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のま
2024-02-11 09:49:51
29550文字
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ストラグルなしじゃ終われない
2024.2.11.灼熱感謝祭合わせで発行した奥武高校オールキャラ短編集の全文です。過去のワンドロ4本(加筆修正済み)と書き下ろし3本をまとめています。
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明日か、そのもう少し先に
数人で見るには小さすぎるタブレット端末の画面を、港は首を伸ばして覗き込んだ。
画面にはまだ、何の映像も映されてはいない。
白いシンプルな壁にかかった小さな時計を見ると、定刻を過ぎているようだった。
港は視線を落とし、端末を慌ただしく操作する男に、おい、と声をかけた。
「橋本、試合開始時間、もう過ぎてるんじゃないか?」
「分かってるよ! もうちょっとで用意できるはずだから待てって」
苛立った声を上げたのは、端末の持ち主、かつ、この部屋の主の橋本だった。
大学に入ってから、橋本はめでたく一人暮らしを始めた、特徴のない1Kの間取り。駅から少し離れているからか狭くはないが、さすがに男六人が入るようにはできていない。部屋の中には早くもむっと熱気がこもるようだった。
橋本はいくつかのログイン画面にパスワードを次々打ち込んでいく。画面の中の細かい文字はずっとアルファベットで、港はそれがなんのサイトなのだか正直、よくわからない。けれども言葉の通りに少し待つ。
しばらく経つと、
「お、ついた」
ついにタブレットの画面が明るくなって映像が流れ出した。
画面いっぱいに、カラフルなロゴが回転して現れる。
〝プロカバディリーグ、ファイナルマッチ〟
続いて、懐かしい形のコートと、その中にひしめきあう屈強な選手たちが目に飛び込む。
初めて生放送で観戦する本場のカバディに、港は画面を食い入るように見つめる。
が、その視界はたちまち前の黒い頭に遮られた。
「すげえ数の観客! 本場じゃやっぱ人気スポーツなんだな!」
矢島が興奮した声を上げる。今にも画面に顔がくっつきそうだ。
「おい、ちょっと邪魔なんだが
……
落ち着いて見てくれよ」
矢島の後ろに陣取った船井が、その頭を抑えた。
続いてカメラは、満員の観客席を映す。立ち上がり声を上げる男性の集団、レプリカユニフォームを揃って着た家族連れ、前列で身を乗り出して見つめる子どもたち。話には聞いていたけれども、改めて本国では人気のスポーツなんだと実感する。
橋本はタブレットの音量を上げながら「見られて良かっただろ」と早くも得意げに鼻を鳴らした。インドのプロリーグは、日本では放映されていない。そんな中で、配信サイトをVPN接続すれば見られるんじゃね? 集まれるやつで一緒に見ようぜ、と案を出してきたのはこの橋本だった。港に仕組みはよくわからないが、海外で放送されてるインドのプロリーグを見る方法がどうやらあるらしい。
もう一度コートにカメラが戻る。
スコアは五対七。まだ序盤のようだ。
「それで、ヴィハーンはどこだ」
小さな画面には、濃い肌色と黒髪を持つ逞しい男たちがひしめき合っている。
──まいった、全員似て見える。
港は記憶を頼りにかつての同級生の姿を探すが、なかなか見つからない。
同じくうーん、と唸った船井が、画面の一点を指す。
「これがヴィハーンじゃないか? 髪結んでるやつ」
指先を辿ると、周りよりも少し背の低いその男は、髪型は変わっているものの確かにヴィハーンだった。おお、髪型変わってんのな、でもよく見たら顔は変わんねえな。おのおの感想を述べていると、画面の中のヴィハーンがズームアップされた。
ヴィハーンが相手コートに足を踏み入れる。レイドがはじまる。
港はごくりと息を呑みこんだ。二年ぶりに見るそのレイド。周りも水を打ったように、しんと静まり返った。
ヴィハーンは人数の多い守備をものともしない様子で、ゆっくりと足を進める。中央あたりまで進むと、打って変わって素早く間合いを詰める。目にも止まらぬ速さでバックキックを繰り出し、その間にサイドの選手の胸元を狙う。襲いかかる守備のチェーンを軽々と飛び越え、自陣に飛び込む。
四点獲得。五対七が九対七に変わる。
スーパーレイドに観客は湧き、実況は試合始まって間もないスーパープレイに興奮した声で何やら捲し立てている。観客は応援グッズを激しく打ち鳴らす。
「
……
やっぱりすごいんだな、ヴィハーン」
