても嬉しくてたまらない。

ややあって、ゆっくりと両手を下ろしたウツシが、瞳を開く。
すると、線香をあげることに集中していた時は気付かなかったものが目に入った。

お供えの鬼灯の傍らに置かれていたものだ。

少し黒ずんでいる部分も目立つ、すっかりくたびれて時の流れを感じる、薄紅色うすべにいろをした組紐。
印象的なその紐の先に、大人の親指爪程度の大きさをした、小さな白銀の鈴のようなものがくっついていた。だが、それに穴は空いていない。

……ねえ、愛弟子? これ、何だい?」
「はい?」

何事かとウツシの視線の先を辿って「ああ」と納得したように応答した娘の表情に、また、微かに寂しげな光が戻ってくる。

「それは水琴鈴すいきんれいですよ、ウツシ教官。母が生前とても大事にしていたので、せっかくの時期ですし、飾ってみたんですよ」
「すいきんれい?」

子どものような、あどけない高めの声。
そんな声で不思議そうに復唱したウツシは、水琴鈴とやらをしばらくじっと眺め、目を細めたりして観察した後、隣に立っていた娘の顔に視線を向かわせる。

「愛弟子、これ、鈴なんだよね? でも、鈴にしては穴が無いような……?」
「あ、そうなんですよ。なので普通の鈴とは音が違うんですけど、とても綺麗な音がするんですよ。鳴らしてみましょうか」
「これを? い、いや、さすがに悪いからいいよ」
「悪いことなんてありませんよ」

苦笑しながら首を横に振るウツシだが、娘は小さく笑って、構わず横から手を伸ばした。

彼女は水琴鈴の紐を優しく摘むと、ウツシが「悪いからいいよ」と改めて告げるよりも早く、小さく左右に揺らして見せる。

すると、白銀の水琴鈴の中から、幾重いくえにも。
まるでとろみのある薄絹うすぎぬが、何枚にも折り重なるように、シャラリ、シャラリと、透明感のある澄んだ音が鳴り響く。

優しく緩やかながら、しっかりと主張しつつも、高音過ぎず、とげの無い音だ。

リリン、という単独の、転がるような愛らしい音をさせるのが通常の鈴とすれば、水琴鈴は、同じ複数が響き合う音。

心の寂寥が浄化されるような、癒しの音色。

……すごいな……!」

思わず、その音を聞いたウツシから声が零れる。

彼は驚嘆の様子で、何度か目を瞬かせてから水琴鈴を一瞥した後、改めて娘へ素直に輝く金色こんじきの双眸を向けた。

「驚いたなあ……! とても綺麗な音だね、愛弟子…… 心が洗われるようだよ……!」
「素敵な音ですよね! 母と色違いのお揃いで、わたしの鈴もあるんですけど……失くしたくないので、結局ずっと大事にしまってあります」
「そうだったんだね。失くしたくない気持ちもよく分かるけど、せっかくあるなら寝る前に音を聞くのも癒されても良さそうだよ?」
「ふふ、ですね。今度、やってみようかな」

ようやく娘が素直に晴れやかに微笑むと、ウツシも同じ様に、嬉しそうに笑った。
彼女に宿っていた寂しそうな光が、微かに小さくなり、弱まったから。

水琴鈴そのものも、その音も、恐らく彼女にとって、彼女の亡き母にとって、非常に大切な思い出深いものなのだろう。

そんな音を聞かせてもらえたことに満たされつつ、ウツシは顔だけでなく、体ごと隣に立っている娘の方に向き直った。

「じゃあ、愛弟子。俺、今日はそろそろ帰るよ。お線香あげさせてくれてありがとう」
「ご飯食べました? さっき作ったものになっちゃいますけど、それでも良ければ……
「ありがとう! でも今日のところは帰るよ。デンコウとライゴウが作ってくれてるんだ」
「ふふ、それは帰らないとですね! こちらこそ、ありがとうございました」

その場で頭を下げる娘に、ウツシが片手を自身の後頭部に添えながら「あのさ」と、遠慮がちに小さな声を漏らす。

「あ、明日も……愛弟子さえ良かったら、来てもいいかい?」
「も、もちろんです! わたし、この時期は狩猟もお休みしてますので、いつでも大丈夫ですよ。お待ちしてますね」

娘とウツシは優しく視線を交わし合うと、水が流れるような動作で彼は片手の指で帷子かたびらを下ろし、それを見た彼女が嬉しそうに微笑む。

やがて、どちらからともなく、挨拶のように、軽く唇を触れ合わせた。
あまりにも優しい、愛おしい柔らかさ。

目を細める娘は幸せそうな瞳の奥に、まだ寂しげな光を宿す。
この寂しさは、愛する人が、ウツシが行ってしまうことに影響された明確なもの。
そしてその寂しげな光が瞳にあるのは、ウツシも同じ。

「──またね、愛弟子。また、明日」
「はい、また明日」
……愛してる、よ」
「わたしも、愛してます。お気をつけて」

もう一度だけ。
互いに同じ想いで、優しく唇を重ね合ってから、名残惜しそうに離れていった。
ウツシは「またね」と三度告げてから、ゆっくり水車小屋を後にする。

彼の姿が夜闇の中に溶けて、完全に見えなくなるまで、娘は玄関から見送っていた。


夜空に細く輝く、翔蟲の鮮緑せんりょく光糸こうし
ウツシは再び空を駆け、帰路についていた。

満月に近付こうとしている、白い月。
明日で、十三夜月じゅうさんやづきとなろうとしている月だ。

(……何だか今日は、月も……凄いな……)

夕暮れの時にも感じたような感覚。
浮世離れしたような、神々しい明月めいげつ
月光は強くも優しく輝き、細い路地裏の道でさえ明るく包み込んでいる。

……んっ?」

思わず、ウツシが声を漏らした。
風のように駆けていた彼の目が、何かを捉える。

ふわふわと漂う、小さな気配。

「蝶……!? 珍しいな、こんな時期に……

思わず宙で器用に翔蟲の光糸を垂らし、ウツシが蝶を目で追いかける。

月明かりの下で揺蕩たゆたう、小さな蝶。
まるで、里を一望するように舞っている。
石竹色と薄紅色の狭間のような、珍しい幻想的な色をしていた。

(なんだろう……すごく、綺麗だな……)

気付けばひとしきり、ウツシは目を奪われていた。

ふわり、ふわりと広場の上を舞いながら、蝶は、空で圧倒的な存在感と共に煌めく。

ウツシは胸の中に温かなものが広がるのを感じながら背を向け、改めて翔蟲で帰路につく。

ウツシが背を向けた頃、蝶は迷うことなく水車小屋へと飛んでいった。

@acadine