今昔火群蝶

MHRウ教×ハ♀。相思相愛、婚約関係。
微妙に本編ネタバレあり。

お盆の時期を題材にしたお話。
ハンター♀母が故人設定(マイハンではありません)

浮世離れした、赤赤と燃える夕暮れ時。
カムラの里の象徴の一つである、桜の色さえ染め替えてしまいそうなほど。
それこそまさしく、焔のごとき赤い夕日。

(異世界にでも通じてそうな夕焼けだなあ……)

里の水車小屋に向けて歩いているウツシが、ふと、小屋の玄関先を見やる。

すると、ちょうど小屋の主が中から姿を見せた。

ゴトン、ゴトンと賑やかな、時に屋内でも粉塵の舞う水車小屋に住み暮らすのは、里の英雄『猛き炎』と呼ばれる娘。

(あ、愛弟子)

ウツシが思わず、早々に胸の内で呼びかける。彼女の様子を見に来たので、その姿が早く確認できることは彼にとって喜ばしい。
喜ばしいのは、ウツシにとって彼女が将来夫婦となることを誓い合った間柄、愛する女性であることも影響している。

屋内からちょうど出てきた娘の手には、キュウリとナスがそれぞれ一つずつ握られていた。
二種類の野菜には四つ足に見立てた割り箸が刺さっており、ナスはその長さが短く、キュウリは長い。

不思議な形の野菜の正体は、精霊馬しょうりょううま
先祖や亡き人の御霊が戻ってくると言われている盆の時期、現世と黄泉を行き来するために使われるというもの。

(今年も……ちゃんと飾っているんだね、愛弟子)

ウツシはホッとしたように息をつきつつ、心配そうに、水車小屋の玄関先にしゃがんでいる娘の背中を見つめながら、歩を進めた。

彼女が水車小屋の玄関先に、ナスを東側、キュウリを西側に向けて精霊馬を飾り終わり、最後にそのかたわらに小さな籠に入った鬼灯ほおずきを置いて立ち上がるのと、ウツシがその近くに到着するのは、ほぼ同時。

「やあ、愛弟子! 今年の精霊馬も綺麗な出来栄えだね」
「あ……! 来て下さったんですか、ウツシ教官」

自らの師であり、愛する男の方へ振り返った娘は、寂しげな様子の中にも『ウツシが来てくれた』という事実への喜びに笑みを浮かべた。

ウツシは彼女の隣まで歩み寄ると、飾られた精霊馬に視線を落とす。

赤い夕陽に照らされながら艶やかにぷっくりと膨らんだナスに、瑞々みずみずしく太いキュウリは、まさしく新鮮そのもの。
それを見つめていたウツシは納得したように「うんうん」と穏やかに頷いた。

「今年も素晴らしいね、立派な精霊馬だ。ワカナさんのところのお野菜?」
「はい。毎年この時期になると、新鮮なものを用意しておいてくれるんです」
「なるほど。精霊棚しょうりょうだなは準備できたの?」
「はい、できてます。今年はエルガドに居る期間が伸びたりして、少しバタバタしちゃったので……いつもより簡単なものになっちゃいましたけど」

夕陽の影響か、瞳の光に茜色を添えて少し寂しげに微笑む娘を、ウツシは目元だけ笑顔ながら、憂いを帯びた表情で見つめる。

精霊棚。
仏壇とは別に準備される、精霊馬にて帰ってきた御霊の、盆の時期の滞在場所。
本来仏壇にある位牌を、盆の時期にはここに移し、線香や水、花やお供えもここに置く。

その棚に精霊馬を置いておく風習もあるのだが、娘はあえて玄関先に飾っていた。
飾りたての精霊馬を見つめていた二人だが、先に娘が、どこか寂しげな様子が抜けないままにウツシを見上げる。

……ウツシ教官、お時間ありますか?」
「時間ならたっぷりと! 仕事は落ち着いたから!」
「よ、良かったら、上がって行きませんか? 今、ちょうどルームサービスさんはお休みだし、オトモたちもオトモ広場に行っていて、家にはわたし一人なんです。精霊棚の出来栄えも、ご覧になって欲しいですし……
「見せて欲しいなあって、ちょうどお願いしようと思っていたところだよ! ありがとう!」

礼と共に笑顔を浮かべるウツシを見ながら、娘はどこかホッとしたように息をついた。
胸の中に広がりつつある寂寥せきりょう感を、愛する彼の存在は優しく溶かしてくれる。

小さく安堵したような様子で「どうぞ」と娘がウツシに告げ、二人は共に、水車小屋の中へと入って行った。

ゴトン、ゴトンと規則的な水車の重低音にもすっかり耳に馴染んで。
小屋の中、土間に到着してすぐ、ウツシが「おお!」と歓声を上げる。
畳の間の壁際に設置された、精霊棚が見えたからだった。

精霊棚として設置された、小机こづくえの上。
まこもが敷かれた机の中央、壁際に黒檀こくたんの位牌が置かれており、その隣には鮮やかな石竹色せきちくいろの菊が、花立はなたての中で咲き誇っていた。

手前側の中央には線香立てと、小ぶりの香炉。
桜柄の小さな陶器の器に浮いた球体の水蝋燭みずろうそく、その傍らに小さな箱マッチ、お鈴と並んでいる。
位牌と線香立ての間には、こちらも桜柄の小さな湯のみに入った水と、皿に乗ったうさ団子に西瓜すいか、そして、鬼灯が飾られていた。