噛み締めるように船井が言う。港も声も出せないまま頷いた。
コートの中の英雄は、チームメイトにもみくちゃにされている。その光景はまるでスポットライトで照らし出されているかのように鮮明に映った。弾けるような笑顔は、記憶の中よりも数段明るく、その場にふさわしいように思えた。この舞台が本来いるべき場所だからなのかもしれない。
「プロってすげーな」矢島も嘆息した。「これ見ちゃうと、目指そうとも思わないよなあ」
プロ、という単語に港はもうひとりの男のことを思い出す。──もう一人の同級生は、今日は不在だった。
おい霞、と橋本が彼をよく知る男に声をかけた。
「山田、今日なんで来ねーんだよ」
一番後ろで展開を静かに見守っていた一つ下の後輩は、急に振られた話題に肩をびくつかせた。どうして僕が知ってる前提なんですか、と前置きしつつ、いつもの淡々とした調子で答えた。
「
……
山田さん、今日まで日本代表の遠征で、海外にいるらしいですよ」
おう、さすが幼馴染、よく知ってるな、と横から船井に茶々を入れられた霞は、「別に僕が聞いたわけじゃないですよ、勝手に山田さんが報告してきただけで」と不服げだった。日本代表、海外、というワードに、素早く反応したのは矢島だった。
「すげーなあいつ、ちゃんとやってんだ! 一時期、辞める、とか言ってたのにさ」
山田が競技を辞める、と宣言した時は、港もずいぶん動揺したものだ。あの時、未練のない表情さえ見せていた男が、今も知らない場所でこの画面の向こうの舞台を目指して前に進んでいる。そう思うと、じんわりと胸が熱くなった。
ヴィハーンのスーパーレイドの後にも、試合は進んでいく。
相手チームの猛攻があったり、ヴィハーンがまたレイドに出て大量得点したりと、拮抗した展開に思わず拳を握りしめる。
四十分はあっという間に過ぎ、結果、見事ヴィハーンのチームが勝利を収めた。キャプテンらしい男性が大きなトロフィーを受け取り、会場中に紙吹雪が散る。
タブレットの小さなスピーカーからは、割れんばかりの歓声が聞こえてくる。チームの前列に並んだヴィハーンはきらきらとした笑顔を浮かべていた。
遠くの国の熱は、画面を挟んで伝播する。口々に、すごかったな、面白いな、またカバディやりたくなってくるよな、と言い合った。
その中で、
「あ!」
橋本が何かを発見したような声を上げる。
「山田、SNS更新してる! 遠征先のホテルの近く、何もない、ヒマとか言ってんぞ!」
その声に、先程まで画面に釘付けだった男たちは、一斉に橋本に群がった。
なんだよあいつ来られたんじゃねーのか、とか言いながら、橋本はすぐに山田に電話をかけだす。おい霞、お前が出ろよ。僕はいいですよ。幼馴染のよしみだろ。遠慮しときます。間を取って船井が出ろよ。いや、間ってなんだよ。電話を中心にやいのやいの言い出す男たちを見て、港は、まったく騒がしいな、と笑った。
ふと横を見ると、その輪に入らない男がひとりだけいた。三年の夏、一緒に決勝リーグの舞台に立てなかった同級生。彼は、試合の間中、誰よりも真剣に画面を見つめていた。
誰も見ていないタブレットには、未だ余韻の残る会場が映っている。
男はその画面を飽くことなく、食い入るように見つめていた。
港は彼の肩をとん、と軽く叩いた。たぶん、同じことを考えていると思ったから。
「近い将来、活躍を見られるんだろうな」
誰が、とは言わなくてもわかると思った。
彼は相変わらず画面を見つめたまま、懐かしそうに目を細めた。
「ああ、そうじゃなきゃ困るよな。山田なら、きっとやってくれるよ」
頭をかきながらへらりと彼の口元が緩んだ。俺も頑張んなきゃだな、まあ何をと言われると何を頑張るのかわかんないけどさ。続いた言葉もまた彼らしかったので港は少し笑ったが、その通りだな、と頷いた。
画面に釘付けのままの目は、たぶん画面越しの遠い国に、ここにはいない男のまだ見ぬ晴れ姿を重ね合わせている。それは港も同じだし、多分この場にいる全員が、口には出さずともこの四十分の中であの男の姿を思い浮かべただろう。
タイミングよく、船井から「なんか言うことあるか?」とスマートフォンが差し出された。
周りが港を見る。
港はそれを受け取る。スマートフォンを耳に当てると、ざらざらとした音が鼓膜を打った。
電話の向こうの男を想像する。どこの国にいるのかもわからないけれども、たぶん、昔のままの顔をしているんだろうな、ということだけはよく分かる気がした。
大きく息を吸い込んで、港は電話越しに呼びかける。
「もしもし、久しぶりだな、駿──」
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