ウツシは自分の予想より遥かに豪華な精霊棚を見て、引き寄せられるように土間を進んで行った。
畳にこそ上がらなかったが、彼は思わず感嘆の笑顔を浮かべる

「立派な精霊棚じゃないか、愛弟子! 忙しかっただろうに……本当に凄いよ、よくここまで!」
「そ、そう、ですか? いつもよりしょぼいかなーって、心配だったんですが……
「まさか! 素晴らしい出来だよ! 愛弟子の母君も、きっと喜ばれるはずだ!」
……そうだと、嬉しいです。ふふ……ありがとうございます」

灯火のような安堵と、それ以上に嬉しそうに表情を綻ばせた娘に、ウツシが目を細めて笑顔を浮かべる。

先程、彼の語った言葉が全てだった。
毎年のこの盆の時期を、娘はとても大切にしている。
先祖を迎えるのもそうだが、何より彼女は、自身の母の御霊を迎えるため、毎年しっかりと入念に準備していた。

ウツシはそれを理解している。
彼女の想いも、母子の絆も、全て。

だからこそ、彼は毎年、この時期に様子を見に来ていた。
自分に何か手伝えることはないかということと、もう一つ。
自分の何より大切な、愛する人となった彼女の心が、当時の悲しみに、寂しさに、押し潰されることがないように。

「愛弟子! まだ小机に空いているところがあるね!良かったら俺と一緒に、もう少しお供えを用意しないかい?」
「えっ? そ、そりゃあ、わたしはもう少し用意したいですけど……良いん、ですか?」
「もちろん! せっかくの時期だからね、悔いが残ってはいけない。俺にとっても将来、義母上となるお方のためだ! 今年は是非、キミと一緒に、何か一つでも用意させて欲しい!」
「あ……! あ、ありがとうございます……!」

今年になって娘は里の外、エルガドに行く機会も増えて非常に忙しく、盆の基礎の準備に必死になっていたので、ゆっくりお供えを選んでいる時間には恵まれなかった。

そんな心を見透かすような言葉をウツシからかけてもらえたことに、彼女は柔らかな笑みを浮かべて、最愛の人に小さく頭を下げる。
その時ばかりは、瞳の中の寂しげな光も薄れていた。

「あの、ウツシ教官。それなら早速用意したいものがあるんです」
「うん! 何だい? 教えておくれ」
「あのですね。わたし、ウツシ教官の作ったお面をお供えしたいと思ってまして」
うん? えっ? ええっ!? 俺のお面!? それはまた、どうしてだい!?」

てっきり野菜や果物の名前が出ると思っていたウツシが、面を食らったように驚き、思わず体ごと娘の方に向き直る。
彼からすれば、あまりにも予想外のものだ。
そんなウツシの驚きように、娘が穏やかに小さく笑みを浮かべる。

「わたし……ウツシ教官と、夫婦になるって誓いました。だから……母が黄泉から帰ってきてくれるこの時期に、ちゃんとそのことを伝えたいなと思って」

墓前にも、位牌にでもなく、この世に帰って来てくれる時期に伝えたいという意思。
娘にとって、ウツシとの誓いにはそれだけの深い想いがある。

彼女の頬が、ウツシを見つめながらほんのりと赤く染まった。

「な、なので、その……! 伝える時は、わたしと、ウツシ教官に纏わるものをお供えしながら伝える方が、何となく伝わりやすいかなーなんて……! こういう時期にお面とかそういうの飾って良いのかは分かりませんけど、まあその、お話するために、ということで……気持ち、です」
「!! ま、ま、愛、弟子ッ……!」

思わず、ウツシが声を震わせる。
亡くなった母にそこまで懸命に伝えようとする娘の姿勢が、彼には感涙かんるいに匹敵する喜びだった。

同じ里で暮らしていたのだから当然だが、ウツシは、彼女の母のことを知っている。
幼い彼女と共に、いつも仲良く笑い合っていた親子の姿は、朧気おぼろげな記憶に残っていた。

きっと相手も、自分を覚えているだろう。

中途半端な作品を提供するわけにはいかないと思ったウツシだが、如何いかんせん、今は自分自身もエルガドや王都へ渡ったりと任務の多い状況。
新たに面を作っている時間は無さそうだ。

少しばかり思案して、ウツシは娘の顔を見つめ直した。

……愛弟子。お面、夜に渡しに来てもいいかな? 俺が作った中で、いっちばん! 出来が良いものを選んでくるから!」
「あ、わたし、そのお面買いますよ」
「何を言ってるんだ愛弟子! その必要はないよ! 俺から! キミの未来の夫である俺から、キミの母君に! 俺の義母上に差し上げるものだからねっ!」
「え、ええ……!? で、でも提案したのはわたしなのに……
「でももヘチマもないよ愛弟子ッ! 待っていてくれ、必ず今夜のうちに待ってくるからね!」
「あ、ウツシ教官……! わ、わたしが取りに行っても……あー……

感極まった様子で興奮した様子のウツシは、愛弟子の声にあえて聞こえないふりをして水車小屋から「待っててね!」と弾けるように飛び出して行った。

ああなってしまった彼の背中はもはや誰にも止められまいと、娘は「行っちゃった」と小さく息を吐く。
だが、その表情には、穏やかな笑顔が宿っていた。

……ありがとう、ウツシ教官……

ぽつりと響いた娘の声。
深い想いを乗せたその声は、水車小屋のゴトン、ゴトンと響く重低音の狭間に消えていった。

@acadine